第10話 恐怖!氷結のアラビアンヨーグルト

〜レズの話からアナロ兄弟の真実を知った

猫とパンプの二人。

凄惨な内容に耳を疑ったが、箒は止まることなく、

魔法街ゲルストへと進むのだった〜


〜空中〜

話を聞き終わった二人は、

しばらく何も言う事ができなかった。

偶然出会った魔法使いの兄弟に

そんな歴史があるなんて思うわけがないからだ。

それに加えて、内容も悲惨すぎる、

ここで何て話を切り出せばいいのか、

猫は困ってしまった。

すると、それを察したのかレズが口を開けた。

「初対面にする話じゃなかったな…」

冗談っぽくレズは笑った。

実際、なぜこんなプライベートな話を、

ほぼ初対面の猫達に話したのかも甚だ疑問だ。

「な、なんで…

そんな大層な事を話してくれたんだ?」

そう聞くと、レズは少し黙った。

「……本当はな、

この話を一度誰かに聞いてもらいたかった。

正直こんな話されても困ると思うが…」

レズはこんな話を一人で溜め込んでいたのだ。

ブルースにも客にも言えないような話なので、猫とパンプは絶好の相手でもあったのかもしれない。

申し訳なさそうになっていたレズだが、

そもそもの事を思い出した。

「それより、先に聞いてきたのはお前らの方だろ」

その通りで、

猫がしつこく聞いたせいでこの話が始まった。

だが、本命の聞きたい事はまだ聞けていない。

「じゃあさ結局、ブルースはなんであんな強引に

突っ走ってったんだ?」

なぜこの話が始まったのか、

それは、なぜかブルースが態度を変え、

急にアカロフの元へと行ってしまったからだ。

話を聞く限りでは、ブルースが何故アカロフと面識があるのかさえ分からない。

「あぁそれは、ブルースの中に残る、

“ブルース・ルギバナ”の記憶の中にアカロフがいるからだ。

だが、それが友達としてでなく、

何かとしてアイツブルースの中で固まったからなんだよ。

さっきも話したが、ブルースは記憶が完全に別人格になっているから、過去の記憶は他人のツギハギでしかない。

だからこそ、“サミリオン“のアカロフへの不信感、

”ブルース“の友人としての親近感が合わさって、

アカロフへの認識がおかしくなってしまったんだよ」

猫はレズが続けて訳の分からない事を話すので、

自分の中で分からなくなっていたが、

何となくは理解ができ、

それはパンプも同じだった。

「つまり、融合する前の不特定多数の記憶が合わさって、アカロフを自分の中で特別な存在として昇華してしまったって事だな」

パンプが猫にもわかりやすいよう口頭でレズの話を言い直すと、レズは「あぁそうだ」と肯定する。

「それに加えては、アイツの性格として、

“誰かの役に立ちたい”って思う気持ちが人一倍強いから、杖がなくなって役立たずになる事を恐れたんだろうな」

何となくブルースの気持ちを考察出来たところで、猫は別の事がレズに気になった。

「そういえば、ブルースが出てく前に、

お前とアカロフで何かあったみたいな口調で話していたけど…

その王都の話以外でお前ら兄弟は何があったんだ?」

レズは過去の話でオルフォルニア区に移住する前の話をしてくだが、それからの話を話していない。

なぜレズが戸籍を消されたのか、

過去に兄弟は教区長と何があったのか、

それらの謎はまだ分かっていなかった。

「それは……」

またも猫とパンプは、レズの長い過去話に

付き合わされるのだった。


〜バーンハーデン城・王の間〜

「離せよッ!おいっ!俺が何したってんだ!」

真っ先に教区長のいる、

バーンハーデン城へ突っ走ったブルースは、

アカロフの配下『アラビアンヨーグルト』に、

捕まってしまっていた。

全身を『氷』で固められ動けなくされている。

そして、その様子を少し離れた所から、

その様子を教区長アカロフは眺めていた。

「はぁ…ブルース、あなた馬鹿じゃないの?」

アカロフはとても大きな巨体に、

真っ黒なロングコートを着ている。

頭には濃い輝きを放つシルクハットを被り、

右腕には“豪華な装飾”がされた大砲のような物が付けられている。

そして、氷漬けになっているブルースを見て、

落胆する様な、そんな態度を見せていた。

「あなたはこの街に立ち入る事は禁止されている

筈よ…

なのになんの連絡もなく、

この城に飛んできたんだもの、

捕まらない方がおかしいと思わない?」

そうアカロフが言うと、

今にも噛みつきそうな勢いだったブルースは

何も言えずにたじろいでしまった。

「……」

「アカロフ様。

此奴こやつの処遇はいかがしましょうか?」

二人の様子を見てアラビアンヨーグルトが口を出すと、アカロフはすぐに結論を出せずに、

考える仕草をした。

「んーそもそもブルース、

なんで急に私に会いに来たのよ。

まさか、寄りを戻したいなんて言わないよね?」

少し期待するかのような声色でアカロフはブルースを見つめる。

だが、ブルースはアカロフから目を逸らした。

何故ならアカロフの言う理由とは全く違かったからだ。

「つ、杖の素材を貰いに…」

通常より小さな声でブルースが自分の目的を言う。

「そんな事か…」

またもアカロフは落胆した様に

片手で頭を抑え、肘をついた。

「そんな直談判で渡せる程、安い品じゃないのよ。

それに、仮に渡せたとしても、

素直にあなたに渡すと思うのかしら?

もっと考えてから行動したらどう?」 

敵である教区長に最もな正論を言われ、

ブルースはなんであんな必死になっていたのだろうと、過去の自分を恥ずかしく思った。

だが、ここで渡してもらえなければ、

ブルースだって困るのだ。

「アカロフ…俺たちの仲だろ?」

そうブルースが呟いた瞬間、

アカロフの態度が急変した。

“ガッシャーン“

手に持ったワイングラスを地面に叩きつけ、

野太い声で怒りを吐く。

「は?ふざけてんのかお前?

都合よく過去の関係を出してくるんじゃねぇよ

ゴミ野郎、

てか、お前が昔してなきゃよかったんだろうがよ!

もっと頭使えや、そもそも入国も禁止してんだぞ!

何考えてるか知らないけど、これ以上を重ねるなら、お前でも容赦しねぇぞ!」

アカロフの口調が一変して、野太い男の声でヒステリックな言葉をブルースに浴びせた。

ブルースもアラビアンヨーグルトもその変容ぶりに身体が“ビクッ”と跳ねる。

だが、アカロフの罪という発言に、

ブルースも逆上した。

「…くっ何が罪だ!

同胞を“家畜”同然に扱って、 

仲間の命も尊重しないお前の方が大罪人だ!」

ブルースは思っていた事を口から次々と吐いてゆく、だがそれは、アカロフから見て、ただ罪人が喚いているとしか見えなかった。

「チッ…はぁ…お前さぁ、私が何も考えずに

そんな事をしたと思うのか?

