11.夏休みの思い出作り 前編
「最近、同棲を始めたそうだな」
「実はそうなんです。わたしたち、結婚を前提にあうあうあう……」
「なーに勝手なこと言ってんのよ。そんなわけないでしょ」
前のめりになる美咲ちゃんの両頬を引っ張り、無理矢理会話を終わらせる。
「色々あって、美咲ちゃんの家で勉強合宿中なんです。先輩たちこそ、急にどうしたんですか?」
言いながら、あたしは向かいに座る二人の先輩を交互に見る。
それこそ、簡単な連絡くらいなら失恋部のグループチャットで済ませばいいものを、わざわざ美咲ちゃんの家までやってくるなんて何事だろう。
「実は、二人に重要な話があって」
その時、手元の紅茶に視線を落としていた
「待て
そう言うが早いか、天野部長は二階堂先輩の頬についていたクッキーを回収し、口に運んだ。
……うん。なにも見なかったことにしよう。
「それで、重要な話ってなんですか?」
美咲ちゃんもあたしと同じ気持ちだったのか、至って自然に話の続きを促した。
「……来週、失恋部の皆で遊びに行こうかと思って。二人も一緒にどうかな」
「行き先は隣町の水族館を予定している。夏の思い出を作りに行かないか」
あたしと美咲ちゃんの顔を見ながら、二人の先輩はそんな提案をしてくれる。
部室に冷房がないということもあり、失恋部……もとい、紅茶研究会は夏休み中、一切活動しない。
その代わり、こうして皆で出かけて親睦を深めよう……そういうことらしい。
「水族館ですかぁ。水族館デートってステキですけど、今の時期だと海やプールじゃないんですか?」
「今年の日差しは特に強烈だぞ。日焼け止めなど、容易に貫通してくる。それでも行くか?」
そう口にしながら、天野部長がおもむろに襟首を広げる。
そこにはくっきりと、日焼けのあとがあった。経緯はわからないけど、家族と一緒に海へ行ったのかもしれない。
「わざわざ若いうちに肌を痛めつける必要なんてないさ。それより、冷房の効いた涼しい館内で魚たちを見ているほうが心身ともに健康になれるというものだ」
「そっかぁ……水族館なら中は薄暗いし、ちょっとくらい触ってもバレないよね」
美咲ちゃんがなんか言いながら、あたしを横目で見ていた。
……どこを触るつもりなのよ? 絶対バレるから。
「
「あたしももちろん行きます」
「決まりだな。それでは具体的な予定を決めよう。この日は学校前のバス停に集合して……」
……その後、あたしたちは額を突き合わせて、改めて予定を立てていく。
隣町の水族館でどんな生き物が飼育されているか覚えていないけど、もしかするとペンギンが見られるかもしれない。
実はあたし、ペンギンが大好きだ。
あの可愛らしいルックスはもちろんのこと、飛べないのに鳥類に分類された理不尽さに、自分を重ねてしまう。
……まぁ、ペンギンには水中ですごく速く泳げる特技がある一方、あたしには特技らしい特技は何もないのだけど。
◇
そして約束の日。あたしたちは校門前のバス停に集合する。
「おお、来たか」
「二人とも、おはよう」
あたしたちの姿を見つけると、天野部長が軽やかに手を振ってくれる。
彼女はその長い髪を大きめの三つ編みにしていて、ベージュと黒のキャミワンピを着ていた。
その髪色と相まって、すごく大人っぽく見える。
一方の二階堂先輩は黒のTシャツにジーンズと、かなりボーイッシュに決めてきている。
短めの髪と整った顔立ちもあって、美男子に見えてもおかしくない。
「あの二人が並ぶと、すごく絵になるよねぇ。まるで恋人同士みたい」
あたしの隣で驚嘆の声を出す美咲ちゃんは、黒のキャミソールの上に白のシアーシャツをはおり、白のショートデニムを合わせていた。
普段から活発な彼女らしい、動きやすそうな服装だった。
そんな中、あたしは……ひたすらに黒かった。
髪色が黒いのもあるけど、服も全体的に黒い。
黒のロングスカートにハーフスリーブを合わせたのだけど、外で見るとハーフスリーブの色が灰色っぽくて、なんか魔女みたいだ。
「いいじゃん。わたしは好きだけどなぁ」
そんなことを考えていた矢先、美咲ちゃんがまるで心を読んだかのように言った。
「そ、そう? ヘンじゃない?」
「全然。むしろ、わたしとモノトーンカラーで合わせたようにも見える」
「いや、別にそんなつもりはないんだけど……ううん。ありがと」
反論しかけて、あたしはお礼を口にする。
少し気落ちしかけていたけれど、美咲ちゃんのおかげでふっと気持ちが楽になったような、そんな気がした。
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