第4章 突然の変化と偽りのアイドル②

4.2.1 変化に気づかれる兆し


 ライブのスポットライトを浴びながら、私はひたすら歌に集中しようとしていた。


 今は、「NOVA STELLA」の新曲披露のステージ。

客席はペンライトの波が揺れ、歓声が響き渡っている。

音楽に乗せてダンスをこなしながら、私は自分の歌声に意識を向ける。


 (大丈夫、大丈夫。まだバレてない)


 数日前、突然身体が「元に戻った」。

星弥としての身長も、骨格も、声もすべて変わってしまった。


 男性アイドルとして活動を続けるため、私は星弥の姿を必死に演じていた。

星弥の頃のように髪は短くしたし、男装も板についている。

でも、違和感はどうしても隠しきれない。


今までより衣装が微妙にぶかぶかで、ジャケットの袖もわずかに余る。

体のラインが変わったせいで、以前ほど動きやすくない気がする。


 そして何より——「声」。


 星弥の頃よりも、少しだけ高くなった。

透き通るような柔らかさが戻ってきていて、自分でもそれを実感する。


キーはほぼ同じでも、響きが違う。


 曲の終盤、私がソロパートを歌い上げた瞬間——


 「ねえ、最近ちょっと声変じゃない?」


 隣でハモっていた昴が、ステージ上でふっと私を見た。


 心臓が跳ねる。


 「えっ、そ、そう?」


 誤魔化しながら笑ってみせるが、昴は不思議そうに首を傾げた。


 「なんかさ、少し透明感増してるっていうか……前より柔らかい感じ?」


 ヤバい——。


 でも、ここで焦ったら余計怪しまれる。


 「多分、歌い方変えたせいかな」


 適当に理由をつけて、踊りながらさらっと流す。


幸い、ライブは無事に終わった。


 けれど、昴の視線はどこか疑わしげだった。


***


 「最近痩せた?」


 翌日、ダンスレッスンの休憩中に、スタッフの一人が私を見て首をかしげた。


 「えっ?」


 「なんか、衣装が少し緩くなった気がするんだよね。ジャケット、ちょっと詰めた方がいいかも」


 「……まあ、ダンスいっぱいしてるからかな?」


 そう答えると、スタッフは「なるほどね」と納得したように頷いた。

でも、私の手のひらは汗ばんでいた。


 (ヤバい、バレ始めてる……)


***


 帰宅後、スマホを開くと、ファンの間でも「変化」に気づかれている兆しがあった。


 《最近の星弥、雰囲気変わった?》

 《なんか中性的っていうより女っぽくなったような……?》

 《髪型のせい? いや、顔つきがちょっと違うような……》


 私はベッドの上でスマホを握りしめる。


 ——このままじゃ、いつか本当にバレる。


 でも、私はまだ星弥としてアイドルを続けたい。


 どうしたらいい?


 次第に、心の奥に不安がじわじわと広がっていった。




4.2.2 海翔の疑念


ダンスのリハーサル室には、一定のリズムで響く音楽と、床を踏みしめるシューズの音が満ちていた。


だけど——。


「……っ!」


私は息を呑み、足を止めそうになった。


身体がうまく動かない。


以前なら自然にできていた振り付けが、まるで別人の動きのように感じる。

ジャンプの高さが足りず、ターンをするとバランスが崩れそうになる。


今の私は、もう”神田星弥”の体じゃない。

背も縮んだし、筋力も減ってる。


なのに、ずっと男のフリをしてアイドルを続けているなんて、無理がありすぎる——。


「おい、星弥。最近マジで変じゃね?」


リハーサルが一段落したタイミングで、湊がぼそりと呟いた。


「……えっ?」


私は、できる限り自然に笑顔を作った。


「何が?」


「何がって……ダンス、全然違う。前はもっとキレあっただろ?」


「そ、そうかな? ちょっと疲れてるだけかも!」


「……」


湊はじっと私を見つめたが、それ以上は何も言わなかった。

ただ、心の中で何かを考えているような顔だった。


「なーんか、声も変わった気がするんだけどなー」


今度は昴が首をかしげながら言った。


「声変わり?」


「いや、逆。高くなったっていうか、柔らかくなったっていうか……まあ、成長期って不安定だからな!」


彼は笑いながらそう言ったが、私は心臓がバクバクしていた。


(ヤバい……このままじゃ、みんなにバレるのも時間の問題かも……)


なんとか誤魔化そうとするけど、違和感を抱かれるたびに焦る。


そんなとき——。


「星弥」


静かで低い声が、背後から私を呼んだ。


振り返ると、海翔が真剣な目でこちらを見ていた。


「……な、何?」


「お前、なんか変だぞ?」


「えっ……」


——ドクン。


心臓が嫌な音を立てる。


海翔はじっと私を見つめ、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「最初は疲れてるのかと思ったけど、違うな。些細な仕草、反応……全部、微妙に前と違う」


「そ、そんなことないよ! ただの気のせい——」


「本当に、“お前”は星弥か?」


——完全に、核心を突かれた。



言葉が詰まる。


喉がカラカラに乾いて、声が出ない。



「……なんで、そんなこと聞くの?」


やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


海翔は私の目をじっと見つめたまま、静かに言う。


「俺たちはグループで一緒にいる時間が長い。たとえちょっとした違いでも、すぐに気づく」


「……」


「でも、お前の変化は”成長”とか”疲れ”とか、そういうレベルじゃない。まるで——別人みたいだ」


(ヤバい、ヤバい、ヤバい!!)


誤魔化さないと。

でも、もう限界かもしれない。


「俺には、お前が”神田星弥”じゃないように見える」


海翔の言葉が、私の心を鋭く貫いた——。

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