ただの道楽どうらくに…

命を踏み躙るわけがないだろうが!」

ブルースに負けじと、

アカロフも怒号を飛ばす。

「…道楽でもなければ、なんで…

なぜ、あんな事ができる!」

ブルースは怒りに任せ、

体を動かそうとするが、

やはり氷に包まれている為、動く事ができない。

「おい!暴れるな!」

アラビアンヨーグルトがブルースを制止するが、

今はアカロフへの怒りで一杯のようで、

全く勢いを止められない。

「…………はぁ…そんなに知りたいの? 

じゃあ教えてあげる…わよ」

いつの間にかオネエ口調に戻ったアカロフは

またも溜息をつき、

怒りを通り越しブルースに呆れを感じていた。

「ねぇブルース…

私が自らの娯楽や快楽の為に、

魔法使いを家畜にしているとでも思っているの?」

アカロフの声は落ち着いていた。

だが、全く心は落ち着いていないようで、

暗い顔をしている。

そして、それを聞かれたブルースは、

その質問の意図が分からなかったが、

今の自分の答えを出す事にした。

「……それ以外に何があるってんだ」

またもアカロフは落胆するかのような表情を見せ、ブルースを目で軽蔑した。

「本当に…あなたっていう魔法使いは、“カス”ね」

唐突な暴言にブルースは言い返そうとしたが、

あまりにも今のアカロフに口を出す事は

ブルースには出来なかった。

「……じ、じゃ、なんであんな事ができる?

俺はお前が人の命を弄んでいる様にしか見えない」

アカロフは表情を変えず、

目の前の大きな窓から外の景色を見た。

「見てみなさい…この”地“を…」

窓の外には、一般の魔法使い達が仕事をしたり、

子供達が遊んでいる姿が見える。

「この景色を作ることが、どれだけ大変な事か、

あなたには想像もできないでしょうね」

アカロフは続ける。

「『魔法使い』…私達の種族名、

そしてこの地王で人間の次に多い種族…

十年前の『王都事変』から…それ以上前から……

私達はずっと差別されてきている。

そんな種族が、どうして一つの教区でまとまって暮らすことを許されたのか…」


元々魔法使いという種族は、

アイロ・パンツ王が受け入れる前から差別されてきていた。

そして、王都が崩壊し教団の支配下に置かれた

魔法使いは人間以上に悲惨な目に遭った。

魔臓まぞう』という、

人間にはない特別な物をもってしまったが故に、

一つの種族ではなく便利な”もの“として認識が定着してしまった。

そんな者達が水準値を下回らない生活を許され、

オルフォルニア区という教区ができた。

確かに不自然な事ではある。

「それは…

それ相応の対価を支払っているからよ…」

アカロフは自分の口から“対価”という言葉を

出した時、今までにない悲しい顔を見せた。

「対価ってまさか…」

ブルースも話を聞いて、

ある程度予想できたようだ。

「もう分かるわよね?

あの家畜達は皆…

この教区を維持する為の資金なのよ。

彼らの存在があるからこそ、

この景色を保ち、教団と共存が出来ているの」

ある程度予想できた答えではあったが、

やはり堪えるものはあった。

魔法使いとして生きる、

その為に幾千もの同胞が資源へと変わっている。

そんな現実、ブルースは分かっているようで分かっていなかった。

「で、でも!到底許される事じゃない!

家畜ったって命なんだぞ!

ただの野生動物じゃない、

俺達と同じ魔法使いを資金にしてまで、

お前らはこの生活を維持したいってのか!」

そのブルースの反対にアカロフは、

(そんな事分かってる)とブルースに目で訴えた。

「そんなの考え方で変わるわよ…

私はあの家畜を愛しているし、

大切に生きて欲しいと思っているわ…

だけどね、同胞となんて思っていない。

あの子達は皆、無理やり生殖器を

繁殖の為だけに生まれた、ただのよ。

知能なんてない、何も考えてない、

ただご飯を食べて、好きに遊んで、

性を満たして、そして寝る。

これだけであの子たちは人生最高の幸せを感じて死ぬの。

彼らは同胞なんかじゃない。

私達を助ける為に舞い降りた天使様なのよ、

哀れな同胞と思ってしまうから、

あなたはなんて選択を取ってしまったのよ。

……それに今更変えられないわ、

家畜制度や人身売買がなくなれば、

ここに住む住民は皆、帝国に送られる…

また、私達が生き残る事になってしまう」

恐らく今の言葉は全てアカロフの本心であり、

本当なのであろう。

ブルースは本来の目的を忘れ、

その言葉に酷く絶望を感じた。

「とにかく、私が何かを変えることも変わることも今はないわ…

だから、もう…帰って頂戴…

杖の素材も諦めて、どこか遠くに行って…

この教区にも来ないで、

…もう私達に関わらないで…」

切実な目でアカロフはブルースに訴える。

それにブルースは何か反論することは無理だった。

なぜなら、アカロフは悪い事をしているが、

根本的な悪は教団なのだ。

今アカロフを責めようと何も変わらない。

「分かった…急に押しかけて悪かったよ…

もう行くから、この氷解いてくれ」

そうブルースが言うと、アカロフは頷き、

アラビアンヨーグルトに顎で指示した。

「……了解」

アラビアンヨーグルトが、

指を”パチンッ“と鳴らすと同時に、

ブルースを捕まえていた氷が、

一瞬で水へと変わった。

“ジャバーンッ”

その結果、ブルースは大量の氷水を浴びて、

ずぶ濡れになってしまった。

「ゲホッゲホッ」

「おっとすまない…タオルを持ってこよう」

アラビアンヨーグルトの持ってきた布切れで

ブルースは顔をふくと、

もう一度アカロフの顔を見た。

「それじゃあな」

アカロフは言葉で返さず、”コクン“と頷いた。

「……チッ」


〜バーンハーデン城 門前〜


アラビアンヨーグルトに案内されながら、

ブルースはバーンハーデン城から帰路へ向かう。

その際、二人は何も話さず、

ブルースはずっと悲しそうな顔をしていた。

「じゃあ、ここに箒を呼び寄せるから、

少し待っててくれ」

そうアラビアンヨーグルトに指示させ、

ブルースは黙って従った。

「……アンタ、アカロフ様の元恋人だってな…」

突然、茶化す様にアラビアンヨーグルトは

ブルースに話しかけた。

「…まぁ、な」

それ以上ブルースは何も言わない。

ここで会話は途切れてしまったが、

何故かアラビアンヨーグルトはニコニコしている。

その不気味な様子にブルースも違和感を覚えたようで、額に汗が滴る。

「元恋人だからって、

アカロフ様はやさしすぎるよなー、

侵入者をこんな簡単に逃すなんてさ」

アラビアンヨーグルトは笑っているが、

目が笑っていない。

突然、ブルースに悪寒が走る。

「俺さぁ…お前みたいな奴…大嫌いなんだよね」

そうアラビアンヨーグルトが告げた瞬間、

ブルースは背後から強烈な殺気が襲いかかる。

(!?)

