Inevitastar side スズ-2
逃げなきゃ。本能がそう告げる。でも、恐怖なのか、萎縮なのか、とっさには動けなかった。一瞬反応が遅れた。せめて、モモに一言伝えられていたら。そう悔やむ。縮こまってしまった私の身体と気力は拒めなかった。授業時間中、私は誰も来ないであろう部室塔の倉庫に連れて行かれた。倉庫の中に入れられ何かをかけられた。ペットボトルが見えたのでその中身だろう。今まではイジワルと言い張れなくもない段階だったが、とうとう手を出された。どうして? 私が何をしたっていうの? いつまで続くのだろう。濡れた服ははだけて、足には力が入らなくて床に倒れ込むように座る。いつまでこんなことが続くのか、どれだけ耐えていればいいのか。嫌だ。もう嫌だ。痛いのは、嫌だ。
「や……やめ……」
また私に振り下ろされる手が天を向いたとき、勢いよく扉が開く。外からの光は私には眩しすぎた。
「あんたら私のスズになにしてる?」
私を助けてくれる、開放してくれる存在はいつもモモだった。私は声を振り絞って、言う。
「た、助けて、モモ」
「もちろん」
モモはここで私が何も言わなくてもそこから先の行動が変わることはなかったと思う。でも、この言葉、助けて、たった三文字のこの言葉は私が言わないとダメなんだ。私が今まで言えなかった言葉。私が今まで言いたくなかった言葉。私がもっと早く言わなきゃいけなかった言葉。
その後はモモがなんとかしてくれた。モモが何をしていたのかは扉の影になってよく見えなかったけど、平和的な解決ではなかっただろう。でも、私はとても嬉しかった。モモが来てくれたことが、モモが助けてくれたことが。
誰かと一言二言交わしたあとにモモが来てくれた。私は我慢できなかった。
「モモ……怖かったよぉ……」
気がついたらモモに抱きついていた。普段の私ならモモが濡れちゃうとか、私が恥ずかしがったりとかして絶対にしないけど。もっとずっと早く、こうしたかったんだと今更ながらに気がついた。モモは静かに抱きしめ、頭を撫でてくれる。自然と涙が溢れ、声にならない声が口から漏れる。モモはやっぱり、私のヒーローだ。
どれだけの時間そうしていただろう。私が落ち着くまでモモは私のことを優しく包んでくれた。モモの暖かさを直に感じて、私が今まで冷たいところに居たのだと実感する。そのギャプを考えるほど、体が冷えて、寒く……
くしゃみが出た。そういえば私の服は濡れているのだった。そんな何気ない動作一つを心配してくれるモモはやっぱり優しい。二人でゆっくり立上がり、教室の方へ歩く。すぐそこ、と言う所まで来て、人目につかないところでモモは私に少し待ってて、と言って教室の方に一人で行ってしまった。と思ったらすぐに戻ってきた。
「スズ、私のだけど、ジャージ。とりあえずコレに着替えて。それから帰ろう。私の家でシャワーでも浴びて、あったかくしようね」
モモの隣に立てるように。そう思って始めたことだったけど、私自身の不甲斐なさを露呈させ、モモに心配をかけるだけの結果となってしまった。でも、私はモモにとても大事にされているということを実感した。私の心が思っている以上に弱っていることも、さっきのほんの一、二分モモが教室に行っている間に実感した。弱ったなぁ、私。一人で居ることが怖くなっていた。不幸中の幸いというべきか、モモはこんな私でもそばに居てくれる。モモにうまく伝えられていなかった気もするが私はモモのことを結構好きで、ずっと一緒に居たいと思っていた。でも今や、それ以上に離れられない存在になってるんだよ。なんてことは恥ずかしくて、何も言えない帰り道。強く握った手からちょっとなら伝わってもいいかな。
そんなことを考えながら、自分の考えを整理していく。私にとってのモモはヒーローで、大切な人で、離れたくなくて、離したくない人。もし、モモから別れを告げられない限り私はどこにもいかないからね、モモ。
そうこうしていたらモモの家についた。今日はモモに甘えたい。慰めて欲しい。甘やかして欲しい。ちょっとしたイタズラをするのも面白いかもしれない。笑ってくれるかな? 私に触れて欲しい。私の存在を感じて欲しい。私に存在を感じさせて欲しい。モモの一部になりもたい。モモと一つになりたい。モモにも同じように思って欲しい。モモからも同じように思われたい。モモの世界を私だけで満たしたい。私の世界をモモで満たして欲しい。モモのすべてを知りたい。私のすべてを知ってほしい。モモだけの私になりたい。私だけのモモであって欲しい。
私は、本当はなんでもできるのに面倒くさがって何もしない気怠げなモモも、無邪気にちょっと子供っぽく笑うモモも、私のためになにかしてくれるかっこいいモモも、私の胸で眠るモモも、私だけには弱音を聞かせてくれるモモも、私のことを優しい目で見てるモモも、私のことを考えて喜ばせようとしてくれるモモも、私のことを何もわからなくてあたふたするモモも、私のためなら全てに全力になるモモも、案外おっちょこちょいなモモも、全部好き。大好き。私はもう、この気持ちから目を背けない。全力で受け入れる。全力で、尽くす。
