第27話 新戦力の勧誘①

 

 翌日、窓から差し込んだ春の陽気な日差しは、一度起こしたはずの自分の体を本能的にベッドに戻してしまうほどの誘惑を持っており、そんな誘惑に理性が必死に抗い、ベッドから必死に体を起こす。


 相変わらずの静まり返ったリビングで俺は朝食を取った。


 朝食を取り終え、寝ぼけた瞳を擦りながら歯を磨き、申し訳程度に髪をセットし、リビングに用意していた鞄を持って家を出る。欠伸をしながらバス停から降り、通学路をゆったりと歩いていた。


「はぁ、なんか疲れたな……」


 通学路を少し歩くだけで疲れてしまうくらいには俺の体は鈍っていた。思い出したのは牧野の「運動しないと後悔するぞ?」という言葉だった。


 余計なお世話だが……、あの忠告は間違いではなかったと実感する。人間動かなくなると、まずは足から衰えていく、足腰が思うように動かなくなり、すぐに息が切れるようになるのだ。


「もう少し運動した方が良さそうだな……」


 そんなことを考えていると後ろから優しく肩を叩かれる。振り向くとそこには芽依の姿があった。


「おはよー、 昨日はいきなり通話かけちゃってごめんね」

「いいよ、気にしなくて。俺も暇だったし」


 一緒に教室まで行き、朝のホームルームが始まるまで、芽依と他愛のない会話をしていると、美和先生が教室に入ってくる。


 教室が一気に静まり返ると共に、俺と芽衣は会話をやめて美和先生の方を見る。朝のホームルームが終わり、一限の授業が始まると俺は先生に指されて、黒板に答えを書きに行く。


「えっと、これは……」


 俺はチョークを手に取ると、スラスラと数式を書いていき回答する。それを見届けた教師が「正解です」と一言だけ言うと、そのまま次の問題へと進む。


 高校生とはいえまだ一学期は中学レベルの延長のようなものだ。ここから文理の選択をミスると地獄をみるということを良く知っている。


 前世では適当に理系選択し、ものの見事に地獄をみたからな……。


 教師が黒板で問題の解説をしながら、次の問題への説明に移る。数日間、授業を受けただけでも教師のルーティンというか、授業のやり方には特徴があると思った。


 お気に入りの生徒を当て続ける教師、出席番号順に当てる教師、寝ている生徒をわざと当てる教師だったり、その教師の正確によって大きく異なる。


「じゃあ、この問題は……、篠宮さん」

「はい」


 廊下側の端に座っていた篠宮菜希が指される。そして、彼女は黒板の前に立つとスラスラと解答していく。その様子を見たクラスメイト達は「おお~」と感嘆の声をあげる。


(俺の時との反応が雲泥の差なのはなんなんだろうな……)


 彼女は成績優秀で運動神経もいい。まさに絵に描いたような「優等生」だった。そんな彼女の二面性を知る俺は、彼女にとっては外敵なのかもしれない。


(このこと喋ったら殺すからね)


 彼女の言葉を思い出して、苦笑いを浮かべる。こんな状態でメンバーの勧誘なんてできるとは到底思えないがこれを乗り越えなければ突破口は開けない。


「じゃあ、次の問題だけど……」


 一度、当てられた俺はもう当分当てられることはないので、意識は授業の外に向いていた。ふと、窓の外を見ると、校庭の桜の木が風にあおられて舞っていた。


 桜の季節が終わり、今度は若葉の季節になるんだと思うと、時間の流れはあっという間だと実感する。悠長にしている時間はあまりないな。


 昼休みになると、俺は弁当を持って芽依の元に向かう。二人で屋上に上がって昼食をとる。俺と芽依はフェンスにもたれかかると、俺は唐揚げを口に運ぶ。


「メンバーの勧誘どんな感じ?」


 芽依が卵焼きを食べながら俺に問いかけてくる。篠宮菜希は一筋縄ではいかない相手だと思っている。それに、彼女は恐らく俺のことを良く思ってないだろうしな。


「超苦戦してる」

「こっちも全然当てがなくて……」


 芽依はため息をついて答える。芽依も高知に来てからそんなに時間も経ってないっぽいしな……。


(そんなに都合よくゲーム上手い人材が見つかるわけないか……)


 俺は落胆しながら唐揚げをもう一口食べる。俺は空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。風も暖かくて気持ちがいい。そんな暖かな風と共に昼休み終了の予鈴が鳴り響く。


「チャイム鳴っちゃったね」


 芽依は立ち上がると、スカートについた埃を払う。俺も立ち上がろうとすると、芽依が俺の目の前に手を差し出してくる。


「そんなに焦らずゆっくりやっていけばいいよ」

「まあ、そうだな」


 芽依の手を掴むと、俺は起き上がる。起き上がって正面を向くと、あの頃と変わらぬ無邪気な笑顔と艶のある亜麻色の髪がふわりと揺れているのが目に入った。


 チームメンバーだったの凌平の厭味ったらしい言葉が脳裏に過った。


(女の子の笑顔ってなんであんなに元気出るんだろうねぇ)


 前世の自分はリア充の厭味ったらしい言葉だと思っていたが……、俺は芽依の表情を見て、凌平の意見も偶には的を射ているなと思った。


 俺は芽依と一緒に屋上から教室に戻り自席に座る。机から教科書を取りだそうとすると、一緒に一枚の紙切れが机の中から落ちてきた。


(なんだこれ?)


 拾い上げて確認すると、数字の羅列が書かれている。その下にはメッセージアプリの名前が書いてあった。指示に従い、IDを入れると何者か分からない連絡先が出てくる。


 申請を送ると承認された。名前を確認する間もなく、メッセージが送られてくる。


 味気のない短文で、「放課後に部室棟の3F角部屋に来なさい」という内容だった。送り主の名前を確認しようとしたが、既読がついた瞬間、その人物にブロックされていた。


 誘いに乗るかどうかを悩みながらも俺は結局行くことにした。メッセージの「部室棟」というワードに引っかかりがあったからだった。

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