ブルースが振り返ると、

そこには異形の怪物アラビアンヨーグルトがいた。

その怪物は、アラビアンヨーグルトが自らの衣服を脱いだ姿だった。

体中が輪切りに切断させ、

切断された胴体同士が宙を浮いている。

「い、一体なんだよ!」

アラビアンヨーグルトは、右手に杖をブルースに構えて、

ニコニコ笑っている。

「僕さぁ、今かき氷、食べたいんだよねぇ

でもさぁ、今ちょうどいい氷がなくてねぇ

、ちょっと動かないでくれる?」

ブルースを見るアラビアンヨーグルトの目は、

どちらも焦点があっていない。

(コイツ…やばい!)

態度の一変したアラビアンヨーグルトに、

ブルースは逃げ出した!

杖のないブルースに抵抗できる力もなかったからだ。

だが……

「おい待てよ」

“カンッ”

金属のカンが落ちたようなそんな音が響く。 

“ガリッグシャ”

「ウッああ“ぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」

少し遅れて、ブルースの悲鳴が響く。

「お、俺の足、あしがぁ!」

なんとアラビアンヨーグルトは、

ブルースの足と膝の関節を同時に凍らせた!

その結果、激しく足を動かしていたブルースは、

その力の反動で自分から自らの足を砕いてしまったのだ。

幸いにも、凍った筋繊維がちぎれてしまっただけで、骨は切断させなかったが、

走るどころか歩ける状態ではなかった。

「な、なんて…ひでぇ、事…し、やがる」

ブルースは這いずりながら、

異形のアラビアンヨーグルトを睨む。

「もう馬鹿だぁ、足が壊れています」

(なんだ…コイツ、さっきから急に話し方が変わって…今はそんな事どうでもいい、

何とかして逃げねぇと!)

そうブルースは力を込めるが、

筋肉を収縮させた途端に、

崩れた足に痛みが響く。

「グッ」

どうやって動く事はできなかった。

「私の部屋へ行きましょうか…

アカロフ様にバレないようにね」

アラビアンヨーグルトに抱えられると、

ブルースは冷え切った解剖室へと、

連れて行かれるのだった。


〜魔法街ゲルスト〜

無事にゲルストまで着いた三人。

そしてブルースを追うため、

教区長のいるバーンハーデン城へと向かうのだった。


ゲルストの中に入国し、猫とパンプは唖然とした。

なぜなら、その街は自分が今まで見たことの無い、魔法やなんらのオンパレードだったからだ。

当たり前の様に住民は空を箒で飛んでるし、

露店の店主は自分の商品を宙に浮かせ、

アピールしている。

さらに、一見なんら変わりない子供が、

見た事もないヘンテコな玩具で遊んでいる。

「さ、さすが魔法使いの国……」

猫は目の前の光景のどれにも目を離す事が出来なかった。

「でも、なんか聞いてた話と違うな」

パンプは特別な物を見れて嬉しいという感情と共に、その街に違和感を感じていた。

「前にブルースがあぁ言ってたけど、

この街はとても家畜や人身が売られているようには見えないね」

”確かに“と猫も頷いた。

街の様子は魔法がある以外は、

安全なB地区などと変わりなく、

とてもブラックな要素は見られなかった。

「あぁ、それはな…」

レズが何か答えようとした瞬間、

“ブォーン!!”

とけたたましいエンジン音と共に、

何台かのワゴン車が猫たちの会話を遮った。

ワゴン車には『上梅じょうばい』『穴竹あなたけ』『祀松たたりまつ』と別々の

名前のステッカーが貼られていて、

そのままゲルストの外へと走り去って行った。

「な、なんだったんだ?」

ワゴン車が捨てて行った排気ガスにむせながら、

猫は小さくなる車を遠目で見ている。

「あれは『家畜』を送る、『迎車そうしゃ』という物だ」

「え!?つまり、あの中に家畜が居たってこと?」

レズはパンプの驚きに頷く。

「あれが『牧場』に送られて、教団に売り、

資金を得て、

俺達が今見ている光景を保っているんだ」

猫とパンプはそれを聞いて、

何とも言えない気持ちになった。

確かに、市民が平和でいることは必要だ。

だが、その為に少数を間接的に殺している、

レズはああ言っているが、

猫は目の前の平和を血に濡れていると感じた。

それと同時に猫は、家畜の制度に何か、

おかしなところがあることに気づく。

「……そういえば、

魔法使いって女性が生まれないんだよな…

じゃあどうやって繁殖してるんだ?」

レズの過去の話では、

魔女の存在が貴重だったという話があり、

配合させると『賢者』という上位種になると言っていた。

だが、家畜の話を聞く限りでは、

繁殖して売買しかしてないように思え、

一体どうゆう事なのか、

猫は不思議に思った。

「…お前の言う通り、

家畜になるのは皆、十から十五歳の“男”だ。

勿論男同士では子供は出来ない。

だから、家畜には役割が分けられてる。

ワゴン車に名前があったと思うがあれがそうだ」

「あの上梅って奴か?」

レズは頷く。

「『上梅』は『種』、つまり竿役だ。

上梅は射精量によってその役が決まる、

それと同時に何回も出す事ができ、

体力の高さも基準だ。

そして選ばれたら、

たださかり続ける様に常に薬物が打たれ続ける。

そして…」

「ストップ」

レズが続けて話そうとすると、

猫が手を伸ばして制止した。

「なんとなく次が読めた、だからもう話すな」

(上梅が竿なら、穴竹は…)

猫は震え上がった。

「なんだよ猫、せっかくレズが話してたのに」

パンプがしかめっ面で猫を見るが、

猫は家畜達のその後を想像してしまい、

もの凄く気分が悪くなった。

「まぁ、猫がそう言うなら…

猫だけには嫌か、ふっ」

「は?」

レズは一人で何か言っている。

「……早くブルースの所に行こう」

パンプに急かされ、

三人はゲルストの奥地へとさらに進むのだった。


〜地下解体場〜

足を砕かれたブルースが連れていかれたのは、

凍える様な寒さの解体場かいたいばだった。

所々に臓器を詰めたビニール袋が置かれ、

冷凍マグロの様に凍った死体がフックに吊るされていた。

恐ろしい光景にブルースが喉が詰まった。

だが、アラビアンヨーグルトは楽しそうにしている。

「な、何をする気…だ」

体に力が入らないブルースは弱々しい声で、

アラビアンヨーグルトへ反抗の意思を見せるが、

アラビアンヨーグルトの目の焦点はあっていない。

(コイツ、アカロフの前とは別人じゃないか!)