「ほらスズ、身体を冷やさないようにお風呂入ってきな。シャワーしてる間にお湯もある程度溜まるだろうからしっかり温まってね。着替えとかは用意しとくから」
一旦、脱衣所に入り、悪寒に気づく。これは身体が冷えているとかではなく、私の弱さが引き起こすものだと直感的に理解する。同時にこれを解消する方法もわかる。入ったばかりですぐに出て、モモのところに行く。モモはきょとんとした顔でこちらを見ている。この表情のモモはレアかもしれない。そんなモモのことも、私は……
「ねぇ、モモ……ワガママ、言ってもいい?」
「うん。いいよ」
「あのね、お風呂、一緒にどうかな? 一人は怖くて」
モモはそれを受け入れてくれた。私一人じゃ何もできない。今回の件で思ってる以上に弱ってしまったせいもある。でも、モモと一緒なら何でもできる。もう何も恐くない。
モモと一緒にお風呂に入るのなんていつぶりだろうか。少なくとも高校生になってからはなかったように思う。モモは今回も私の望みを叶えてくれた。その事実は私に喜びと幸福を与える。身体を洗い、一緒に浴槽に。二人だと少し狭い。一人でのびのびとするのも良いが、こうしてモモと一緒というのも良い。私は壁にすがり、モモの背中を見ている。モモが恥ずかしがる、とは考えにくいのでいつも恥ずかしがっている私に気を使っているのだろうか。 ……そんなことしなくていいのに。
私は後ろからモモに抱きつく。さすがのモモも混乱している。このモモは、私しか知らない。肌と肌がふれあい、少し熱めのお湯よりも熱いものが伝わりあって、混ざりあって、まどろむ。モモはなにか言っているが気にすることはない。私はしっかりとモモの身体をホールドし、心に誓う。絶対に離さない。
この世界のことをどう思うか。モモに問われた。私の部活での件を考えると疑問や怒りが湧いてこないわけではない。でも、それがあったから私は今モモと濃密な時間を過ごしている。世界は回る。それは私が居ても居なくても、私が何かをしてもしなくても変わらないことだ。それは絶対に変わらないし、ちっぽけな私の存在や力では絶対に変えられない。でも、過去があるから今がある。過去の私が苦心した分、今の私が幸福を感じる。うまいことできているのだ。感心する。それを一言で表すのなら、この世界はキレイだ。
説明が面倒なので最後の一言だけをモモへの返答とした。今の私が幸福で居られる、この濃厚な時間を味わうことに全神経を使いたい。私は全力でモモを感じる。今日はそれだけがいいのだ。
そうして私達は一つのベッドに入り、くっついて眠る。これも私のワガママに入るだろう。いつもは別々だから。でも、モモは受け入れてくれる。そんなモモにくっついて離れない。そんな子コアラが私だ。今は、ゆっくり。
「おやすみ」
モモの声で目が覚める。しかし、私の隣にモモの姿はない。私は少しむくれる。離さないようにしっかりと抱きしめていたはずなのに。モモは部屋の外で電話でもしている様子だ。聞き耳を立てても会話の内容まではわからない。私も起き上がって、モモの電話が終わったタイミングでモモのところに行く。ちょうどモモがテレビを付けたタイミングだったらしく、そこにはワイドショーが写っていた。それが取り上げている内容はどこか。
「モモ、今のって」
「スズは、この話題に触れるの辛くない?」
「モモには、聞いて欲しい。これからも一緒だから」
モモには聞いて欲しい。ずっと一緒に居る私の話の話だから。
「モモも話して欲しい。去年の公園でのこと、忘れてないよ」
モモにも話して欲しい。ずっと一緒に居るモモの話だから。
モモの話をまとめるとこうだ。今まで仲良くしてたのに急に共にする時間が少なくなった。そうなったのはモモのせいだからモモのことを嫌いになった。モモからしたら何がなんだかわからないのも無理はない。当たり障りのないようなことを言ってモモを落ち着けた。
安心してね、モモ。私は何があってもモモと一緒だし、モモをそんな気分にさせるようなことは絶対にないからね。
「それで……私の方なんだけど。どうなったの?」
「なんかネットに晒し上げられて私刑喰らってるらしい。軽く探したけど私のことやスズのことは一切出てない。でも学校側は把握してるから当分はいかないほうが良いってさ」
「うん。学校は当分行きたくないかな。モモとずっとここに居たいよ…………モモの居ないところは怖いから」
「大丈夫だよ。私はずっとスズのそばにいるから」
モモの口からその言葉を聞けたのは大きい。私達は絶対に離れないということが確定したのだから。学校に行って授業だなんだとモモとの時間を縛られるようなことももうない。私達の関係を阻むものはもうなにもない。今回の件で私が傷心したのも、精神的に弱くなったのも、一人の無力さが露呈したのも事実だが、今ではその過去に感謝すら覚える。その過去があって今の私があるのだから。出来事が辛く苦しいものであるほどその後に起こる幸福が大きくなる。なんとよくできているのだろう。やっぱりこの世界はキレイだ。私は、このキレイな世界でモモと生きる。モモと一緒なら、私達が一緒なら、私達が二人なら、無敵なのだ!
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