15.まさかのメイド喫茶


「メイド服の調達は服飾部に頼んでおこう。食器は料理研究会から借りられるだろうし、室内装飾用のテーブルクロスは……」


 その後、天野あまの部長を中心にメイド喫茶に関する打ち合わせが進んでいくも……あたしの中には不安しかなかった。


 ……模擬店とはいえ、陰キャメガネ女子のあたしにメイドが務まるはずがない。


 当日のことを考えると、今から胃が痛かった。


「……あおいちゃん、顔が青いけど大丈夫?」


「う、うん……」


 葵だけにね! なんてボケる余裕なんて当然なく……あたしはしおらしく答える。


姫宮ひめみや君も接客に自信がないのなら、今のうちから練習をしておいたらどうだ?」


「そうだね。私たちが見てあげるから、やってみて」


 そんなあたしを見かねて、先輩たちがそう言ってくれる。


「れ、練習しておけと言われても……」


「最初は恥ずかしくとも、そのうち慣れるものだ。まずは客を出迎えるシーンから」


 天野部長がそう言うと、二階堂にかいどう先輩が部室の入口へと向かう。


 どうやら入店シーンを再現してくれるようだ。


「や、失恋部のメイド喫茶はここ?」


「お、おかえりなしゃいませ。ご主人様」


「棒読みだな……」


「しかも噛んでるし……」


 あたしは全力で演技するも、ダメ出しの嵐だった。


「姫宮君は笑顔が硬い。無愛想なメイドに客が寄り付くと思っているのか!?」


「そう。メイド道は奥が深い」


 二人の先輩が揃って何か言っていた。メイド道? そんなのあるの?


