救ってくれた
第3話
~芽衣~
千里が『俺が守る』と言ってくれてからしばらく。
梅雨が抜けて夏の気配が訪れてきた。
相変わらず色のない毎日だけど、千里がそばにいてくれるときだけ、それは少しマシなものになる。
例えばね、サボりたいときに一緒にサボってくれたり。
雨は降らないものの、くもりの今日。
やっぱり心は不安定。
千里に「一緒にサボらない?」と言うと何も言わず着いてきてくれる。
本当は良くないよね…。
だけどあたしは心が弱いから、ついつい千里にそうしてしまう。
「そういえば、あの日屋上来てたけど、千里もたまにサボったりするの?」
「あんまりサボったりはしねえけど…あの日はたまたま」
「ふーん…」
やっぱりあんまりサボったりしないんだ…。
あたし、悪いことしてるよね…。
でも、あたしの気持ちを察したのか、千里はあたしの隣であたしの頭をまたぐしゃぐしゃに撫でた。
「気にしてんの? サボりに付き合わせてるの」
「うん…」
「俺が好きでしてんだよ。だいたい俺、頭いいからちょっとサボったくらいで成績落とさねえよ」
そうだ、千里は頭が良かった。
本当はもう少し上のレベルの高校にも行けたはずなのに、近いから、とか言ってこの高校に決めて。
未来を知らなかったあたしは、観里と3人で同じ高校に行ける! なんて無邪気に思ってた。
3人で同じ高校に通って、放課後はみんなで帰ったり、たまには千里を置いて観里と2人で放課後デートしたり…。
そんな風に夢見てた。
夢…だったなあ…。
そう思うとまた泣けてきて。
そんなあたしを見て、優しく頭を撫でてくれる千里。
千里に今の話をすると、「俺もそう思ってたよ」と小さく言った。
あたしたちきっと、同じ大切な人を失って、特別な絆が芽生えてる。
もっと早く千里と話せば良かった…。
観里が死んでからのあたしは、すべてを失ったように感じて、何も受け入れられなくて。
かろうじてお葬式に行ったくらいで、観里を失ったことを受け入れられなくてお墓参りにも行っていない。
観里の家族に会うのも無理だった。
それをすれば観里がいないのを実感してしまうから…。
でも、こうやって2人で話をすると、良くなっていくこともあるんだね…。
観里のいない毎日だけど、前よりも心が不安定じゃなくなってきているのを感じるよ。
だけどそれも寂しくて。
観里を忘れているんじゃないかという罪悪感や苦しさも同時に存在するのも事実。
まだまだあたしは乗り越えられない…。
いや、乗り越えたいと思ってないのかも…。
それから1時間くらいそこでサボって、あたしたちは授業に戻った。
次は体育。
だるい…。
しかも今日はペアでキャッチボールをしないといけないらしい。
ペアなんてあたしとなってくれる人いないんですけど…。
「一人でやればいいのにね~」
なんてクスクス言われてる。
見かねた先生が、「
えっ…。
相川さんって一番あたしのこといじめてくる子なんですけど…。
「え~、嫌でーす」
相川さんはそう言ってケラケラ笑ってる。
けど、先生ににらまれて渋々あたしのところに来た。
「まじ最悪なんだけどお~、あんたちゃんとキャッチボールできんの?」
「…」
あたしは無視。
それに腹が立ったのか、相川さんはイライラしはじめた。
ボールをわざと遠くに投げてあたしに取りにいかせたり。
のくせに、あたしがミスって遠くに投げると「どこ飛ばしてんだよ!」と怒鳴ってくる。
どうでもいいと思ってたけど、あたしもだんだん腹が立ってきた。
次に無茶苦茶なところにボールを投げられたとき、「さすがにふざけすぎでしょ」とつい口にした。
それを聞いてみるみる怒りの表情を浮かべる相川さん。
そこからだった。
あたしのいじめは次の日から過熱することになる――。
朝、登校すると机の上に死んだ金魚が浮かんだ水槽が置かれてた。
クラスで飼ってる金魚…。
相川さんの方を見ると友達とゲラゲラ笑ってる。
あたしはその集団をにらみつけた。
でもやり合うのもめんどくさい…。
あたしは渋々その水槽を持って校舎の外に埋めに行った。
かわいそうな金魚の金ちゃん…。
元々弱ってたから多分あたしのために殺されたわけじゃないと思うけど…。
あたしは土に埋めてから手を合わせる。
そのとき、後ろから「何やってんだ?」と千里の声がした。
「千里…」
「何拝んでんの?」
「いや~、かくかくしかじか」
あたしは今朝起きたことのあらましを千里に伝えた。
千里は驚いた顔。
「お前、それ平気なの?」
「なにが?」
「いじめられてて」
「いや~、良い気はしないけど、別に…」
あたしがそう言うと、千里はなんだか悲しそうな顔になった。
「お前がいじめられてるの、俺は嫌だ。お前が気にしてないのも」
「…」
「なんで芽衣がそんな目に合わないといけないんだよ。やったやつ誰?」
「クラスの…相川さん」
「あの派手な奴か」
千里は大きくため息をついた。
それから真剣な表情であたしを見る。
「なんで芽衣が気にしてないかって、それだけ心の感情に蓋してるってことだろ…?」
「まあ…そうかもね」
「俺は…どうすればいい?」
切ない顔でそう言う千里。
どうすればって…。
なんでそんなに考えてくれるんだろう…。
「どうもしなくていいよ…。気にしてないのは本当だし」
「でも…」
「それにどうにもできないでしょ?」
千里がどれだけ怒ってくれても、どうしようもないじゃん…。
千里は納得していない顔だったけど、始業の時間が近づいて、千里を促すように教室に戻った。
でも、それからもいじめは続いて。
下駄箱にゴミ詰められたり…。
机の落書きも堂々としてきた。
太いマジックで『消えろ』とか書かれちゃってる。
あたしだってこの世から消えられるもんなら消えたいよ。
あと体操服もずたずたにされた。
体育の授業に出られないので、とりあえず千里を誘ってまたサボる。
「はあ? 体操服切られた?」
「さすがに腹立ったよ」
「なあ…まじでキレに行っていいか?」
「ええ…余計面倒なことになるじゃん、やめてよ」
千里にまで迷惑になるかもしれないし。
それだけは絶対にいや。
「先生は? 知ってんのか?」
「うーん、前は気づいてなさそうだったけど最近はもしかしたら気づき始めてるかも」
「なんだよそれ…」
千里があたしの代わりにめちゃくちゃ怒ってくれてる。
あたしはあんまり感情が動かないから、あたしの代わりに怒ってくれるのはありがたいかも。
これもきっと、『守る』のうちに入るよね。
観里がいたら起こらなかった問題の数々を、千里が代わりに解決しようとしてくれる。
千里の存在、本当にありがたいと思ってるよ。
千里が代わりに怒ってくれるだけで、なんだか救われた気になる。
それだけで充分だと思うあたしは、やっぱりまだ感情に色が足りないんだと思うけど。
今はそれでいい。
そう思ってた。
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