5.失恋部のお花見


 それから一週間ほど経ったある日。


 桜が満開になった時期を見計らって、失恋部のお花見が開催された。


「まぁ姫宮ひめみや君、一杯飲みたまえ」


「お花見らしく、結衣ゆい先輩が桜餅作ってきてくれたよー。あおいちゃん、一緒に食べよー?」


 どうやらこのお花見は新入部員であるあたしの歓迎会も兼ねているらしく、天野あまの部長と美咲みさきちゃんが左右から接待してくれる。


 それはすごく嬉しいのだけど……ここは学校の中庭なのだ。


 しかも、時間は昼休み。桜が見頃ということもあって、周囲の芝生やベンチはお花見がてら昼食をとる学生たちで埋め尽くされている。


 そんな場所にレジャーシートを敷いて、四人でお花見。本来陰キャのあたしは、嬉しさや楽しさよりも恥ずかしさが勝ってしまっていた。


「ほれほれ。あーん」


 そんな中、美咲ちゃんは満面の笑みで一口サイズの桜餅を向けてくる。


「はー、このお茶、おいしー」


 その美咲ちゃんを全力でスルーして、あたしはサクラティーをすする。


「うー、無視しないでよー」


「涙目で言っても駄目。ここ、どれだけ人がいると思ってんのよ。恥ずか死ぬわっ」


「誰も気になんかしてないよー。ほら、あの二人だってそうだし」


 美咲ちゃんが少し離れたベンチを指し示す。


 そこでは仲の良さそうな二人の女子が、お互いにお弁当のおかずを食べさせあっていた。


 ……これまで気にしたことなかったけど、うちの学校ってそういうカップル多いのかしら。


「ね? だから大丈夫。あーん」


 笑顔を崩さずに、美咲ちゃんが近づいてくる。


 あたしはたまらず、その柔らかそうな両頬を引っ張る。


「あううううう。にゃにするの」


「あたしには恥ずかしすぎて無理だってば。先輩たちも何か言ってやってください」


「ほら結衣、口を開けろ」


「……あむ」


 ため息まじりに先輩たちを見ると、天野部長は至って自然に桜餅を二階堂にかいどう先輩に食べさせていた。あたしは固まる。


「あ、あのあの、二人とも、恥ずかしくないんですか……?」


「別に気にしないぞ。私と結衣は付き合いが長いからな」


 あっけらかんと言う部長さんの隣で、二階堂先輩もこくこくとうなずいていた。


「というわけだから、美咲ちゃんもいっちゃえ。一線超えろっ」


「だから無理だって言ってんでしょ。ていっ」


「ぎゃあっ」


 再び向かってきた美咲ちゃんのおでこに、一発デコピンをかましておく。


 大した威力はないはずなのに、彼女は大げさにひっくり返った。


「う、腕がやられたぁ。これじゃ、桜餅が食べられないっ」


 あたしが不思議に思っていると、美咲ちゃんは地面を転がりながら右手を押さえる。


 ……なんでそこにダメージが入ってるの?


「というわけで葵ちゃん、わたしに桜餅を食べさせてっ」


「は?」


 言うが早いか、美咲ちゃんは口を開けて待ち構える。


 それとタイミングを合わせるように、二階堂先輩が桜餅の入ったタッパーをあたしに差し出してきた。


 天野部長も、どこか楽しそうにあたしたちを眺めているし……右手が駄目なら、左手を使えばいいじゃん……なんて、言える状況じゃなかった。


「しょ、しょーがないわね。一回だけよ」


 あたしは顔が熱くなるのを感じながら、タッパーから桜餅をつまみ上げる。


 それをおずおずと差し出すと、美咲ちゃんは心底嬉しそうに食いついた。


 ……あたしの指ごと。


「ちょっ、あたしの指まで食べるなっ」


「ごめんごめん。つい、勢いがついちゃって。でも、おいしかったよー」


 笑顔を崩さずに言って、ウェットティッシュを渡してくれる。


 受け取ったそれで慌てて自分の指を拭いつつ、彼女がおいしかったのは桜餅なのか、はてはあたしの指だったのか……なんて、考えたのだった。


 ◇


 それからしばらくすると、強烈な眠気が襲ってきた。


 そーいえば、昨日も夜遅くまで本読んでたっけ……なんて考えながら、あくびを噛み殺す。


「葵ちゃん、眠かったら寝ていいよー? 昼休み、まだあるし」


 そんなあたしを見て、美咲ちゃんが笑顔で自分の膝を叩いていた。


「……まさか、膝枕で?」


「そうそう。これくらいオッケーでしょ?」


 すでにぼんやりしつつある頭で周囲を見渡すと、あちこちで膝枕している学生たちの姿がある。


「じゃあ、あたしもしてもらおっかな……」


 そう言ってすぐ、あたしは美咲ちゃんの太ももに頭を預ける。


「お、おおう……ホントにしてくれた」


 なんか声が聞こえた気がするけど、今は眠気のほうが勝っていた。


 ふにふにした枕の柔らかさと、春の日差しが心地いい。


「もー、メガネ曲がっちゃうぞ」


 すでに目を閉じたあたしの耳に、そんな声が届く。直後、メガネが外された。


「幸せ空間だ。こんなことなら、耳かきでも持ってくるんだった」


「……それだと、逆に起きてしまうんじゃないか?」


「そこを起こさないようにするのが、プロの幼馴染ってやつなんですよ。部長、わかってないなぁ」


 そんな会話が聞こえる中、あたしは意識を手放したのだった。

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