「仕方ないな……伊吹いぶき君、お手本を見せたまえ」


「えぇー……」


 急に話を振られ、美咲ちゃんが困惑していた。その気持ち、十分わかるわ。


「はぁ、いっちょやるか……ご主人様、おかえりなさいませ~♪」


「おおっ……!?」


「ま、眩しいっ……!」


 やがて放たれた美咲ちゃんスマイルに、あたしたち三人は思わずたじろぐ。


「な、なかなかやるな。伊吹君は合格だ」


「えへへー、ありがとうございます!」


 まだ演技の余韻が残っているのか、美咲ちゃんはキラキラな笑顔を見せながら言う。


 メイド服という専用装備なしであの威力。我が幼馴染ながら、末恐ろしいわ……。


「姫宮君も伊吹君を参考にして、当日までに姫宮スマイルを完成させるように」


「いや絶対無理ですってば。なんですか、姫宮スマイルって」


 反射的にツッコミを入れるも、天野部長は気にする様子もなかった。


 それから口元に手を当てて、何か考えていた。


「ふむ……なら、見た目から入るか」


「はい?」


「言葉通りの意味だよ。姫宮君は失恋部の中でも、なかなかのルックスの持ち主だ。それを利用しない手はない」


 天野部長は立ち上がり、あたしの背後に回る。二階堂先輩や美咲ちゃんも、その動きに準じた。


 ……なんか嫌な予感がする。ここは逃げの一手だ。


「まぁまぁ、姫宮君、座りたまえ」


 あたしは即座に逃亡をはかるも……それを予測した天野部長から、椅子に押さえつけられてしまった。


 それと同時に、二階堂先輩が姿見を運んでくる。


 ……この流れは、まさか。


「そうだな……当日の髪型はツインテールでどうだろうか」


 部長はそう言いながら、あたしの髪を左右で持ち上げる。


「いいですねぇ。今までにない新しい葵ちゃんの魅力が発揮されそうです」


「うん。メイド服に似合うリボンを用意するよ」


 あたしの左右に立ち、一緒に鏡に写った美咲ちゃんと二階堂先輩も納得の表情で、どちらもうなずいていた。


「せめて、髪型は黒髪ストレートの清楚系でお願いします……」


「そうか……ならいっそ、メガネを外すか?」


「何も見えなくなりますから! ご主人様に紅茶をぶっかけても知りませんよ!」


「ドジっ子メイドか。それも属性的にアリじゃないか?」


「なしです!」


 そういうメイドが存在するのは、創作の世界だけだ。


 現実世界に存在されても問題行動が増えるだけで、メイドとして何の役にも立たないし。


「それならば、せめて接客は完璧にできるようになってもらわないとな。頑張ってくれ」


「わ、わかりました。努力します……」


 ◇


 その後、何度も接客の練習をしたものの……緊張からか、全くうまくいかなかった。


 やがて夕方近くになり、先輩二人は用事があると言って、先に帰ってしまった。


 残されたあたしは、美咲ちゃんと二人で練習を続けることにした。


「……葵ちゃん、二人っきりだね」


「妙な雰囲気出しながら言ってんじゃないわよ……てゆーか、美咲ちゃんまで付き合ってくれなくていいのよ?」


「一人で練習するよりいいと思うんだけど。それにわたし相手なら、緊張しないでしょ?」


「……気づいてたの?」


「そりゃあ、十年近く幼馴染をやっとりますから。さあ、やってみなされ」


 朗らかな笑顔で言って、美咲ちゃんは椅子に腰を下ろす。


「お、おかえりなさいませ、ご主人様……」


 ……一対一でやると、更に恥ずかしさが増した気がした。


「葵ちゃん、目が死んでるよ」


「う、うっさいわねー。陰キャのあたしには、これが精一杯なのよ」


「そうかなぁ……昔の葵ちゃん、もっと自然に笑ってたような」


「え、そうだった?」


「うんうん。そーいえば最近、葵ちゃんの純粋な笑顔って見た記憶ないような気がする」


「ど、どーいう意味よそれ」


「いつも眉間にシワ寄ってるしさ。一人で固くなってるっていうか」


「えぇ……そんなつもりないんだけど」


 まぁ、目が悪いから、眉間にシワが寄るのもわからなくはないけど……。


「……そうだ。葵ちゃんの読んでるラノベあるでしょ。それに出てくるメイドさんになりきってみたら?」


「へっ?」


 思わず自分の眉間を触っていると、そんな言葉が飛んできた。


 そりゃまぁ、これまで色々な本を読んできたし、中にはメイドさんが登場する作品もあった。


 メイド服を着た自分じゃなく、キャラとしてメイドを演じる……いい考えだとは思うけど、勇気が出なかった。


「いや、でもさ……」


「……どうしてもって言うなら、裏方に徹してもらってもいいけどさ。わたしは葵ちゃんと一緒にメイドやりたいな」


 あたしが怖気づいていると、美咲ちゃんが神妙な顔でそう言った。


「それに、怖いこと言うかもだけど……もしこの模擬店が失敗に終わったら、紅茶研究会は解散になってしまうかもよ」


「は? なんでそうなるのよ」


「だってさ、研究会の存続には実績が必要なんでしょ? うちの場合、実績のほとんどが文化祭だって部長さんが言ってたし。それが失敗しようものなら……」


 そこまで言われて、あたしは背中に冷たいものが走る。


 模擬店の失敗で、即座に解散……なんてことにはならないだろうけど、ゆくゆく尾を引いてくる場合も十分に考えられる。


 あたしのせいで、この場所がなくなるのだけは、絶対に嫌だった。


「わ、わかったわよ。今から全力でメイドになりきるから、見てて」


 あたしは覚悟を決めて、美咲ちゃんに向き直る。対面に立つ幼馴染は、真剣な表情をしていた。


 それを見届けて、あたしは目を閉じる。


 それから何度も深呼吸をして、役になりきる。あたしはメイドだ。メイドなのだ。


「ご主人様、おかえりなさいっ♪」


 すると、自分でも驚くほど自然に笑顔が出た。


「ぐはっ……!」


 ……その直後、目の前の美咲ちゃんが鼻血を出して倒れ込んだ。


「わーー! ちょっと美咲ちゃん!? 大丈夫!?」


「ご、ごめん。不意打ちすぎて。可愛すぎて」


 床に両手をつきながら、彼女は悶えていた。


 そ、そこまでなの? 完全に役になりきってて、あたしにはよくわからなかったけど。


「い、今の笑顔ができれば、お客さんもイチコロだよ。葵ちゃん、自信持っていいと思う」


 はぁはぁと荒い息を吐きながら、美咲ちゃんは言う。


 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、本当に大丈夫なのかしら。


 それでも、緊張しないやり方は……なんとなく、わかったような気がした。


 この方法に気づかせてくれた、美咲ちゃんに感謝だった。

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