第四話「指先が震えているのがバレませんようにと願いながら、私はポーズを決めた」
情けないことに、そう決意した後も私の足は一向に王都へは向かわなかった。岬が意識を取り戻さないのだ。
彼女が意識を取り戻したのは二日後のことだった。朝起きると、岬が料理をしていた。私が慌てて止めると、「彼女はどうしたんですか?」としらばっくれる。確実にこれは徒労病が眠っているだけだった。そのくらい分かると伝えると、彼女はバツが悪そうな顔をした。そして、何かに気づいて頬を綻ばせた。
「それ……」
「これ? そう……ほら」
「似合う?」とおどけた口調で言ってその場でくるんと回ってみせる。私が持ってきて頭に乗せたのは彼女が作ってくれた花冠だった。
「おっとっと」
花冠は頭より少し小さく、乗せているだけなので簡単に落ちそうになる。花冠を手で抑えると、岬は悲しげに目を伏せた。
「そんな顔しないで。岬には笑顔が似合うよ。それに大丈夫! 病気は治るから」
岬が首をこくんと傾げた。
「説明しよう! あの世には全てを治す魔法の花があるのだ!」
手紙の一部分を見せ、ピンと指をさす。一瞬、現世<うつしよ>と隔離されている人々だから文盲かも、と思ったが、経典は読んで理解しているようだったからそれはないだろう。
岬は興味深そうに手紙を読んだ。その間は彼女は悲しそうな顔をしないので、私はまた手紙を貰ったら彼女に読ませようと思った。
「私は二つ奇跡品を持って帰ってくる。それで、岬も、罪の一族も救う!」
そして、左手を腰に、右手は目の前でピース。
「私、塩沢みぞれっ! 全部救ってみせるから!」
指先が震えているのがバレませんようにと願いながら、私はポーズを決めた。
突然、彼女は、唐突に平原の教会に行きたいと言いだした。必死になって止めた。しかし、彼女はいつになく頑なで、結局はそこで押し問答をしている方が身体に悪いという判断で、彼女を家の外に出さざるを得なかった。
梯子を登る。広い、広い草原。罪の草原。そう言うと謂<いわ>れが悪いので、私は「始まりの草原」と呼んでいる。
「なんだか、懐かしいですね」
季節は変わり、草原も少し様変わりしたが、私も懐かしいと感じた。なので、海の国式の動作で肯定を示した。今なら、彼女がジェスチャーを大事にする理由がわかる。こんな時に言葉は使えないから。
私は濃霧の方に歩いていった。ボロボロの教会の中に腰を下ろす。私の正面には彼女がいたが、彼女は左を向いていて、見えたのは横顔だった。
「ここで……死んじゃったらさ。神父さん……って言うのか知らないけど、そういう専門の人に教えを乞うこともできないんだよ?」
「そうですね」
「だから、絶対生きていた方がいい!」
「でも、私一人が諦めれば、罪の一族は救われないけどみぞれ様は……お姉ちゃんはあの世に行かずに済むんですよね」
「何言ってんの……?」
「だって、何が起こるかわからない。二度と帰ってこれないかもしれない」
「そんなのはどうだって良いんだよ! どんな目に遭う覚悟もできてる! 岬のおかげだよ! それに……」
この言葉は、言ってはいけないと思った。だけど、私は異常者だから。共感を求めて、結局それを話す。
「岬の親御さんは自分たちは徒労病で死んでしまうからやりたくないけど、罪の一族の名誉挽回のためになるらしい、なら娘にやらせよう、って思考の持ち主なんだよ!?」
「二人は私に水子の兄の精霊がついていると思っていますから」
「そんな理由じゃないだろ……!」
シャツの胸をくしゃくしゃに握りしめる。
「岬の親御さんは、自分たちは死にたくないけど娘は死んでいいと思ってるんだよ!? そんな親、縁切りなよ! 目を覚さなきゃいけない! 世界で君は一人だけなんだよ!」
さっきまでシャツをくしゃくしゃにしていた右手を、座り込んでいる彼女の肩に置く。彼女は鬱陶しそうにはせず、かといってそれでハッとすることもなく、自分の世界の中にいた。
「でも、両親も世界に二人しかいない。私はそっちが気になります。私に愛を注いで育ててくれたかけがえのない両親ですから」
「かけがえのないとか、愛を注いでとか、そんなのが前提から間違っているんだよ! 岬は愛されてない!」
言ってからハッと、超えてはいけない一線を踏んでしまったという感覚が後ろからやってきて、悪寒のさきがけのようなものが背中に作用した。
岬は、こちらを向いた。その瞳は猫のように大きく、吸い込まれてしまいそうとはこのことだと思った。
「それでも、愛なんです。私が知っている唯一の愛。それが、親に育ててもらったこと。だから、『私より親』とは言えません」
彼女の目は、やはり何かを悟ったような色を宿していた。
「みぞれ様もそうなんじゃないんですか? 親に育ててもらったのが、きっと一番最初の愛でしょう?」
あ。
「育ててくれたことが愛……?」
これは、言い過ぎてしまう。
「ふざけてんの?」
「えっ……」
「私は! 『育ててくれ』なんて一度も父さんに頼んだことないし! 母さんは全然迎えに来てくれないし! やっと迎えに来てくれたと思ったら謝ってばっかりで理由を言ってくれないし……なんなんだよぉ、もぉ……」
「みぞれ様に涙は似合いませんよ」
みぞれが立ち上がり、袖で私の目元を拭う。
「聞かせてください。みぞれ様の両親のこと」
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