ブルースを氷で固めている時は、

従順な騎士といった風貌だったのに対し、

今は、薬物中毒者のような支離滅裂な言葉を話し、とてもまともには見えない。

「助けます、この機会にありがとう」

「や…めろ」

ブルースが抵抗しようとするも、

部屋の冷気がブルースから力を奪う。

そしてアラビアンヨーグルトは、

が散乱する台に、

ブルースを乱暴に落とした。

“ドスンッ”

「悲しい事だぁの、

でも徘徊を止めちゃ行けない、黙れ!」

アラビアンヨーグルトは、意味不明な言葉を吐きながら、ブルースを台に設置された鎖に繋いでゆく。

「く、くそ、やめ、やめろ!」

完全にブルースは、

その場に固定されてしまった。

「返せ!撮るな!帰ってくれよ!

帰ってくれ!殺してくれよ!」

アラビアンヨーグルトは興奮状態になっている様で、目が充血し、手が痙攣している。

「よし、凍らせてやるからなぁ」

遂にまともな事を喋ったアラビアンヨーグルトだったが、ブルースがピンチなのは何も変わらなかった。

そしてアラビアンヨーグルトは両手をブルースの足へ向けた。

「な、何をッ」

ブルースが問うより先に、

アラビアンヨーグルトの両手から、

この部屋とは比べ物にならない冷気が放出される。

「冷たッ!?」

もはや冷たいを通り越して熱いと感じ、

みるみるうちにブルースの下半身は

のようにカッチカチに凍ってしまった。

そしてその瞬間にも、

耐え難い苦痛がブルースを襲う。

下半身が凍ってしまった事で、

上半身の血液が詰まってしまい、

中で血管が徐々に圧迫されているのだ!

「クッうぅっあぁぁぁぁ…あ“ぁぁ」

“プチッ”

何かが弾けた。

ブルースの血管だ。

大量に位置する血管が音を立ててプチプチと破裂していっている!

“プチップチップチプチ“

「この…野郎ォ!マジで…殺す」

ブルースの怒りがフツフツと沸いていくが、

動けたところでブルースに出来ることはなかった。

「かーき、かーき、かっきこーおりー」

すると、子供の様に無邪気に歌いながら、

アラビアンヨーグルが何やら大きな機械を

持って、ブルースの方へと向かってきていた。

「マジで…殺す…お前…」

そう殺意を持ってブルースがアラビアンヨーグルトの方を向いたその瞬間、

ブルースは顔面が蒼白そうはくになった。

比喩でなく、本当に顔から血の気が引いたのだ。


アラビアンヨーグルトが運んできたそれは、

『ウッドチッパー』だった。

(おい嘘だろ…

マジで俺をかき氷にするつもりなのか!?)

「よいっしょっと」

アラビアンヨーグルトがウッドチッパーのレバーを引くと、肉片の粉を吹き出しながら、

錆びた刃が猛烈に動き始める!

“ギュルルルルッッッ“

その薄汚れたウッドチッパーには、

赤い氷が所々に散らばっている。

分かってはいたが、

ブルースが初めてではないらしい。

「やめっ」

ブルースが止める前にアラビアンヨーグルトは、

ブルースの足の鎖を外し、

ウッドチッパーの口へと向ける。

(やばい、何とかしないといけないのに力が)

「しゅっぱーつ、ずごごごご、

ありがとう、楽しみにしています」

“ギュイィィィィ“

容赦なくアラビアンヨーグルトはブルースの

凍った足を突っ込んだ!

爪先から徐々に刃が削ってゆく!

「あ、あぁぁぁぁっっ!クソっ!」

(凍ってるせいで痛みは無い、

だが、このままじゃ足が!)

“ギュイイイイイイィィィィ”

すると噴出口から、

ブルースの爪先が吹き出し始めた。

「貰います貰います」

それをアラビアンヨーグルトは、

ドンブリの様な器でかき集めている。

“ギュイイイイィィィィ”

容赦なくウッドチッパーは、

ブルースの足を飲み込んで行く。

(あぁ!俺の足!俺の足がぁ!)

ウッドチッパーに慈悲はなかった。

全く勢いを弱めず、

ブルースの足全体を飲み込んでゆく!

ブルースのかかとを飲み込んだ所で、

アラビアンヨーグルトは、

両手に抱えた血塗れの器を置き、

陽気な足取りで、スキップしながら

ブルースの元へとやってきた。

そして、何かを持ってブルースの目の前に

見せつける!

(なんだ、まさか、上半身にも拷問をかける気じゃないだろうな!?)

ブルースが恐る恐る目の前に置かれた何かを

見る。

(刃物か?ペンチか?

まさかチェーンソーはないよな…)

どんな拷問器具が用意されているのか、

ブルースはただでさえ苦しい呼吸がもっと苦しくなった。

「見てください!『カマキリ』がいましたよ!」

アラビアンヨーグルトは、

純粋な虫取り少年の様な顔つきで、

カッチコチに凍ったカマキリを、

ブルースへ見せつけてきた。

(?)

カマキリは威嚇した状態で凍っている。

だからなんだという話だが…

「粉薬を飲んでくるね」

そう言って、

アラビアンヨーグルトはカマキリをブルースの胴の上に置いて、また血塗れの器を抱えて粉々になって行くブルースの足を回収し始めた。

(マジでアイツイカれてる…)

そんなこんなで、ブルースの足は膝辺りまで

『かき氷』になってしまった。

何か交渉しようにも、

アラビアンヨーグルトに話は通じるわけなく、

力の出ないブルースは抵抗も出来なかった。

(クソッもう取り返しのつかない所まで来ちまった…やばい……意識が)

