埴と電子
なかつか
第1話 消えた男と謎の手記
二年前に丘の上にある中古の一軒家を買った。築四十年建てにも関わらず外壁や屋内も小綺麗で、交通の便がやや悪いことを除けば理想的な物件だった。
けれど奇妙な点も一点あり、他の家財はきれいに取り払われていたのに一階の仏間にだけ書棚が取り残されていて、観音開きのガラス扉を開くと家族のアルバムや絶版になった名著がびっしりと並べられてあった。通常の生活だとついぞ知ることのない他人の家庭生活を覗き見るのは妙な気分だった。
アルバムには親と子、そして孫に至るまで脈々と続く一家の歴史が紡がれていた。この住宅地の道路がまだ未舗装だった時代。少女の髪がおかっぱ頭だった時代から、この家は家族の生活を見守り続けてきたのだ。
そして引っ越してからしばらく経ったある日、アルバムとハードブックの間に小さな薄手のノートが挟まっていることに気付いた。それは一家の孫に当たる男が今から四年前に観光で奈良を訪れたときの手記だった。
どうやら彼は移動しながらそれを記していたようで、昼食の柿の葉寿司がいかに美味しかったかだの、若草山の空の青さや盧舎那仏から感じ取った宇宙観のことなど、その日の行動がその都度、記録されていた。
「これから奈良県庁でのゲームイベントに参加する」と男は記したあと、その次のページに『電子は土へ進化しなければならない』という文言が殴り書きされ、この手記は終わっていた。
次原
がっちりとした体格で、生まれた日と手記の日付けを照合するに、奈良を訪れたのは二十八歳の頃。そしてそれ以降、家族のアルバムに彼が写り込むことが無くなった。
これほどスマホが普及したのだし、彼の年齢を考えてもそれはごく自然なことだったが、他の家族の写真は依然撮り続けられていたし、奈良県庁というロケーションと最後の一文があまりにミスマッチだったので、彼の身に何が起きたのかどうしても気になってしまう。
奈良のことや次原春司のことを考えていると無性に奈良に飛んでいきたい衝動に駆られた。この一家にはどこか不思議な引力がある。いつしか彼らの息づかいを探るのがちょっとした楽しみになっていた。
僕は小旅行を決心し、有給を取って奈良に向かうことにした。
彼の写真を一枚拝借し、写真と手記をクリアファイルに入れて新幹線に飛び乗った。
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