最高のパートナー

 イメルダとレティシアは驚愕からか、口を開いたままにしている。だが、ヒメナは表情を変えていなかった。この結果はある程度、予想できていたからだ。


 導いた答えは正しかったらしい。


 どうやら、ヒメナには一つの能力が備わっていたようだ。

 それが、おそらくは──大気に浮遊する天素を引き寄せ、身にまとう能力。


 これは幼少期、カミラから隠れんぼに勝った褒美として授かったものだろう。

 天素には、魔術を打ち消す力がある。だから、ヒメナはイメルダの転移魔術を一度だけ阻止できたのだ。


 そして、レティシアが語ったあの話──わずかに残っていた天素を使って、火事場の馬鹿力的に天術を使ったというのは一部正しくなかった。その天素は、手を繋いだときにヒメナが渡したものだったのだろう。


 ヒメナがさきほど行ったのは、その再現だった。しかし、次はやや結果が変わると思っていた。


 あのときは転移魔術を打ち消した直後で天素が少なくなっており、レティシアへわずかにしか天素を渡せなかった可能性があった。だからこそ、こんな見立てがあった──時間を置いたいまなら、もっと多くの天素を渡せるのではないだろうか。


 その見立ても、どうやら正しかったらしい。

 レティシアは、天使だと言われても違和感がない姿に変貌している。これは、あのときよりも多くの天素を渡すことができた証拠だろう。


 レティシアは首を捻り、丸くした瞳で背中を見つめていた。その背中に刻まれていたはずの傷は治っている。


「これって……」


「細かい説明はあとだ」


 立ち上がりながら、ヒメナは言う。なんとか動けるほどには痛みが和らいだ。


「いまは大事なことだけ伝える。わたしは君に、天素を渡した」


「いや、待って……?」


 レティシアは苦笑いを浮かべている。


「天素を渡したって何? 一体、ヒメナちゃん何者……? 分かんない。ホントに、全然、分かんないよ……けど……」


 興奮気味に小さく震えながら、レティシアも立ち上がった。


「分かる。これだけは分かるよ。壊れた天使のあたしは、天素が手に入れらんなかった。その天素はヒメナちゃんが手に入れられて、渡すこともできた。もうそんなのさ、決まりじゃん。あたしとヒメナちゃん、最高のパートナーだったってことじゃん!」


 ヒメナは、レティシアから綻ばせた顔を向けられる。

 普段なら恥ずかしさゆえ、その言葉を正面から受け止めることはできなかっただろう。しかし、嬉しさが胸を満たすいまなら受け止められる。


 レティシアを見返しながら、ヒメナも顔を綻ばせた。


「戦えるか? アンヘル」


 ヒメナが天素を渡したのは、レティシアを助けるためだ。というところで望みは叶ったが、これならさらに大きな望みを持てる。このレティシアなら、イメルダを倒せるかもしれない。


 レティシアは首を縦に振る。


「うん、戦える。戦える、けど……」


 その顔がふいに曇った。レティシアは願うような眼差しを向けてくる。それから続く言葉はなかった。


 しかし、なぜだろう。言葉はなくとも、レティシアの感情や思考が分かる。その上で、ヒメナも言葉なく頷いた。そして、レティシアとともにイメルダがいるほうに顔を向ける。


 イメルダは立ち、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「それは一体、なんだ……天術か? まさか、お前が……? 人工天使計画唯一の成功例というのは、アンヘル……お前のことだったのか……⁉」


 イメルダの瞳に、はじめて不安の色が滲む。しかし、それはすぐ消される。代わりに、決意の色が映った。


「相手が何だろうと関係ない……やることは同じだ。私はもう止まれない……死力を尽くし、お前たちを叩き潰す!」


 イメルダは剣を握り直し、刺々しい眼差しを放ってくる。

 レティシアはその眼差しにも怯まず、片手半剣と短剣を力強く振ってから構え直した。


 緊張が場を支配する。

 ヒメナが肌にちくちくした痛みを感じるなか、イメルダとレティシアは一斉に地面を蹴った。


 間合いが詰まったのち、レティシアが先制。前足を大きく踏み込み、片手半剣を水平に振るった。


 イメルダは右眼でレティシアの剣を追いながら、バックステップ。迫り来る刃を躱そうとした。しかし、途中で過ちに気付いたようにはっとする。


「いいの? それ、当たっちゃうけど」


 レティシアが言って、微笑んだ直後だった。片手半剣が光に覆われ、刀身が延びる。その刀身は、イメルダに届く長さに達していた。


「ぐっ……」


 遅れながらも、イメルダは対応する。剣を縦に掲げ、身を守った。刃と刃が衝突し、ガキンッ! という音が響いたのち、レティシアは感心したように眉を動かす。


「さすがはシブチョー、切り替え早いね。じゃ、こっちは……⁉」


 レティシアは、左手で握る短剣も光で延ばした。その短剣の切っ先を、イメルダへ向ける。

 短剣は、イメルダの腹を突いた。だが、深くは刺さらない。それは、イメルダが突かれる直前に後方へ跳んでいたからだ。


「まだまだ!」


 レティシアは、刺突が決まり切らなかったことを気にする素振りを見せない。すぐに短剣を引き戻し、追撃を加えていった。


 イメルダは、間合いを維持しながら立ち回る。それは、さきほどのような攻撃を警戒しているがゆえだろう。その間合いによって、レティシアの斬擊はすべて空を切る。ただ、これでイメルダも防戦一方となってしまっていた。


 戦いは膠着状態に陥る。そこから先に抜け出そうとしたのは、レティシアだった。


 レティシアは光の翼をはためかせ、宙に舞う。そして平面的にではなく、立体的に攻めていった。近づくと見せかけて近づかない、斬ると見せかけて斬らない──などといったフェイクもふんだんに交え、イメルダを翻弄する。


 その一つに、イメルダが引っ掛かった。レティシアが本命とする一撃への反応が遅れる。


 イメルダはその一撃を剣で防ぐが、力が伝わりづらい角度で受けてしまった。直後、イメルダの剣は宙に弾かれる。


「もらったっ!」


 目を輝かせるレティシアに、イメルダは低く抑えた声で言った。


「何を勝った気でいる……!」


 突如、その禍々しい右眼が元に戻る。

 そののち、イメルダの弾かれた剣が分身した。今度は四振りではない。その倍をも超える数となり、雪崩を打つようにして、すべてがレティシアへと飛んでいく。


 レティシアははっとしてから、顔を引き締めた。そして、みずからの身体を包むように光の翼を前へ持ってくる。


 鋭い衝撃音を連続で響かせながら、剣はすべて翼に当たって落ちた。レティシアは翼を盾のように使うことで、剣の雨から身を守ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る