永遠と削られ続け、短時間に大量に血を失ってしまったブルースは、

深い絶望の中、気を失ってしまった。



〜魔法街ゲルスト・アルビノ通り〜

なんらトラブルも起こさず、

猫 パンプ レズの三人は、

ゲルスト内でも位の高い者の住居が並ぶ、

『アルビノ通り』を歩いていた。


「…さっきと打って変わって、

なんか気味悪い場所だな…

真昼間だってのに人っ子一人歩いてない」

猫は綺麗な石造りの道に鉄の街灯、

B地区でも見ない大きな豪邸を見て、

道端に唾を吐いた。

「ここに住むヤツらは皆ここから“出稼ぎ”に行ってるから、基本的にここは無人さ。

それと猫、ここに唾吐いたら“罰髪”だから

気をつけとけよ」

レズに注意され、

猫は「へいへい」と空返事だ。

何故かアルビノ通りに来てから、

猫の機嫌がずっと悪い。

眉間に皺を寄せて、

レズに止められたのにまた痰を吐いている。

「なんだよ猫、お前“髪持ち”が嫌いなの?」

パンプがからかい口調で猫へ言うと、

猫は表情変えず、また眉をひそめた。

「ばーか、好きな奴なんかいねぇだろ、

こうゆう髪持ちが上をから、

こっちが苦労するんだ。

少しは分けろっての」


猫の髪持ちへの不満、

それは地王の『税』制度が影響していた。

税は基本的に市民自らの安全と、

身分証を継続させる為に必要な物だ。

払わない事も選べるが、それは死と同義。

一定期間が経つと、大聖堂に強制連行され、

母胎の一部になるという噂だ。


そして、その税だが、

劣等税れっとうぜい』と言い、

月に一度まとまった髪を支払うことが決められている。

この税の値は教団への信仰の強さを表し、

多ければ多い程、受けられる支援も大きくなる。

だが、この劣等税は固定値が、

その月の最大髪数に依存する為、

多く髪を持った者が大量に髪を支払ってしまうと、一般市民も同じ量を支払わないといけず、払えない者が続出するのだ。

なので、この地王で教団の次に髪持ちは嫌われている。


猫も反教団に入る前は一般人として支払っていた為、髪持ちへの恨みはその場の誰よりも強かった。

「俺には分からん怒りだな」

レズが後ろから余裕そうに猫へ言う。

レズは戸籍がなく、

身分証なしに滞在する不法滞在者なので、

まず税といった概念とは無縁だろう。

「俺には分かるぞ、

帝国にも劣等税はあったから」

そう言う割にパンプは、

猫と違って、怒ったりはしてないようだった。

猫は少し黙ると、

突然恐ろしい事を口に出した。

「……どうせここに長居はしないし、

街に?」

いくらなんでもやりすぎだが、

猫が冗談を言ってるようには見えなかった。

「やめとけって、

お前らが帰ろうが俺は住んでるんだから、

巻き込みで指名手配とか御免だね」

レズがそう軽く返すと猫は「はぁ…」と

溜息をつく。

「…なんかなぁ…イラつきが収まんないな…」

そう猫は言い、とぼとぼと歩いていると突然

「あぁ!」とレズが大声を出した。

「うわ!?びっくりした、突然なんだよ」

レズは猫達の問いに答えず、

何処かをボーと見ている。

「まずい…」

「本当にどうしたんだよ?」

猫もさっきまでの怒りを忘れ、

様子の変わったレズを心配している。

「ブルースが…捕まった…」

虚空見て、そう言うレズは、

傍から見ればただの異常者だが、

アナロ兄弟は視界が共有する事ができる、

そのため、レズは今、ブルースの視界を見ているのだ。

レズは探るように虚無を見つめる。

「なんだこの…冷凍室みたいなところは…」

レズはブルースの視界の中で、場所をじっくり眺めている。

「なんだ?どうなってる?」

猫の問いに答えず、

レズは注意深くブルースの視界からその場所を確認していたその時!

「おい嘘だろ…やめろ!」

レズが突然、虚空に向かって怒鳴り声を上げる。

猫は「大丈夫か?」とレズに声をかけようとしたが、とても話しかけれるような様子では無かった。

まるで、目の前でかの様な、

そんな様子でレズは目を見開いている。

「や、やばいっ!早くっ!」

“ダッ“

焦りすぎて語彙力の無くなったレズは、

猫達を置いて、真っ直ぐ何処かに向かいだした!

「ちょっ!レズ!あぁクソっ、パンプ行くぞ!」

行く先も分からぬまま、

二人はレズについて行くのだった。



〜バーンハーデン城・地下解体場〜

ギュイィィィィイン!ギュイィィィィイン!

ボリガリッボリボリ!ガリガリ!ガシャッ!

ギュイィィィィイン!ギュルイィィィィイン!

ガガガガガガガガガガガガッッパチンッゴゴッ

ギュイィィィィイン!ドンッガガガッバリバリッ!

バリバリバリバリバリッガガガッッッギュイィィィィイン!ガシャゴリバリッカンカンカンッガチッ!

ドンドンッダンッガシャッギュイィィィィイン!

ギュアイイイイガンガンッブチッガリガリガリッ!

ゴリッゴリッガシャッゴリッゴリッガシャガンガン

ガタガタギュアイイイイアガガガガガンガンッ!

ギュアイイイイアイイッガガギッギギギュイイイイィィィ……ガタッピー…ピー”


ウッドチッパーは役目を終え、”ガタッ“と

活動を停止した。

「はあっはあっはっああ“ぁ…はぁ…

もう…やめ…やめろ…おれの…俺の足を…」


ブルースの足は、もうなかった。


足の先から太ももにかけて、

全ての肉が削ぎ落とされたのだ。

断面が生理の時の女性器の様になり、

とても見ていられない程痛々しい。

奇跡的に血液が凍って止血はされているが、

もうブルースに抵抗できる力は残されていなかった。

一方アラビアンヨーグルトは、

床に落ちたブルースの肉片を、

雑に器へ入れている。

「クソ…野郎…はぁっはぁっ…

お……まえも…おなじ目に……ケホッ

あわ…せて…」

もう動かす事が困難な身体で、

ブルースはアラビアンヨーグルトに殺意を向ける。

すると突然、

アラビアンヨーグルトは哀れな小動物を見るような目でブルースを見つめる。

“ビタッ”

「…」

支離滅裂な言葉でもなく、残虐な言葉でもない、

彼は一言「すまない」とブルースに謝罪した。

(突然…なんだ?)

ブルースは態度が一変したアラビアンヨーグルトに開けにくい目を見開く。

「…私は『医布いぶ

『アラビアンヨーグルト』ではない…」

言っている事は支離滅裂だが、

さっきとは違い、まるで“人格”が入れ替わった様な、そんな気配見せる。

「意味が分からないとは思うが時間がない、

アイツが戻ったら次は…全身持っていかれる、

その前に、何とか逃げてくれ」

そう言うと、医布と名乗る人物はブルースを縛り付けていた手枷を外す。

ようやく動ける様になったブルースだったが、

痛みと低体温症でまともに動けるわけなかった。

「…頑張ってくれ」

医布は、自分がブルースを連れ出せばいいものを何もせず、ただ申し訳なさそうにブルースを見ている。

するとブルースは弱々しく、

自分で出来た、肉のかき氷に指を指す。

「そ…それを……よこ……せ」

医布は一瞬キョトンとしたが、

すぐにブルースの要望に応えた。

銀色の器には、赤く水分を含んだ肉片が、

ブルースの両足分残っていた。

ブルースは医布から奪うようにそれを受け取ると、自分の肉片に手を突っ込んだ。

「何をする気だ?」

医布の問いには答えず、ブルースは手のひら分にその肉片をすくうと、ハンバーグを作るように、

手でコネコネと形を作り出した。

(杖職人の兄がいて良かった…)

