第6話 八月十八日 その②

 「花火大会、どう思う?」

「花火大会自体は、普通に行きたいよ。東井とだったら面白そうだし。陸上部のメンツがはしゃいでんのも見に行きたいし。……やっぱり、ちょっとくらい、榊の様子も見ておきたいしね」

「うん。俺、正直メインはそっちかなって思ってる」


 簡潔に東井が言った。雪本が頷いてやると、東井の目がやや安堵したように瞬きする。


 「やっぱ、泉美さんも言ってたけど、どんなに色々考えたって結局それは妄想じゃん。榊と直接話してって機会もあるっちゃあるんだけど、それだって榊がどんだけ嘘ついてるかわからないし、でも本当のこと言ってるかもしれないわけだし、そういうの見極めるのって、浜上さんと榊が一緒にいて、話をしてるのを見るのに限ると思うんだよな。……もちろん、覗きをするってことじゃ無く……なんていうか、その雰囲気を見るっていうか」


 東井はため息を深くついた。


「それ見てからじゃないと、なんとも言えないし、何もしてやれないんだよな。してほしくないのかもだけど、なんていうか——だったら、してほしくないって、それを言うくらいの事はしてほしい」

「それが難しいんじゃない?」

「いや、難しいだろうけどさ。それでも言うべきこと言えないなら、なんか……つるんでる意味がないじゃん。なんか、うまく言えないけど。……言えないことがあるのと、言えないことがあるから言わなくていいように誤魔化し続けるのは、違くないか」


 雪本は東井を笑ってなだめようとして、やめた。東井の目はキョロキョロと前方の景色をうろついていた。今ちょうど答えを探しているところの東井を、変に諫めることは避けたかった。


 「俺は結構、何べんも聞いてるんだよ。俺、事情とか聞かない方がいいの?って。そしたら榊、別に大したことじゃないからいいよって、いっつも言うんだけど——でも、じゃあって浜上の事とか聞いたら、表面的なことしか言わないわけで——もう俺、それってうのみにすべきことなのか、『聞くな』って暗に言われてんのか、察しろよって思われてんのかわかんねーしさ。でも、人が真面目に、そこそこ勇気出して正面から聞いたことに、嘘で返して『察しろ』って、それは筋が違くねえ? だから俺は言ってほしいの、本当にはどうしてほしいのか。で、それを汲んでやりたいの。……だからもうほら、これが妄想じゃんか」


 雪本は思わず笑った。東井は本気で癇に障ったようだった。


「なんだよ」

「ごめん、ちょっと、オチにしか聞こえなくて」

「オチなわけないじゃん、笑い話でも何でもないんだからさ」

「そりゃそうだ。ごめん」

「まあ、いいけどさ。聞かれてなくてもしょうがないと思ってたぐらいだから」

「え?なんで?」


 雪本は本気で意味が分からずに聞き返したのだが、東井はそれをからかいととったようだった。


 「面倒くさいもん。なんでそんなことわざわざ言うのって」

「言われるの?」

「しょっちゅうだよ。高校はそうでもないけど、中学とかまですっごい言われた」

「高校では言われてないんだ」


雪本が尋ねると、東井は苛立たしそうに短く笑った。


「高校まで来るとみんな大人になってんじゃねーの。たまに褒めてくれる人までいるもん。『色々考えて、それをちゃんと言えるってすごいね』とかさ。多分、本気でそう思ってる節あるんだろうけど。困ってるんだろうけど。向こうも。でも俺は俺で、そうじゃないのを当たり前だと思われると、本当に困ったりするよ。褒められたって何にも解決しないんだよ」


 雪本は黙ってそのまま東井の隣を歩いた。東井はしばらくして、またショルダーストラップを握り握り、話しかけてきた。


「ごめん」

「うん?」

「変なこと言って」

「変なことだと思ってないよ」

「じゃあなんで黙ってんの」

「だって俺、真剣に褒めようと思ってたのに、『褒められたって何も解決しない』とか言うから。『いいよ』って言われるまで喋らない」


 雪本が人差し指を自分の唇に当てていると、暫くにらんでいた東井が、ばつが悪そうに眼をそらした。


「いいよ」

「褒めていい?」

「だから、いいよ。何だよお前、ちょっと鬱陶しくなってるよ」


 なんとなく真菜の影響のような気がして、雪本は本気で嬉しくなってつい笑った。東井がまた怒りだしそうだったので、笑いは短めに切り上げて、話した。


「東井は多分、すっごい真面目なんだよな。しちゃいけないことはしちゃいけない、って、それは皆考える事なんだけどさ。東井ってそれ以上になんか、『こうあるべき』とか『こうありたい』っていうのが、色んなことに対してあるんだと思う。東井は多分、真面目に、まっすぐ、嘘をつかずに、目的を見失わずに、間違ったことを一切せずに、そんで何にも負けないで、自分のしたいと思うことを全部しようとしてるんだと思う。だから難しいことがいっぱいあるっていうただそれだけだと思うんだよ。だから俺も、色々考えて、ちゃんと言えるってすごいねって思うよ」


 東井は努めて冷静にそれを聞こうとして、表情を締め付けながら、


「ありがとう」


とやっと言った。夕日の中にあっても誤魔化し切れない頬の赤さが面白いので、極力見ないようにした。


「でも、東井は、同時にいろいろって苦手だと思うから、辛いなって思ったら一旦それをサボってみるのも選択肢だとは思うんだ。それでうっかり自分がちょっとブレたり、失敗しちゃってもさ、そこから逆転したりするのは多分上手だと思うから。最初っから順序良く全部やる必要なんかないと思う。結果が出ればいいんだからさ」

「俺そんな、飛び級みたいなことできないと思うけど」

「いや、そういう要領の良さはちゃんとあると思うけどな。ショートカットっていうか。カンがいいから。——他の人が一つ一つじゃないとやれないの知ってるから、飛ばしたらズルだって思ってそう」

「いや——でも実際、順序って大事じゃない?」

「大事な順序と、大事じゃない順序があるよ。ルールが決まってないのにズルだ何だっていうのは、結局、言いがかりなんだから」

「そうかな」

「俺は特に、そう思うよ。ズルって言われまくってきたから」


 その一言が、何よりも腑に落ちたらしい東井は、分かったと言って、またしばらく黙って歩いた。駅の前で立ち止まった。東井は雪本の使わない路線に乗って帰るので、ここで分かれることになる。


「ちょっとじゃあ……不真面目なこと言っていい?」

 

東井はそう、くそ真面目な顔で切り出した。


「不真面目なこと?」

「うん。後不謹慎なこと。——俺さっき、榊の様子見るのがメインの目的って言ったじゃん」

「うん」


ややあって、東井は、改札ギリギリまで歩いてから言った。


「サブ目的があって」

「うん」


東井はいいにくそうにして、そのまま頭を振った。


「いいや。わざわざ言わなくても」

「東井」

「ん?」

「花火大会、気の合う女の子とか居るといいね」

「うん」


東井はそのまま逃げるようにして改札に定期をあてた。


期限切れで通れなかった。

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