濁流の中で

一宮 沙耶

プロローグ

桜の花びらが小川の水面に落ち、流れていく。

小川に沿って作られた遊歩道を、70歳台ぐらいの男女がゆっくりと歩いていた。

木々の合間から漏れる陽の光を浴びて。


「これまで、幸せな日々を過ごすことができたのは乃愛のおかげだよ。ありがとう。もう、いつ死んでもいいな。」

「その言葉、もう何百回も聞きましたよ。まだまだ、付き合ってもらいますからね。だって、私も、あなたがいないと寂しいですから。」

「こんな年になっても、まだそう言ってもらえるのは幸せ者だ。」

「お世辞じゃないですよ。あなたが刑務所にいた時なんて、本当に寂しかったんですから。」

「そんなこともあったね。でも、出所するとき、乃愛が待っててくれたね。そして、前科があって誰も雇ってくれなかった私をずっと金銭面でも支えてくれた。本当に感謝している。」

「昔悩んだこととかは、もう今になると笑い話しですね。そろそろ帰りましょう。まだ、朝晩は寒いですから。」


幸せいっぱいの御夫婦なのだと思う。

結婚して、もう40年以上というところかしら。

そんなに長い期間、ずっと愛し合えるって奇跡よね。


そういえば、刑務所と言ってたけど、何だったのかしら。

ほのぼのとした御夫婦には似合わない言葉だけど・・・。

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