ブルースは肉片を付け足し、

両手で形を整えてゆく、

そしてそれは見事なへと変化した。

「クソ…こん…な、形で…杖が…手に入る…

なんて…な」

なんとブルースは、レズが禁忌と口酸っぱく言っていた、『死体からの杖錬成』を、

またおこなったのだ。しかも今度は自分の体で。

そんな様子のブルースに医布は驚いている。

「まさか…そんな方法で杖を作るとは…」

だが、杖を作れたはいいものを根本は解決していない。

何故なら動く事はまだできないから。

すると、ブルースはその出来たてほやほやの杖に

魔力をこめ始めた。

“ジリリリリリリリリリリ“

鉄が擦れる様な音が、その場に立ち込める。

杖に入れれる分の魔力を込めると、

赤い肉の杖は先端から青い光を放つ。

「へ、へへ……溜まった…」

ブルースはようやくできた自分の攻撃手段に喜んでいる。

「それを一体…何につかうんだ?」

医布が興味深くブルースに近づくと、

ブルースは杖を医布に向けた。

「『燃えろ』」

“ボンッボーンバッ”

その瞬間、医布の全身が火の海に包まれる。

「あ、アガァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッな……ぜ…こんなあァァァッッッ」

医布は身体についた火を消そうとのたうち回っているが、火力が強すぎて”キュー“と音を立てて筋肉が収縮し、徐々に身体が動けなくなってゆく。

そんな医布にブルースは、

両手を向けて温まっている。

「あったけぇ…あぁ生き返るなハハッ…、

ハッハッハッアラビアンヨーグルト!

俺がお前の言う事を全部聞くとでも思ったか?

それに微弱にもお前、

俺を『燃やす』って考えてたな!

それなら逃げるより、お前を殺した方が万事解決なんだよ馬鹿!」

ブルースは苦しみ悶える医布に唾を吐きかける。

「だが、困ったな…

両足ともなくなっちまった。

これじゃあ動けない…」

ブルースが困っていると、

突然“ブシュッ”と何かが吹き出す。

なんと、両足の氷が溶け、止血に凍っていた両足の断面から血が吹き出している!

「あぁまずいッあっ痛ってぇあぁ!痛い!アガッ」

ブルースは辺りを見渡して布か何かを探すが、

この部屋にそのような物はなく。

麻痺していた痛覚が蘇り、足からとんでもないエネルギーの痛みがブルースを襲う!

「あがっ…せっせっかく助かったのに、

このまま…じゃ…失血死…する」

ブルースは両手で足の断面を抑えるが、

血は“ブシャブシャ”と勢いを止めてくれない。

「畜生!」

ブルースは何も出来なかった。

その時、ブルースの身体に“火のついた手”が

乗せられる。

医布の手だ。

辛うじて生きていた医布は、

ブルースに近づいていたのだ。

「うわっ寄るな!寄るんじゃない!」

ブルースは抵抗するが、

医布には攻撃に意思はなかった。

「火を…止めてくれ、その血を…止めてやる」

医布はそういうと、

皮膚を焼く痛みに耐えながら、

まだ無事な自らの皮を剥ぐ、

“ギチッブチブチブチ“

「あっあぁ…」

そしてその皮膚を広げると、

ブルースの足の断面に合わせた。

「縫合する…には、集中…した…い、

頼む…火を…消し」

ブルースはその異常な親切に不気味さを覚えたが、背に腹もかえられない。

(血を失い過ぎて、頭がボーとしてきた…

……縫合したら、殺せばいいか…杖はこっちある)

「チッ…分かったよ」

ブルースがそういうと、

医布の身体の火はピタッと止んだ。

「くっはぁ…はぁ…助かった…ありがとう」

殴りかかってきてもおかしくなかったが、

医布は自分を燃やしたブルースに感謝を伝えた。

「いいから!やるなら早くしてくれ!」

すると、医布は重い体を動かしながら、

手に持った針と糸で、縫合を始めた。

自分の足を切断した相手に縫合してもらうという、なんとも皮肉めいた光景であった。

さらに医布はとてつもなく手際が良く、

身体中が酷い火傷にも関わらず、

非の打ち所がない施術をブルースに施した。

施術中、あまりにも集中している医布にブルースは不信感を通り越して、もはや恐怖を感じていた。

「お前さ…何でそんなに親切なんだ?

俺の足をミンチにしたのもお前なのに」

医布は荒い呼吸を抑えながら、

ブルースの方を向く。

「私は“医者”だ…どんな状況であろうと怪我人はほっとけない…それに…ブルース…きみ…には……生きてもらわないと…」

(じゃあ鎖解いた時点で助けてくれよ)

とブルースは思ったが口に出さなかった。

「……あの…さぁ、一体お前はなんなんだ?

アカロフの騎士なのか、なのか、医者なのか…」

「…」

医布はブルースの問いに答える事を渋っている。

「ていうか、

縫合されても俺歩けないんだけど、

どう逃げればいいんだよ」

ブルースの両足はもう股元までミンチになっていて、止血されても歩く事は出来ない。

医布が自分に何を求めているのか、

ブルースは分からなかった。

「縫合して、俺を上まで持ってってくれたら

助かるんだけど」

「……」

医布は言葉を必死に飲み込み、

施術の手を止めた。

「悪いがそれは出来ない…

…………ほら、これで血は止まった。

だから這ってでもここから逃げてくれ」

そうめちゃくちゃな事を医布はブルースに

言うと、早足で解体場から出ていってしまった。

“タッタッタ”

革靴の音が遠のき、ブルースは縫合された自らの足を見た。

医布の皮膚を移植され、無事に止血はされたが、

突然、今まで付き添ってきた足が消えたのだ。

そのショックは大きかった。

「クソッ」

涙こそでなかったが、ブルースは歯をかみ締め、

目の前に置かれたウッドチッパーに拳をついた。

“コテッ”

「冷たいな…クソが…はぁ…アイツの言う様に這って脱出するしかないか…よいっしょッうわっ」

“ゴテッ”

冷えた床にブルースの上半身が落ち、

地面から乾いた音が響く。

「痛たた…今更これくらい大丈夫か…

とにかく行こう…」

ブルースは血の染み付いた冷たい床を這い、

地上を目指すのだった。


〜魔法街ゲルスト・アルビノ通り〜

「おい!待てっレズ!」

猫が制止するもレズは聞く耳を持たない。

真っ直ぐ続くアルビノ通りをひたすらに走り続けている。

「待てるか!ブルースが殺されちまう!」

レズがそう言い放った瞬間!

レズの真上から謎の物体が、

脳天めがけて落下してきた!

“ガツンッ!!!”

そして物凄い勢いでレズの頭に激突する!

「うっ!」

布に包まれた謎の物体は、脳天にクリーンヒットし、レズの頭をかち割ってしまった!

