第29話 新戦力の勧誘③
篠宮菜希とゲームをするのは「週末の夜」という話になった。
その際に、互いの連絡先を交換したのだが、そんなに嫌がる素振りを見せなかったということは、少しは俺に対する警戒心は和らいだのだろうか……。
「別に勘違いしないでよね。もうアンタには取り繕う必要ないから気が楽なの!」
なんにも言っていないのに、彼女は俺にそんなことを言っていた。
教室に戻ると、芽依が俺の席に座りながらスマホを弄っていた。そして、俺の姿を確認すると、彼女は無邪気に手を振ってきた。
「どこ行ってたの?」
「ちょっと、勧誘をな……。進捗がありそうだから週末にはいい知らせが出来そうだ」
俺は鞄から教科書を取り出すと、鞄の中にしまう。すると、廊下から篠宮菜希が姿を現す。彼女は俺の方をちらりと一瞬だけ見ると、いつもの仲の良いグループの輪に溶け込んでいった。
クラスの輪で会話する彼女は先程までの威圧感はなく、普通の女子高生といった印象を受ける。
(普通に疲れそうだけどな……、ああいう性格って……)
窓の外を眺めると、空に雲がかかっていた。連日の快晴とは打って変わってどんよりとした曇天模様が広がっている。これは一雨くるだろうか……。
なんて考えているうちに、空模様は灰色になり外は土砂降りの大雨になっていた。
俺は傘を持ってきていないので、どうしようかと心の中で唸る。通り雨であることを願いながら、俺は図書室にで時間を潰そうと思った矢先に――、後ろから芽依が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「あぁ……、傘忘れちゃってさ。図書室で時間潰そうかなって思ってたんだ」
「だったら、一緒に帰ろうよ。私、傘持ってるしさ」
そんな天使のような提案を芽依がしてきたので、俺達は下駄箱で靴に履き替えると、校門に向かって歩き始めた。学校からバスに乗り込むまで、徒歩数分程度の距離であるその間だけでも濡れることなく帰れるのは非常に助かる。
「私さ、守月君と喋ってると……、なんか懐かしいようなそんな感覚になるんだよね」
バス内で傘を畳みながら芽依がそんなことを言うもんだから、内心ちょっとドキッとした。
「なんか、ずっと前から出会ってたような、そんな感覚……」
「気のせいじゃないのか?」
「んー、でも、こういう自然体で話せる人がいて嬉しいなって思うよ」
東京だったらぎゅう詰めになるほどの面積のバスでも、この辺りは学生しかいないうえに生徒数も少ないので窮屈に感じることもない。
「俺も芽依といる時は肩肘張らずに済むから楽だな」
「ほんとに? よかったぁ……」
嬉しそうに笑う芽依を見るとこっちまで笑顔になってしまう。すぐに止むと思っていた雨はさっきよりも激しくなり、大粒の雫がバスの窓ガラスを襲っていた。
「雨やむまでさ、高知駅でお茶でもしてかない?」
「あー、そういえば駅前にカフェがあったな……」
「じゃあ、そこで決まりだね!」
東京で気軽に立ち寄れる喫茶店といえば、「ド〇ール」とか「ス〇バ」とか「〇リーズ」とかを思い浮かべるだろう。しかし、残念ながら高知の駅前にはそんな便利なものはない。
高知駅内唯一のカフェは南口にある「COCOCHIコーヒー」という喫茶店だけ。
雨を避ける様に南口に回避し、店内に入るとそこそこの人がいた。皆考えることは同じか……、と思いながらも、俺達はテーブル席に案内される。
店員にメニューを渡されるが、入口に書いてあったメニューから既に俺は「アイスコーヒー」を注文しようと決めてたので、渡されたメニュー表をそのまま芽依に横渡しする。
「私は、ロイヤルミルクティーにしようかな……」
呼びベルで店員を呼び、お互いに決めた注文を順番に言うと、すぐに注文したものが厨房からテーブルに運ばれてくる。
芽依は運ばれてきたロイヤルミルクティーを一口飲んで満足そうな笑みを浮かべている。同じように俺はアイスコーヒーに口をつけながら、窓の外を眺める。
外は土砂降りで、水たまりに雨が滴っているのが見えた。
(この調子だとしばらく止みそうもないな……)
「雨、やみそうにないな……」
「そうだね。でも、こうやって誰かとお茶しながら話すのも楽しいけどね」
そして、俺は思い出したように鞄から書類を取り出すと芽依に手渡す。芽依は首を傾げながらも素直にその書類を受け取り、俺の方を見る。
「これはなんの書類だっけ?」
「教室使用の申請書だよ。同好会のメンバーが揃ったら、どこかに集まれる場所が必要になるだろ?」
「そうだね……。ただ、コンピューター室のパソコンは使えなさそうだけど……」
芽依の言うように、コンピューター室にあるパソコンは最新のゲームを快適にプレイできるほどのスペックを持ち合わせていない。
これは学校側に用意してもらいたいが……、なんの実績も持たない
「やっぱ、実績が欲しいところだよな」
「うーん、やっぱり大会出たいね。でも、そうなるとメンバーだよね」
結局、話はそこに行き着いてしまう。
(これはもうしょうがない問題だ。粘り強くアタックあるのみだと思ってる)
ただ、スタバトに「公式大会」がないという懸念は解消されそうだ。
今朝のニュース記事で、夏の高校生eスポーツの祭典「STAGE:0」と呼ばれる割と規模が大きい大会の競技種目の中に「スタバト」が追加されると周知された。
これは、eスポーツ界隈を騒がせるには十分すぎるほどのニュース――、
中、高校生を中心に、若者の間でブームになっている「スタバト」の注目度は非常に高い。配信者界隈でもこぞって同じゲームを配信するほどに……。
数字は残酷なほど嘘をつかない。
こんなに注目度が高いゲームをいまこの世に大会として出さないのは勿体ないだろう、という運営の意図を感じる。ゲームの大会は慈善事業ではない、数字が取れるタイトルを追加するのは当然のことだ。
「スタバトも本格的に盛り上がってきそうだね」
「ああ、そうだな。もうちょっと、環境とか人をどうにかしたいところだ……」
窓を見やると、雨雲の切れ目から僅かだが太陽の光が差し込んできている。この様子だともうすぐ雨も止みそうだな……。
俺はアイスコーヒーにミルクを注ぎ込むと、クルクルとかき混ぜて一口飲む。
「とりあえずだ。今週末にはどうにかするよ」
あの頃もこうやって、時にファミレスでメンバーと話し合いながら、こういう話し合いをものだ。どんな奴がいいのか、ゲームの腕だけ重視しても勝てるわけではない。
雨が止んできたので、芽依と俺は喫茶店を出て、
「じゃあ、また来週ね!」
と言いながら、小さく手を振った芽依に「おう」と返事をして高知駅で別れる。
空を見ると大きな雨粒を落としていた灰色の雲はなくなり、夕日が街並みをオレンジ色に染めているのが見えた。この景色ももう見慣れたものだな……、なんて思いながら俺は大通りを歩いた。
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