真央

 この男と寝るのはこれで六回目だ、と、真央は思う。貴子の弟に抱かれながら、脳内はクリアだった。男娼稼業は長い。肉体の刺激と精神の刺激なんか、簡単に切り離せる。

 男は一週間に一回真央を買いにくるから、はじめて寝た夜から二か月が経ったことになる。いつの間にか季節は冬から春に変わっていた。観音通りの客足は、真冬に比べて当然増える。真央も、かきいれどきだ、と言わんばかりに客を取っていた。また灼熱の夏がきたら客足はぐっと落ちる。それまでに幾らか稼いではおきたい。いくら真央がその日暮らしの男娼と言えど、それくらいの算段はあった。だから、値上げをしよう、と思うこともある。貴子の弟からとっている金は、一回一万五千円。真央の値段としては、安い。でも、それができなかった。

 貴子の金だから、と、自分に言い聞かせる。貴子が文字通り命を張って稼いだ金だから、それを搾り取ることもしにくいのだ、と。でも、内心では違うことを考える自分もいる。それは、怖れるみたいに。つまり、この男が真央を買わなくなるのが怖い、と。一万五千円。それ以上の価値をこの男が真央に見出すかは分からない。

 「なに考えてる。」

 真央を腹の上に乗せながら、男が低い声で問いかけてくる。どうでもいいくせに、と、真央は思う。この男は、男も女も同じように嫌いだし、その中には真央も含まれている。

 「別に。」

 真央が短く言葉を吐きだすと、男は苛立ったみたいに真央の中を突き上げてくる。

 「なに。」

 真央が呼吸を乱すと、男は単調に低い声のまま問いを重ねてくる。

 「いつも客にそんな愛想ないのか。」

 「そうだよ。」

 「貴子も。」

 「は?」

 「あいつも、愛想ないのか。」

 真央は一瞬言葉をなくし、それから頭の回路をなんとか鈍らせたくて、男との性交に集中しようとする。なのに、男娼としての真央の肉体は、悲しいくらい冷めたままだ。

 「知らない。本人に聞けば。」

 さらに愛想なく吐き捨てると、男は真央の身体を組み敷き、いたぶるように犯してきた。そんなことでは、真央の回路は鈍ってもくれないのに。

 「貴子は、」

 「知らない。」

 男の言葉を、真央は強い口調で遮る。

 「貴子さんのことなんて、なにも知らない。」

  なにを訊かれても、答えるつもりはなかった。こんなに澄みわたった回路のまま、貴子の情報を空け渡せるはずがない。真央の態度がそんなふうに反抗的でも、男は喜ぶ。真央が貴子を知らなければ知らないほど、喜ぶのだ。歪んでいる。と、真央は思う。ただ、歪んでいない姉弟関係というのがどんなものなのかを、真央は知らない。

 

 

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