第18話 十条侍

 大広間の大広間の壇上に据えられたテーブルでは一人の男がムシャムシャと料理を食べていた。男は眠たげな濁った目をし、頬をたるませ、目の前の肉をお酒と一緒に口の中へ流し込んでいた。男はぶくぶくに太っていて、豪華な絹の服が今にもはち切れないかと小乙女は見ていて心配だった。なにしろ男は国王陛下なのだ。大広間の中央には長いテーブルが据えられ、そこには贅をつくした肉料理が並べられ、大勢の賓客が料理を食べながら、おしゃべりに興じていた。小乙女とテロワーニュは、そういったお客さんに料理や酒を運んだりする役だった。天井には豪華なシャンデリアが吊り下がり、白い大理石をふんだんに使った床や壁が無数のロウソクの灯に照らされ輝いているようだった。お盆を持って走り回っていた小乙女は、先ほどから晩餐会のテーブルには座らず、大広間の端で横並びに突っ立っている黒い漢服を着た十人ほどの背の低いものたちが気になっていた。国王に近い側に立っている三人があれこれと給仕や楽団員たちに指図していた。中でも一番端のものがもっとも多く、あれこれと口出ししていた。おそらく国王の近い側に立っているものほど身分が高いのだろう。残りの七人は拱手していた。

「ねえ、あの人たち何もの?」と小乙女は給仕をしながら、小声でテロワーニュに訊いた。

「『小人の十』よ。またの名を十常侍……」とテロワーニュがソッと答えた。

「みんな病人みたい…」と小乙女は気味悪そうに呟いた。

 眼がギョロリとして頬がこけたものや、顔が満月のように膨れているもの、青黒い顔をしているものがいた。みな、まぶたが少し下がった暗い目をしていた。中でも紫の帽子をかぶった一番位が高そうなものの目には邪な光が宿っていた。

「十常侍は男でもなければ女でもない生き物なの。行き場のない性欲のはけ口が権力欲に流れ込んで膨らみきってる。金銭や出世への執着のかたまり」とテロワーニュが青い顔をして言った。

「では、この晩餐会に呼ばれてる人たちって?」

 と、小乙女は料理を食べている賓客たちへゆっくりと目を移してからソッと訊いた。

「あの人たちは各国の大使よ。タロットでいえば『ナイト』もしくは『ペイジ』に当たる人物札で『キング』に次ぐ高い身分のものたち。あそこに座っている背が高くてヒゲの人は『カーニバルのスート』の『偽予言者』よ。帝国の末期によく現れてくる、神通力を持った怪人。王や王族、または民衆を神通力で惑わして国を滅亡へと導く。その隣のテーブルで魔女について大声でしゃべっているのは『傭兵のスート』の『異端審問官』。悪魔学デモノロジーの権威で、『魔女の見分け方』や『魔女を自白させる方法』の著者。『魔女の足跡はヒヅメになっている。それを確かめるには疑いのあるものの足の指を全部引っこ抜いてみるがよい。さすれば、そこから前ヒヅメが生えてくるだろう』とか『真夜中にロウソクの灯のもとで魔女がしゃべると、その言葉は舌の上で、カエルやトカゲ、蛾に化けていくのである。疑いのあるものの舌を引っこ抜いてみるがよい。さすれば、その舌は蛇となって這いまわるであろう』とか。色んな手法の発明者よ」

「そんなの疑われたらおしまいじゃない。そんなこと考えたやつこそ悪魔に思えるけど……」と小乙女は震えながら言った。

「その隣が『奴隷のスート』の『枢密卿』。『暴君』の言うことには一切逆らわない。耳ざわりのいいことしかしゃべらないただの幇間が大臣になったみたいなやつ」

 小乙女は小乙女はまた視線を十常侍に戻してから言った。

「ところで、私、占い師だから、わかるんだけど……」

「えっ、あなた占い師だったの。だったら、占って欲しいことがあるんだけど。ほらほら、ドアのところで立哨している陸軍士官見習いがいるでしょう。ねえ、彼、私に気があるかしら」

「大丈夫、あるわ。相思相愛ってお互いの顔に出てる」と小乙女は陸軍士官見習いにチラッとだけ目を向けると言った。

「本当! うれしい!」

「それよりも、あの十条侍たち、何か企んでそうなんだけど……」

「シッ」とテロワーニュは人差し指を立てた。

「そんなことあいつらの耳に入ったら大変。色々と理由を付けられて首を切られる。でも、大正解。あいつら、陛下をご馳走とお酒と寵姫に溺れさせて、政から関心をそらせ、裏では自分たちの思うがままに政治を動かして、民衆の苦しみに目を向けず、私腹を肥やしてる。だから、こんなにみんなに不満がたまってるの。この怨嗟の声…」とテロワーニュは目で宮殿の外を示して言った。

「陛下の耳には届かないのかしら」

 と、そのとき陛下が言った。

「おい、十条侍。宮殿の外が騒がしいようだけど、何の騒ぎ?」

「民が陛下の政の正しきを、陛下、ばんざい、と祝福しておるのです」

 と一番位の高そうなものが答えると他の十常侍は声をそろえて、おめでとうございます、陛下、と言った。

「くるしゅうない。そのような賛辞は無用じゃ。民にそう伝えてまえれ。朕は神に選ばれたものとして当たり前のことをやっているだけだもん」

 ははあー、と十条侍たちは拱手を頭上高くに捧げると、一斉に頭を下げた。それから、青い帽子をかぶった十条侍が料理と酒の魔法を効かすため、楽士にダブを奏じるよう命じた。これにより外の民衆の声もかき消された。十条侍たちは列を作って大広間を後にした。それを見て、テロワーニュが小乙女の手を握って引っぱって言った。

「ついて行こう」

「えっ! どうして?」と小乙女は訊き返した。

「あいつら何かやりそうな予感がする。ひどいことが」

 とテロワーニュが真剣な顔で言った。小乙女はそれを見て、うなずいてついて行こうとしたが、ふと足を止めた。テロワーニュが小乙女を振り返って訊いた。

「どうしたの?」

「いえ、何でもないわ」と小乙女は首をふって答えた。

「そう、早く」とテロワーニュが小乙女の手を引っぱった。小乙女はテロワーニュの後ろ姿に、願いが叶わなくても泣かないで、と心の中で呟いた。麻薬のような音楽が悲しげに聴こえてきた。

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