4.相合い傘計画


 それから急いで片付けを済ませ、あたしたちは学生玄関に向かうも……時すでに遅し。


 扉の向こうは本降りの雨だった。


「間に合わなかったか……」


 玄関先でがっくりと肩を落としていると、少し遅れて美咲みさきちゃんがやってきた。


「わー、降り出しちゃったねぇ」


 言いながら、彼女はピンク色の折りたたみ傘を取り出した。


「……あれ? 美咲ちゃん、傘持ってたの?」


「うん。今日は夕方から雨の予報だったし。あおいちゃん、傘は?」


「う……持ってない。遅刻しそうだったから、朝の天気予報見てなくて……」


 降り続ける雨を睨みつけるも、あたしの眼力程度じゃ雨雲は去ってくれそうになかった。


「……仕方ない。あたし、図書室で時間つぶすわ。美咲ちゃん、また明日」


「ええっ、この雨、真夜中まで降り続くって言ってたけど」


「……」


 美咲ちゃんに背を向けかけて、あたしは固まる。


 この雨め。籠城作戦すら取らせないつもりね。


「葵ちゃん、せっかくだし、一緒に帰ろうよ」


 彼女は笑顔で言って、折りたたみ傘を開く。


 女性用ということもあって、その傘はすごく小さい。


「あー、いいわよ。二人も入ったら、美咲ちゃんの肩も濡れちゃうし」


「冬服だから少しくらい濡れても大丈夫だよー。ほれほれ、入りなされ」


 そう言って、美咲ちゃんは傘をあたしに向けてくれる。


 ……彼女がここまで言ってくれているのだし、断るのも悪い気がする。


 あたしは恥ずかしさを必死に隠しつつ、彼女の好意に甘えることにした。


 ◇


 美咲ちゃんと二人、灰色のベールに包まれた街を歩く。


 時折車は通るものの、通行人の姿はなく。土の匂いと雨音が辺りに満ちていた。


 まるで、世界に二人しかいなくなったような、そんな錯覚に陥る。


「ふっふっふ。相合い傘作戦成功」


 そんなことを考えていた矢先、隣の美咲ちゃんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 言われてみれば、今の状況は相合い傘だ。相手は女の子だけど、相合い傘であることに変わりはない。


「あんた、はかったわね……!」


「ほら葵ちゃん、動いちゃ駄目だよ。もっとくっつかないと」


「うぐぐ……」


 今更ながら美咲ちゃんの策略に気づくも、傘から出ていくわけにもいかない。


 なにせ、メガネ女子にとって、雨は天敵だ。


 レンズに水滴がついてしまうと、メガネはその役目を失う。挙げ句、あらゆる光を乱反射させ、目をくらませてくるのだ。


 それこそ、美咲ちゃんと肩を触れ合わせながら、ゆっくり移動していくしかなかった。


 雨で気温が下がっているのもあって、制服越しに彼女のぬくもりを強く感じる。


 不思議と胸の鼓動が早くなっている自分がいた。


「……おや、お前たち、今帰りか」


 まさか、美咲ちゃんに心臓の音聞かれてないわよね……なんて考えた時、聞き覚えのある声が飛んできた。


 雨の中に目を凝らすと、前から天野あまの部長が歩いてくる。


「あ、お疲れ様です」


「部長さん、この雨の中、買い物ですか?」


「ああ、今度、失恋部でお花見をしようと思ってな。買い出しに行っていたんだ」


 そう言う部長の手には、大手雑貨チェーン店の袋が握られていた。


「お花見……失恋部って、そんなイベントもやるんですね」


「ささやかなものだがな。毎年の恒例行事のようなものだ」


 部長はどこか嬉しそうに言う。


 このあたりの地域は、ちょうど今ぐらいが桜の開花時期だ。


 タイミング的に、この雨が花起こしの雨になると思う。


「それにしても……相合い傘とは。お前たち、仲がいいな」


 思わず空を見ていると、どこか嬉しそうな部長の声がした。


「こ、これは違うんです。傘を忘れて仕方なく……!」


「さすが部長さん、わかってくれてますね!」


 あたしが言い訳しようとするも、その声は美咲ちゃんの弾んだ声にかき消されてしまった。


「仲睦まじいことは良いことだが、あまり遅くなるなよ。それじゃあな」


 微笑ましいものでも見るような視線をあたしたちに向けたあと、天野部長は雨の中へと消えていった。


 なんかまた、色々と誤解されそうだ……なんて考えつつ、あたしは美咲ちゃんと一緒に帰路についたのだった。

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