「今度はなんだ!?」

猫は頭から血を吹き出すレズへ駆け寄ると、

頭の真横には、落ちて来たとされる物体がそこに静止している。

レズに寄り添う猫に代わり、

その謎の物体にパンプは近ずいた。

「これは一体何なんだろう」

パンプがそれを持ち上げると、

それは思ったより重く、

パンプは一瞬腰が持っていかれそうになった。

「おっ重っ」

ずっしりと重く、の布に包まれたそれは、

重りや石などではなく、押すと柔らかい、

まるでの様だ。

「猫、これはなんだろう?」

パンプは猫に手に持った物体を見せつけると、

猫は絶句した。

何故なら、布の穴の空いた部分から、

が顔を覗かせていたからだ。

「ちょっと貸せ!」

猫はまさかと思い布を破くと、

嫌な予感は的中した。

それは『赤子』だったのだ。

黄色い皮膚の下に青い神経が薄ら映り、

軽く呼吸をして、心音も聞こえる。

「生きてる…でも、なんで空から赤子が…」

不思議にもレズの頭に激突した赤子は、

なんの外傷もなく、

「ふー、ふー」と息をしている。

普通なら内臓が飛び出してもおかしくないのに…

「うっ」

レズが目を覚ました様だ。

「今のは…」

レズは猫に抱かれる赤子を見ると、

それが今、自分の頭に降って来た事を悟った。

「痛え…石でも落ちて来たかと思ったが、

そんなんが落ちて来たのか…

…なんでまだ生きてるんだ、それ?」

レズも猫と同じ疑問を持ったようだ。

自分は頭から血を吹き出しているのに、

お前は何故外傷もないんだ、と。

「まぁ、考えても仕方ないさ、

これはここら辺に置いていこう」

正直赤子と言えど、

猫達にとっては重りにしかならない。

可哀想ではあるが、置いていくしかないらしい。

「まぁ、そうだな…」

だが、猫が地面に赤子を置こうしたその瞬間!

とてつもない声量で、赤子が喚き始めた!

「キャァァァァァァァァァァッ!!!!」

一番近くで聞いていた猫は、

驚いて赤子を落としてしまった。

「うわっ!」

だが、それ以上にその喚きで三人とも鼓膜が

やられそうになっている。

耳を塞いでも貫通する勢いだ。

「アアアァァッ!うるせぇ!猫ォ!踏み殺せ!」

その喚きの中で、レズの叫びは届かなかったが、

猫もレズと考えは同じだった。

(くたばれ!クソガキ!)

猫は赤子の顔に靴底を思い切り踏みつけた!

“グチャアァ”

すると、豆腐の様に簡単に赤子の顔は崩れ、

なんとか喚きを止める事ができた。

「あ、あ、あ、あいうえお…

良かった…まだ耳は無事みたいだ…

お前ら大丈夫か?」

まだ耳鳴りは止まないが、なんとか三人とも鼓膜を破られずに済んだみたいだ。

「で、コイツ…なんだったんだ?」

グチャグチャに潰れた赤子を、

レズは興味深く見ている。

「お前が知らない奴を俺が知るわけ無い」

魔法使いのレズが知らなきゃ、

猫達も知るわけがなかった。

「まぁいいさ、早くいこう!」

レズがまた走り出そうとしたので、

猫は咄嗟にレズの腕を掴んだ。

「ちょっと待てって!俺たちは全く状況が把握出来てないんだ、行き先とか教えろよ!」

猫がそうゆうと、やっとレズの顔から焦りの色が消えた。

そして、レズは落ち着いて二人に向き直り、

ゆっくり深呼吸をすると、

ブルースの目から共有して、

見えた光景を伝えた。

をミンチにされているだって!?」

レズはコクンッと頷く。

ブルースの目から見えたのは、

どんどん肉塊になってゆくブルースの足だったのだ。

そんなもの見せられれば誰だって混乱してしまう、

加えてレズにとっては唯一の弟だ。

人一倍焦ってしまうのは仕方なかった。

猫もようやくレズの焦りを読み取り、

現状のやばさを悟った。

「やばいじゃん!今すぐにでも行かねぇと……

どこにブルースが居るのか分かるのか?」

レズは黙った。検討できる場所がないのだろう。

すると、猫は自分もさっきのレズの様に焦らぬ様、

レズの手を握った。

「だったら、行く先を確定させてから行くのが懸命だろ?無駄足になって時間を無駄にしない為にも」

猫のその言葉で、今にも走り出しそうなレズは、

身体の強ばりを弱めた。

「悪い…少し…混乱してた…」

レズは今すぐ動きたいという身体の衝動を

抑えながら、猫の言われた通り、居場所を特定する為、ブルースの視点を注意深く見る。

レズにとってはだいぶ辛い作業だろう。

家族が拷問にかけられているのをじっくりと見るのは、だが、仕方なかった。

命を助ける事に特化すれば、

いずれとこうなってしまうからだ。

レズは閉じたい目を、見開き、

その酷い光景に目を向けた。

「ここ…は…なにか……冷凍室みたいな…

後は肉塊が散らばってて…足……がミンチに…

ん?あれは…王都の紋章?」

レズはブルースの視点から何かを見つけた様だ。

「細かくは分からないが、大体は分かった、

多分アイツはバーンハーデン城の何処かにいるはずだ…」

恐ろしくも簡単にレズは、

ブルースの位置を特定した。

そしてまた走り出そうとしたその瞬間、

またも猫がレズの身体を止める。

「待てって、ホントに合ってるのか?

そんな短時間でわかるものじゃないだろう?」

レズは猫が待てと言ってから十秒くらいで

ブルースの位置を特定した。

駄々草にやっていると思われても仕方ない時間だ。

だが、猫の心配を無下にレズは逆上した。

「鬱陶しいな!

分かるもんは分かるんだよ!

崩壊した王都の道具あるのは、

あのだけだから、

絶対にあそこにブルースはいる!

