果たしてくれた
第5話
~芽衣~
じりじりとする夏が続く。
あたしと千里は変わらぬ毎日を過ごす。
そして最近は、不安になる夜に、たまにあたしから電話をかけたりする。
「千里…」
≪どうした?≫
「眠れなくて…」
遅い時間にもかかわらず文句も言わずあたしに付き合ってくれる千里。
あたしはそんな千里に甘えっぱなしだ…。
≪今日は何してたんだ?≫
「今日はお母さんと料理教室行ったよ」
夏休み中のあたしたち。
夏休み、正直なにも嬉しくない。
家に一人でいてもつらいだけだし、友達だっていない。
なんの目標も目的もなくただなんとなく生きてる毎日…。
“芽衣は芽衣の好きなようにしたらいいんだよ”
いつもあたしにそう言ってくれていた観里。
あたしのしたいことはなんでも応援してくれていた。
今のあたしは「好きなようにする」すらできない…。
したいことが何もないの…。
お母さんがそんなあたしを見かねて、自分が通ってる料理教室に連れてきてくれて、とりあえずそれに通って夏休みをしのいでる。
≪へー、いいじゃん。何作ったんだよ≫
「親子丼とか作ったよ。デザートにプリンも」
≪ふーん、今度俺にも作れよ≫
「いいよ」
千里は優しい。
なんでこんなに優しくしてくれるんだろう…。
千里も寂しいのかもしれない。
観里とめちゃくちゃ仲の良い兄弟っていうわけでもなかったけど、観里のことは兄として慕ってたと思う。
だから観里がいなくなってぽっかり穴が開いたような感じがするのはきっとそうだと思う。
その寂しさに、あたしと傷を舐め合うように優しくしてくれるのかな…。
でも千里の気持ちを慮るほどあたしも余裕がない。
千里を利用してるみたいで心苦しいけど、甘えちゃうよ…。
それから千里としばらく喋り続けて。
「そしたらぼーっとして火の中に料理酒こぼしてめっちゃ焦ったんだよ」
≪なんかそういうパフォーマンスみたいだな≫
「あはは、そうかもね」
時おり笑い混じりにしゃべる。
あたし、自然に笑えてる…。
観里が死んでから、あたしは上手く笑えなくて。
笑おうとするとその前に悲しい気持ちが襲ってくるの。
観里が死んで半年。
あたしも少しは前に進めてるのかな…。
そう思うと、それはそれで切なかった。
「千里…あたし訳の分からないこと今から言うんだけど聞いてもらっていい?」
≪いいよ≫
「観里が死んでからもう半年も経つのに全然あたしは慣れなくて、毎日悲しみの中にいるの。人によっては表面上でも明るくいられる人もいるでしょ。観里のご両親だって、今でもきっと悲しいけど表面上は明るくしている。あたし、それがどうしてもできないの。明るい気持ちになれることも少ない」
≪うん≫
「半年経って、まだあのときとほとんど同じ悲しみを抱えて生きていて、自分でも変だなと思う。でも悲しみを続けている自分にホッとしてもいるの。悲しみが薄れたらそれは観里が遠くなっていく感じがして」
≪…≫
「それにあたしにとって半年は短い。短いけど長い。観里がいた日から遠のいていくのが怖いの…。嫌なの。あの日がどんどん遠くなって、どんどん思い出になって、薄れていくのが…」
言いながら、あたしは泣いていた。
観里が遠のいていくのが怖いよ…。
千里はしばらくなにも言わない。
だけど、一呼吸置いて、あたしに優しく言った。
≪芽衣は…観里のこと、心の底から好きなんだな。愛してたんだよ≫
「うん…」
≪俺は芽衣があの日のままでいて、あの日から離れていきたくないの、変じゃないと思うよ。それだけ深く観里のこと愛してたんだから。だけど、俺は芽衣をあの日のまま置き去りにもしたくない。観里もきっと望んでない≫
「千里…」
≪つらいかもしれないけど。俺と一緒に乗り越えることはできねえ? 俺に何ができるかわかんないけど…芽衣をあの日から抜け出させたい≫
千里はやっぱり優しい…。
あたしはあの日から抜け出る勇気はないけど…。
だけど不思議と、千里に託してみてもいいんじゃないかという気持ちになってきたよ…。
不思議だな…。
千里と観里は性格も正反対。
穏やかな観里と、荒っぽい千里。
それなのに、あたしは千里から、観里に近い救われ方をしている。
本当に、観里がそばにいるみたい…。
全然違うのにな…。
「ありがと…。ありがと、千里」
≪泣くなよ…。お前はいつもすぐ泣くのな≫
「だって…しょうがないじゃん…。涙にキリはないんだよ…」
また千里の前で泣いてしまう。
その優しさに、甘えてしまう。
その日、泣きつかれたのか、千里の言葉に癒されたのか。
あたしはすぐに眠ることができた。
それから千里は、天気の悪い日には必ず電話をくれた。
そして、台風の日。
あたしは朝からその天気の悪さにいつもみたいに心が不安定になっていた。
ベッドにうずくまってなんとかその日をやり過ごそうとする。
家のインターホンが鳴る音がした。
お母さんが出る声がする。
「あらー、久しぶり。大きくなったね」
お母さんの大きい声。
それから、下からあたしを呼んだ。
「芽衣―、千里くんが来たわよ」
千里!?
