7.スイーツ争奪戦
「あふ……おはよー」
「さ、さすがに眠いねぇ~」
校門前で
「うそでしょ……」
目的地に到着したのが、6時40分。その時点で、購買前には長蛇の列ができていた。
「はぁぁ……相変わらず、すごいことになってるねぇ」
その行列を見ながら、美咲ちゃんは笑顔を引きつらせる。
女子校なので、並んでいるのは当然女子ばかりなのだけど……中には明らかにスポーツやってそうな子が混ざっていた。
「あれってレスリング部よね……向こうはバスケ部で、あっちは陸上部」
どうしてわかったのかというと、彼女たちは全員、部活のユニフォームを着ていたのだ。
テスト期間中は部活動も休みなので、朝練もないはず。
彼女たちは純粋に動きやすいから、あの服装をしているようだ。
「部活の先輩たちに頼まれてるのか知らないけど、よくやるよね……」
その行列の最後尾に並んでいると、美咲ちゃんがため息まじりに言う。
……あたしたちも、先輩から頼まれたわけだけどね。
「てゆーか、こんなに並んでて、あたしたち買えるのかしら?」
「お一人様、二個までの個数制限はあるけど……レジは三箇所あるから、購買が開いたら実質早いもの勝ちだよ。行列もすぐに崩れて、並んでる意味もなくなる」
言いながら、美咲ちゃんは屈伸運動をしていた。
「ああ……だから陸上部とか、足の速そうな人たちが多いのね」
「そういうこと。バスケ部とか適任だと思うよ」
「……ところで美咲ちゃん、なんでさっきからストレッチしてるの?」
「実はこのスイーツ争奪戦、これまでに何回か参加したことがあるの。全力で走らないと買えないし、
真顔の美咲ちゃんに言われるがまま、あたしもストレッチをしておく。
「ところで、その……スイーツ争奪戦? 美咲ちゃんの戦績は?」
「0勝3敗1分け」
「その1分けってのは、何があったの?」
「最後の一個をボルダリング部の子と取り合って、ものすごい握力で潰されちゃったの」
「あー、それは……」
「向こうの子も謝ってくれたし、二人で一緒に買ったんだけど……中のお菓子は粉々で。だから引き分けなの」
遠い昔を思い出すような表情で、美咲ちゃんは言う。
ボルダリング部の腕力が相手じゃ、繊細なスイーツはひとたまりもないでしょうね……。
「あ、そろそろ購買が開くよ。葵ちゃん、臨戦態勢」
続けて美咲ちゃんにそう言われ、あたしは気合を入れる。
すでに行列はあたしたちの遥か後ろまで伸びていて、無言の圧力をひしひしと感じていた。
「大変お待たせしましたー。購買、開店でーす!」
……次の瞬間、店員さんの声が響き渡る。
それと同時に、怒号とも悲鳴とも取れる声が聞こえ、人波が一気に動き出す。
「おわぁぁぁーー!」
「な、流されるー!」
そんな中、あたしと美咲ちゃんはなすすべもなくその流れに飲み込まれてしまう。
それは一見無秩序のようでもあり、限定スイーツという『獲物』に向かって共通の意思を持って動く、獣の群れのようにも思えた。
「ぎゃーー! 痛い痛い痛い!」
「あわわわーー!?」
特に後ろからの推進力が凄まじく、あたしと美咲ちゃんはお互いの頬をくっつけながら、欲望の奔流の中をひたすら流されていく。
「やーん。葵ちゃんとくっついちゃう~」
「なんか嬉しそうなんだけど!?」
「そ、そんなことないよ!? この流れに乗って、早くレジに向かわないと……あわわ、体が浮いてるっ!?」
人が集まりすぎて、背の低いあたしたちは完全に足が浮いていた。
これはもう、どうしようもない。人の流れに身を任せるしかなかった。
「いらっしゃい。いくつだい?」
「あれっ?」
……そうこうしていると、偶然レジの前に押し出された。
購買のおばちゃんは殺気立つ少女たちを前にしても動じることなく、のほほんとした態度を崩さない。
「えっと、二つずつ……」
「ください……」
背後からの強烈な圧力に耐えながら、あたしたちは注文を済ませ、商品を受け取る。
それから決死の覚悟で人の流れに逆行し、全力で購買から脱出した。
「買えちゃった……」
「買えてしまった……」
購買前の廊下まで出てきたあたしたちは、肩で息をしながら手元の小箱を見つめる。
多少変形してはいるものの、ピスタチオをイメージした緑色の箱は原型をとどめていた。
これなら、中のスイーツも無事だろう。
「……ミッションコンプリート」
息も絶え絶えの美咲ちゃんがハイタッチを求めてきて、あたしもそれに応じる。
二人でやりきったという謎の達成感が、あたしの胸に溢れてくる。
だけど……もう二度と参加しない。
いまだに人であふれる購買を横目に見ながら、あたしはそう心に誓ったのだった。
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