呪いを断ち切れ
「……小癪なっ!」
イメルダは目を鋭くする。それから、剣をふたたび分身させた。倍以上にした数を、さらに倍以上へと増やしていく。
レティシアは、そのさまを呆れたような顔で眺めていた。
「シブチョー焦ってる? さっきのが限界だったんじゃないの?」
剣が飛んでくる前に、レティシアは動く。翼で飛び、片手半剣を振り上げ、宙に浮く数十振りのうちの一振りを叩いた。次の瞬間、その一振りは粉々に砕け散る。
「……っ」
顔をしかめるイメルダに向かって、レティシアは冷静に言った。
「最初ので分かったよ。その魔術、ただ数増やせるわけじゃないんでしょ? 増やせば増やすほど、えっと……ミツド? が、なくなる。だから、もうそれスッカスカでしょ!」
レティシアは空中をそのまま飛びながら、剣を振り回していった。そして、イメルダが操る剣を順々に砕いていく。
剣は、十秒足らずですべて破片となった。その破片が星屑のように輝いて降り落ちるなか、レティシアは滑空するようにしてイメルダへ迫る。
「ぐっ……まだだ!」
イメルダは黒い靄を背後に現し、そこへ姿を消す。直後にレティシアの脇へ靄とともに現れるが、消えては現れ、消えては現れ、連続で転移をくり返していった。
レティシアは、首を忙しなく動かす。
イメルダは、何度目かの転移でレティシアの頭上に現れた。そして、鉤爪のように広げた手でレティシアの頭を掴もうとする。
だが、掴めなかった。レティシアの姿がその直前でゆらりと揺れ、消えたのだ。
「なっ……⁉」
「こっち」
レティシアは、頭から落下するイメルダの脇にいた。
「言っとくけど、消えたわけじゃないよ。元々、そこにはいなかった。騙された? でも、報いなんじゃない。シブチョーは、レルマにいる大勢を騙そうとしてたんだからさっ!」
言って、レティシアはふたたび飛び上がる。かと思えば、急降下。勢いをつけ、地面に仰向けで倒れているイメルダへ、流星のような踵落としをくり出した。その踵落としは、イメルダの腹を叩く。
「か、はっ……」
イメルダは唾を吐き、身体をくの字に折った。
レティシアは傍らに足をついてから、イメルダを見下ろす。
「終わりだね、シブチョー」
片手半剣の切っ先が、イメルダに向けられる。イメルダはかつてないほど表情を歪める。
その直後のことだった。唐突に、レティシアの髪と眉毛の色が戻る。
「えっ……?」
頭上の光輪も、背中に生えていた光の翼も、霧散するように消えていった。レティシアは上方、後方へ順番に目を向けてから、顔をしかめる。
「嘘、でしょ……?」
「──ふっ、はははははははっ‼」
イメルダが高笑いを響かせ、立ち上がった。そのままレティシアの首を片手で掴み、締め上げる。
「天素が尽きたか……? だとすれば幸運だが、もはや何だっていい。最後に笑っているのは私だったようだな!」
「ぐっ……」
レティシアは苦しげな表情を浮かべる。だが、ややあって口元だけを綻ばせた。
イメルダは目を眇める。
「……何がおかしい」
「いや、だいたい分かるって……自分のなかにどれくらい天素があるかなんてさ……だから、こうなるのは予想できてた……」
「はじめから敗北を見越していたということか?」
「半分正解で、半分不正解かな……あたしの負けは見越してた……でも、あたしたちの負けは見越してない」
「……どういう意味だ」
「あたしは一人で戦ってるんじゃない……強くて、賢くて、可愛いパートナーと一緒に戦ってんの……その子を忘れちゃダメじゃん?」
「……っ⁉」
イメルダははっとして、視線を左右に動かす。それから、背後を振り向いた。
「なっ……」
イメルダの双眸が開かれる。その双眸は──ヒメナを捉えていた。
ヒメナも、二人で戦っている自覚を失っていなかった。レティシアが戦っている間、イメルダの背後を取れる瞬間をずっと窺っていたのだ。
レティシアを放し、イメルダは身体の正面をヒメナのほうに向けてくる。回避や防御をしようとしたのか。だが、無駄だった。
ヒメナはすでに剣を後方に引いている。次にくり出す一撃を凌ぐ術はない。
それはイメルダも気付いたか、最後はただ声を張った。
「私を罰するか……ヒメナっ!」
ヒメナは、真摯な声で返した。
「罰するのではありません、救うのです」
「救う……?」
眉を寄せるイメルダを見据えながら、ヒメナは思う。
ヒメナは、イメルダにずっと支配されてきた。その支配は、虐げと捉えることもできる。虐げだとすれば、ヒメナは被害者、イメルダは加害者ということになるだろう。
だが、視点を変えれば話も変わる。
あの叫びから、あの涙から、ヒメナは察した。
『もう誰も失望させたくない……父様のあんな顔は、もう二度と見たくないんだっ……!』
きっと、イメルダも父親──ヒメナの祖父に支配されてきたのだろう。とすれば、イメルダにだって被害者の側面がある。
イメルダがしようとしたことは、決して許されることではない。だが、その支配がイメルダを犯罪へ突き動かしたところもあるのだ。
いわば、これは呪い。権威と名声を守らなければという思いから生まれた、ガルメンディアの呪いだ。
こんな呪いからは、逸早く解き放ってやらなければならない。
決意を力に変え、剣を振るう。これはきっと、イメルダの呪いを断ち切る刃になる。
「お覚悟を、母様っ!」
ヒメナは、イメルダの腹を斜めに斬った。瞬間、赤い血が宙に舞う。
「ぐっ……」
イメルダは膝を折ったのち、倒れた。
地に伏すイメルダを、ヒメナは見つめる。すこしして、勝利した実感が得られた。安堵も湧き、身体から力が抜けていく。倒れそうになってしまう。
ヒメナは踏み留まろうとした。だが、その努力も虚しく、結局は倒れてしまう。レティシアが勢いよく飛びついてきたせいだ。
「ヒメナちゃああああんっ! やったね! 勝ったねええええぇっ!」
レティシアは抱き着きながら、ぎゃんぎゃんと騒いでいた。
普段なら苛立っていただろう。だが、いまはまったくわずらわしくない。むしろ、どこか心地良い。
「……あぁ、そうだな」
ヒメナはふっと息を吐く。それから、穏やかに目を瞑ったのだった。
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