明日も答えはいらない
駿心
第1話
放課後。
部活に行こうと廊下を歩いていた私のところに、
「
「え?」
「だから、推しって言っていたマコト先輩!話しかけてみて、話すだけのつもりがテンション上がってパニックになって、勢いとノリで告白しちゃった!」
「どういうパニクり方!?」
「でもOKだった!」
「嘘!?」
「ホント!『少しずつお互いを知っていこうか』って!ヤバい!マジ泣きそう!」
「きゃー!やったじゃん!」
そう言って、私達は喜びで抱き合った。
「あっ、先輩が一緒に帰ろうって、下で待ってるから」
「はいはい。早く行っといで」
「あはは!また明日!
「ん、明日」
「明日、ノロケ聞いてね!」
「バーカ。聞きたくないって!」
知花は笑いながら、廊下を走っていった。
その後ろ姿に自然と笑っていた。
相手の気持ちがわからないってのはどっちに転ぶかわからないから、希望があるものなのだ。
相手の気持ちがわからないなんて羨ましい。
気持ちがわかりきっていて、望みがゼロの私はどうすればいい?
浮かれることも出来ないし、かと言って割り切ることも出来ない私はどうすれば…
……
「相変わらず『不毛な恋』をしてるんだな」
軽音部が使っている視聴覚室で
他のバンドが居なくて、今は二人。
そういう時はいつも千裕先輩に話を聞いてもらっている。
「頭で理解して済むなら、とっくに割り切ってますよ!」
私の話を聞き流しながら、先輩は楽譜に合わせて鼻歌している。
私がこの春に入部してからのたかだか数週間の付き合いだけど、先輩とはしゃべりやすい。
「先輩」
「なんだ?」
「もう私達、付き合っちゃいます?」
「いんじゃね?」
千裕先輩がクスクスと笑った。
その軽い受け流しからして、私が冗談を言っているってことがわかっているらしい。
「お前も喋ってないでそろそろ練習始めろ」
そのままスルーした千裕先輩は鼻歌混じりにベースを触り出した。
だよね。
私は部活に入ったばかりの一年で、今は恋より練習…
しかしその時、視界の端に入った。
最高階にある視聴覚室の窓から見えたのは、隣の校舎の一つ下の階の廊下を渡るミルクティー色の髪。
遠くて小さいのに見つけてしまった。
何枚もの壁や窓も関係なく、見つけてしまった。
「…私、多分特技に書けます」
一体何の特技かなんて言わなかったけど、先輩は「そうか」とこちらを見ないまま、そう答えてくれた。
だから立ち上がって、教室を出て走り出していた。
ずっと好きだった。
先輩と同じ高校の入学が決まって嬉しかった。
二年ぶりの再会。
入学してすぐ朝哉先輩に会いにいった。
それからちょくちょく見かけては声をかけて、少しでも会えないかとどんな時も自分からチャンスを作った。
でも…
「朝哉先輩!」
渡り廊下を歩いていた先輩を大声で呼べば、朝哉先輩は足を止めて振り返った。
私の顔を見て、ほんの一瞬眉毛を下げて困った顔をしたけど、すぐにいつもの優しい笑顔になった。
「……おう。内野、元気か?」
「はい」
差し当たりのない会話。
それ以上、一歩も動けない距離感。
それが愛しくもどかしく、ひどいくらい苦しい。
先輩はやっぱり困った顔をする。
先輩は私の気持ちに気付いてる。
私も先輩の気持ちは知っている。
「先輩はもう帰りですか?」
「彼女を待ってたけど、さっき連絡きたから、今から会うとこ」
「そうですか」
朝哉先輩には綺麗で聡明な彼女がいる。
先輩は多分、こう思っているだろう。
いっそはっきりと告白してくれた方がちゃんと断れるのに…と。
でも私は気持ちを伝えない。
先輩の気持ちなんてわかりきってるから。
先輩は眉を下げて目を細めた。
「じゃあ下で彼女待たせてるから」
「はい」
歩き出した先輩の背中に
「さようなら。また……また明日!」
そう声を張って、伝えた。
今の先輩後輩という弱っちい関係でも繋がり続けたい。
そんなんでも傍にいたい。
相手の気持ちがわからないなんて、羨ましい。
返ってくる答えがわかりきっているのは悲しい。
そんな答えはほしくない。
私の気持ちに答えなくていい。
だからせめてもう少し…私のことで困ればいい。
そしてもしかしたらいつか、彼女と別れる時も来るんじゃないかと待っている。
そんな私はどこかおかしいのだろうか。
遠い遠い廊下の先にいる後ろ姿。
「朝哉先輩…大好きです」
返ってこない。
返ってこなくていい。
だからわざと聞こえないように呟いた。
明日も答えはいらない 駿心 @884kokoro
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