あたしはびっくりして布団から抜け出た。
パジャマだけどまあいいや…。
下に降りると、玄関先に千里。
お母さんが「パジャマのままじゃない」と顔をしかめた。
でもあたしはそんなことどうでもいい。
「千里、どうして来たの…?」
「一緒に宿題でもやろうと思って。上がっていいか?」
「いいけど…」
その言葉に、遠慮なく上がる千里。
千里があたしの家に来るのはどれくらいぶりだろう…。
小学生のときは観里と3人でお互いの家でよく遊んだけど、中学生になってからはほとんど来てないんじゃないかな。
不思議な気持ちで千里を部屋に上げる。
「ほんとに、なんで来たの…?」
「お前が悲惨なことになってるんじゃないかと思って。当たりだったみたいだな」
あたしのこと心配して来てくれたのか…。
本当に心配ばっかりかけてるな…。
「大丈夫か?」
「うん…苦しいよ…。でも千里が来たから気は紛れたかも…」
「それなら良かった」
本当にその通りではあった。
千里がうちに来てから、さっきまでの重苦しい気持ちはどこかへ飛んで行った。
あたしは千里に救われてばかりだ。
それから夏休みの宿題を千里と広げて。
授業をさぼってばかりのあたしには分からないところが多すぎる。
千里が教えてくれた。
千里もあたしに誘われて一緒にサボってるのに何で分かるの…。
それから宿題はひと段落。
お母さんが出してくれたお菓子とお茶を2人で飲む。
「この前の話だけど」
千里が言った。
「うん?」
「芽衣をあの日に置き去りにしないって話」
「…」
なにを言うんだろう…。
千里にあのときああ言われて嬉しかった。
それでも心はまだあの日に残っていたいと思ってる。
「無理にどうこうとかは思ってねえよ。俺が口でいくら何か言ったって心は簡単に変わらないだろうし」
「うん…」
「だからさ、まずは…観里と一緒にしたかったことがあれば、一緒にやろう」
「え…?」
「俺で役に立つかどうかは分からねえけど。固まった心を前に動かすことくらいはできるだろ」
観里としたかったこと…。
そんなこと、たくさんある…。
高校生になったら一緒にやろうねって約束したこともたくさん。
「あたしね、放課後…制服でカラオケとかに行きたかったよ。観里と2人でも行きたかったし、千里と3人でも遊びたかった」
「カラオケ? 分かった。夏休み明けたらな」
他にもしたかったことはたくさんあって。
一緒にする試験勉強のための勉強合宿とか。
バッティングセンターに行ってみるとか。
花火大会を見に行ったりなんかも。
あれもこれも、観里とやりたかった…。
「また泣いて…」
「ごめん…もう条件反射なんだもん…」
「好きなだけ泣きな…」
あたしが泣いている間、千里はあたしの頭をさすってくれる。
観里と全然違うのに、観里に触れられているような気がした。
それから夏休みが明けて、千里はあたしと約束通り色んなことをしてくれた。
花火大会だけはもう終わってしまって間に合わなくて。
「来年行こうな」
「うん…約束ね?」
千里と指切りをした。
観里と果たせなかった約束を、来年、千里と約束した。
千里はもう今となってはあたしにとって凍った心を溶かしてくれる存在で。
あたしも大分笑顔が増えたよ。
心の彩も増えた気がする。
観里がいるあの日から、少しは進むことができたのかもしれない…。
それから季節は流れて行った。
あたしと千里はあれから色んなことをした。
あたしが観里とやりたかったこと。
千里がなんでも叶えてくれた。
あたしと千里の距離は、確実に縮まっていた。
そして、あたしの心も段々と前を向き始めていた。
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