いなかったらその時俺を責めろ」

レズの目には焦りと確信の色がついていた。

恐らく、焦りからそこまでちゃんと見たわけでもなかろうに、レズはそこと断定したのだ。

だがらレズ以外にブルースの居場所を特定出来る者はいない。

猫がこれ以上口は出せなかった。

「分かった…お前を信じとく…

だがな、俺達は反教団でお前は不法滞在者、

周りは敵しかいない。

お前の判断ミスで皆死んだら、

責める所じゃないからな」

猫にはまだ確信は持てなかったが、

今はレズを信じるしかなかった。

その為、完全なる決断のためにも猫はレズに厳しい事を吐く。

だが、レズはその責任が分かっているようで、

猫にたじろかず、またも肯定的に頷いていた。

「……行こう」

かくして三人は、

レズの言うバーンハーデン城へと向かうのだった。


〜魔法街ゲルスト・トリンポス橋〜

アルビノ通りを抜け、猫達はバーンハーデン城の前に架けられた巨大な大橋こと、

『トリンポス大橋』の前まで進んだ。

だが、橋の前には行方を阻む

関門信徒かんもんしんと』がたむろしていた。

「さすが教区長の住居だ…信徒がこんなにいる」

猫とパンプは足を止めて、

どう進もうが考えていた。

反教団となり、顔が割れている可能性がある。

もし堂々と前に出れば、直ぐにでも囲まれ蜂の巣に

されるかもしれない。

ここは慎重に動く必要があった。

だが……

“コツッコツッ”

堂々とレズは関門信徒へ近づいてゆく。

「あっ馬鹿っ」

猫の小声はレズには届かない。

そのまま、世間話に勤しむ信徒へと近ずいて行く。

「それでさぁ、子供孕んじゃってさぁ…

もうてんてこ舞いだよー……ん、客?」

周りの信徒に言われるまで気づかなかったのか、

受付の信徒は、レズの姿を見て「あ!?」と

声を漏らした。

「すいません!気づかなく…観光のお客様ですか?」

丁寧な態度で腰低く、信徒はレズに被り物ごしに

笑顔を作る。


《バーンハーデン城》

元々王都ハボフィールド・ヒートパンツの王族の住居であり、王の偉大さを象徴する巨大建造物。

『ハボファックバイブ平和条約』以降は、

楽園改装に邪魔な建造物として取り壊しが決まっていたが、バーンハーデン城は長い歴史を持つ歴史的な建造物であり、そんな簡単に壊していいものでは

ないという司蒼教『ガーリックハート』中心の考えで建物自体を別の場所に移動させる事が決まった。

そしてその場所は、その時期もっとも広い土地を持つ『ジョニー平野』に移築された。

そして時が経ち、ジョニー平野の独立国が崩壊した後、魔法使いの楽園こと『オルフォルニア区』が作られた。

そして、そこに残ったバーンハーデン城は、

教区長の偉大さを象徴する住居へ変化し、

それに加えて、信徒含め、裕福な髪持ち達の観光場所としても栄えているのだ。



「あのぉ〜お客様?」

何も言わないレズに、信徒は首を傾げると、

レズはニヤッと口角を上げた。

「大人二人、子供一人で…それと……」

“ガシッ!“

レズは話をちゃんと聞いていた信徒の首元を、

容赦なく掴んだ。

「お前の命を貰おうか…」

「かァッうっなにをッ!」

信徒は突然の脅威に、

腰に装備された杖を抜こうとした瞬間!

レズの手から真っ赤な炎が溢れ出した!

“ボゥッババババ“

そして、その真っ赤な炎は、

信徒の体内へ容赦なく炎を注ぎ込む!

目、口、鼻などの穴という穴から炎は溢れ出し、

ものの一瞬で信徒は、粉々の灰と化した。

「き……貴様!」

その光景を見て、楽しく平和に仕事していた他の信徒達は、只事じゃないといった様子で、

レズ含めた猫達を囲む!

あまりにも早くピンチが訪れ、

猫の何事もなく切り抜けよう、という計画は

水の泡と化した。

「レズの馬鹿野郎!もう囲まれたじゃねぇか!」

猫は現状の酷さ加減からレズを怒鳴るが、

レズは全く今の状況に動じない。

「おい信徒共!これ以上俺たちの足を止めるなら、コイツ以上の火力で燃やしてやろうか?」

レズは自信満々に、

最初に灰にした信徒持ち上げて、

攻撃態勢の信徒達に見せつける。

「カミソール…この…この野郎!」

レズの脅迫に、信徒達は怯える事無く、

むしろ、親しい仲間が殺され、

王道ストーリーであれば、

レズが悪役の立場に立ちそうな場面となり、

信徒が必死に対抗する主人公の立ち位置になったような、そんな場面が映し出された。

レズの行動は悪循環しか呼んでない。

「あれは…『炎』か?だがあんな…で、

こんな火力……コイツ…『賢者』なのか?」

信徒は、テロリストでも見る様な目でレズを

睨むと同時に、未解明の脅威が目の前に現れ、

少しだけ足が震えた。

「え?お前が賢者なの?」

猫はレズが未知の上位種と語っていた『賢者』は、

UFO以上に信用出来ない情報だっだが、

まさかの目の前にいる可能性が出てきて、

絶体絶命でありながらも、レズに聞いてしまった。

「え?違うけど?俺は火に特化した魔法使いだから普通よりは強いのは当然だろ?」

レズはキョトン顔で猫を見た。

「あっそう…なの」

猫は自分の勘違いに恥ずかしさを覚えたと同時に、

その元凶となく言葉を吐いた信徒を鋭く睨む。

「お前のせいで恥かいただろ」っと。

そんな無駄な時間が経つ中、

一番立場が高そうな布を巻いた信徒が耳についた通信機器を押す。

魔殺まさつの許可を…」

そう言うと、頷き、周りの信徒へ伝える。

「捕らえろ」

猫とレズがくだらない話をしていたその時間。

教区長はレズ達を捕らえる事を命じたようだ。

今ここで殺されないだけマシだが、

ピンチには変わりない、

信徒達は一斉に杖を構えた!

「レズ!俺とパンプは武器が…」

猫がレズの背中に隠れた。

いくら物凄い反射神経と武器の精度が高くても、

武器のない猫は、未知の魔法に無力だった。

そして情けなく、

その場で一番大きなレズの背中に隠れた。

「ダサいな猫、

まぁ、ここは俺がなんとかしてやるよ」

レズは両手を“パチッ”と叩き、そのまま手のひらを

スリスリしている。

「お前!下手な事はやめろ!」

信徒が警告するも、レズは手を止めない。

「ふんっ見とけよォ!……」

そうレズが何かしようとしたその時だった。

“チャキ…チャキ…“

三輪車でも漕いでいるかのような金属音が

緊張状態のその場に流れる。

力を込めて何かをしようとしていたレズだったが、

その腑抜けた音に力が抜け、音の正体を探った。

「一体……なんの音だ?」

猫は自分の周りを見渡すも何も見えない……

と思っていたが、視点を少し下げると、

そこに、が“チャキ…チャキ”と音を立て、赤い三輪車を機械的に漕いでいた。

「?」

猫とレズ+囲んでいた信徒達は意味が分からかった。

ただでさえ場は混乱に近い状態にも関わらず、

突然チャンリンコ漕いだカボチャ人形が現れれば、意味が分からなくなって当然。

そして、その疑問は視線となり。

一斉に同じカボチャ頭のパンプに集まった。

「なんだ…あれ?」

最も早くその場の疑問を猫は聞くと、

パンプは少し笑った。

「ようやく……役に立てるかな…」

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青いスカートを履いた猫 《残虐表現十割増し》 年齢制限 @kananananananana

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