連作童話集 『夜は更けても朝は来ず』
玉響和(たまゆら かず)改名しました
銀の器
ある所に綺麗なお城があった。
そこに姫が住んでいた。
綺麗なお城に、負けず劣らず、その姫は大層美しい姿をしていた。
城の下に住む、町の平民からも姫は人気があった。
または、町の外に出て、国を歩けば、「世界で一番美しい姫」と。
そんな名前までついていた。
姫は「美しい」、その言葉を我が物としていた。
しかし、一人だけ、姫を美しくないと思う者がいる。
身の回りの世話を全てを行う、メイドであった。
メイドだけは、姫の本当の姿を知っている。
食べることも、服も着替えるのも、あるいは、下の世話まで。
全てメイドが行っていた。
一度、粗相をすると、姫は鞭を取り出してきて、そのメイドを打つ。
メイドの背中はいつも赤く腫れあがっていた。
ある時、メイドが自分の背中の痛みに耐えながら寝ていると、来客が来た。
姫が、わざわざ自分を起こしにきたのか。
そう思ったが、その者は全く別の姿をしていた。
夜の闇のような肌に、歪に曲がる二本の角。
悪魔だった。
メイドは、恐れ、寝たふりをする。
悪魔は言う。
「姫を殺したいか?」
メイドは、悪魔の囁きに耳を傾ける。
悪魔は続ける。
「錫を塗った器を、銀の器と取り換え、毒を塗れ」
そう言い残すと、悪魔はどこかに消えてしまう。
メイドは、城の鍛冶場から錫を持ってきて、無垢の器に塗る。
そして、その上から毒をつけ、厨房に置いた。
明日は、宴の日。
姫は多くの貴族の前で死ぬこととなる。
メイドは満足して床へ行く。
メイドが、背中の痛みに慣れて寝ていると、また来客が来た。
また悪魔が来たのか。
メイドがこっそり見ると、その者は全く別の姿をしていた。
純白の翼に、青い衣。
天使だった。
メイドは、心に宿る罪悪感を隠すように、寝たふりをする。
天使は言う。
「悪魔の言葉に惑わされてはいけません」
メイドは、耳を手で覆う。
天使は助言を続ける。
「悪魔は罪なる魂を欲しているだけです」
そう言い残すと、天使は大きく羽ばたいた。
宴の日。
メイドが厨房に行くと、毒を塗った錫の器はなかった。
あたりを見渡すと、貴族と姫に出す、銀の器が並んであった。
メイドは困った。どれが錫の器で、銀の器か、分からなくなったのだ。
姫の使う「銀の器」とすり替えねば意味がない。
メイドはあきらめた。
宴が始まり、食事時になると、銀の器が貴族と姫の前に並べられる。
メイドは願った。
偶然にも、錫の器が姫の元に行っていないかと。
姫が銀の器に手をつけようとする。
が、姫はこう言う。
「これが本当の銀の器か分からないわ。あなたが毒見してちょうだい」
貴族と姫が、一斉にメイドを見る。
メイドは震えながら「銀の器」に口をつける。
数秒待って、姫が口を開こうとすると、メイドはその場に倒れた。
口から出た血が、床を濡らした。
最後に声を聞く、悪魔の笑う声だ。
姫の話では、メイドの亡骸の側に、「銀の器」と、天使の涙があったという。
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