第11話 グラストンベリーの魔女

 この女性はグラストンベリーの魔女と呼ばれる天才タロット占い師だ。イギリスのEU離脱を予言したことで有名だ。当初は誰もそんなことになるとは思っていなかったのに。テオドラという名前で活躍し、世界中のタロティストの中でこの名前を知らないものはいない。著書も多数出しており、星鏡も彼女の本を何冊か日本語に翻訳したり、監訳したりしていた。イギリスのタロティストたちの話では、彼女は三カ月ほど前に店から姿を消し、その後、杳として行方がしれないということだったが、まさか……。

「そうです。グラストンベリーの魔女、テオドラです。ケルト・スプレッドの名手だったのですが、このカードの世界に閉じ込められてしまいました。あれほどカーニバルのスートには気を付けるように忠告しておいたのに。このカードはカーニバルの7、別名『危険なサーカスのショー』です。暗黒サーカスで、ステージに引っぱり出された観客が口で弾丸を咥えて止めるショーをさせられるのです」

「一体、これは……」

「どういうわけか? とおっしゃる。実は、あなたに占いを依頼する前にまず女史にダイブしてもらってました。それが…」

 と男は掲げたカードを裏返し、目を細めてその絵を眺めた。

「このような……。まことに気の毒なことになられて……。この先のカーニバルの8が気になりますかな? あっ、そうそう、こうなってしまったのは女史だけではありません」

 そういうと男は、扇形列からカードを一枚取り出し、星鏡の目の前にかざした。

 そこには、脚を全て覆うほどの長靴ちょうかを履き、腰には刀剣と短銃を下げ、固い胸当てを付けて、兜をかぶった男たちが描かれていた。傭兵のようだ。片端では三人の傭兵たちがサーベルをがちゃがちゃ鳴らして互いに戦功を吹聴し合っていた。その反対側では隊長らしき男が二人の兵に命じて一人の太った初老の黒人の男性を木に吊ろうとしていた。憐れな男は、両手を縛られ、両側を屈強な兵に押えつけられ、絶望と恐怖に満ちた目で木に吊り下げられた縄を見上げていた。

 星鏡はその憐れな男の顔を見て、驚きの表情になった。

 その憐れな男とはニュー・オリンズの魔術師、パパリサだ。ヴードゥーの魔術にタロット・カードを取り入れてダイブしている。ゾンビ・タロットの使い手で有名だ。偉大なネクロマンサーとしても有名で、カリブ海の島のどこかに大きなコーヒー豆の農場を有していてそこでゾンビにした奴隷を働かせているという噂がある。

 そう、噂、だが…、中南米の魔術師たちの噂では、数カ月前に、その農場でゾンビの反乱が起こり、彼自身がゾンビにされて他の農場主に売られ、その家で召使にされているという話だったが…、まさか、もうこの世界にいなかったとは。

「どうやら、この魔術師にも見覚えがあるようですな。そうパパリサです。彼ほどの偉大な魔術師でさえも、このカードの世界に閉じ込められ、傭兵の7、別名『戦争の惨禍 魔女裁判 魔法を使った疑いのある男を処刑する』の人物にされてしまいました。続きの傭兵の8が気になりますな」と男は不気味に笑った。

「ところで、もう、おわかりになられると……。そう、あと、主が頼れるのはもうあなたしかいないのです」と男は困り果てたように言った。

 星鏡は、首を振って、自嘲気味に笑うと言った。

「彼らほどの優れたタロティストがダイヴして戻れないような危険な未踏のデッキに私がダイブして、あなたの主が望むものを取って帰ることはできません。おそらく、ダイブしたら私も戻れないでしょう。あいにくですが、お断りするしかありません。私では力不足だ。主にそうお伝え下さい」

「いいえ、いえ。あなたにはこの依頼を断ることはできません」

 そう言って、赤い男は扇形列からカードを一枚抜き出し、それを星鏡の目の前に掲げた。

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