手と手を繋いで
「ぐっ……」
手の位置をずらすことはできなかった。斬られる──と思ったが、それはレティシアが阻止してくれる。
「ヒメナちゃん!」
イメルダが振り下ろした剣に片手半剣を当て、レティシアはその軌道を逸らした。
右眼をぎょろりと動かしながら、イメルダは見る対象をレティシアへ移す。そして腰を捻り、体重を左足に乗せながら、剣を後方に引く。
レティシアは短剣を掲げ、くり出されるであろう一撃に備えようとする。しかし、イメルダは剣を振り下ろさなかった。その動作は囮だったか、イメルダは斬らず、代わりに後ろへ跳びながら、レティシアが短剣を握る左手を蹴り上げる。
「うっ……」
胴ががら空きとなったレティシアへ、イメルダが剣を突き出した。だが、その剣はヒメナが横から叩き落とし、そののちに押さえながら、レティシアが体勢を整える時間を作る。
「今度はこちらの番ですっ……!」
レティシアが剣を構え直してから、ヒメナは後ろに跳んだ。
「行くぞ!」
「うんっ!」
ヒメナとレティシアは頷き合ってから、左右へ広がる。そして、イメルダを両脇から攻めていった。挟み撃ちほどではないが、これもイメルダが厄介に思う攻め方のはずだ。いつかは綻びが生まれる。いつかは隙ができる。
しかし、どれだけ攻めても、イメルダに隙はできなかった。逆に、こちらに隙ができてしまう。
「しまった……」
ヒメナは剣を下方向に弾かれ、硬い地面を叩かされた。無防備となったヒメナに、イメルダが斬りかかろうとする。
振られた剣は、その刃がヒメナに届く直前に、レティシアが叩き上げてくれた。しかし、そうされるのをまるで読んでいたかのように、叩き上げられる力を利用して、イメルダは跳躍。頭上を通り、レティシアの後方で着地した。
「マジっ……⁉」
剣を背後に回しながら、レティシアは振り向く。イメルダも同様の動作を取った。早かったのは、イメルダだ。
イメルダは、レティシアの背中を斬りつける。
「ああっ……」
レティシアは呻き声を洩らし、地面に倒れた。
「アンヘルっ!」
顔を青白くさせながらも、ヒメナは理解する。
イメルダが施した魔術。それはおそらく──未来予知だ。
あの変貌した右眼は、何秒か先の未来を視ることを可能にしていたのだろう。イメルダが常に一手先を行くような動きをするようになったのは、それ以外に説明がつかない。
理解するなり、ヒメナを襲ったのは恐怖だった。
ただの脅しではなかったらしい。
イメルダはこの未来予知の魔術を、培ってきた剣技と掛け合わせる形で使っている。
それが示すのは、揺るぎない殺意。全身全霊で、持てる力のすべてを使って、ヒメナとレティシアを殺すというのは、どうやら本当のようだ。
身が竦みながらも、ヒメナは体勢を立て直す。そののち、イメルダに接近。
「あああああっ!」
何度も何度も、ヒメナは剣撃をくり出していった。未来予知が追いつかないほど、苛烈な攻勢をかけようとしたのだ。
しかし、すべて捌かれてしまう。挙げ句、剣を弾き飛ばされてしまった。丸腰となったヒメナに、イメルダは剣を突き出す。それは間一髪で避けられたが、代わりに足蹴りを食らわされてしまった。
「う、あっ……」
足蹴りは鳩尾に入り、ヒメナはうずくまった。
ともに這いつくばることになったヒメナとレティシアに、冷淡な眼差しが向けられる。
「ここまで私と戦えたことは褒めてやろう。支部長としては、本当に殺すことが惜しい。しかし、何よりも優先すべきはガルメンディア家当主としての私だ。その私に、お前たちを殺す以外の選択肢はない。だから、死ね」
イメルダは突き放すように言って、ヒメナより近くにいたレティシアの頭上で剣を振り上げた。
斬られた背中が痛むのか、レティシアは身を守るどころか、剣を目で追うことすらしていない。
それなら、ヒメナがレティシアを助けなければいけなかった。だが、ヒメナも鳩尾を蹴られた痛みで立ち上がることができない。これでは助けられない。イメルダに殺される。レティシアは死んでしまう。
それは到底、受け入れることができない未来だった。
レティシアには、生きていてもらわなければ困る。それは、見ていてほしかったからだ。自分のなかに芽生えた気持ちで生きていけるようになったヒメナを、レティシアには隣で見ていてほしかった。
なら、どうすればいい。どうすれば、レティシアを助けられる。
ヒメナは、頭が熱くなるほど考える。
そして、ふとした瞬間、一つの記憶が脳裏をよぎった。それは、ヒメナが監房地上の庭から、人工悪魔を収容する地下室へ飛ばされそうになったときの記憶だ。
その記憶は、疑問を生んだ。
なぜ、イメルダの転移魔術は一度失敗したのか。
この疑問はすぐ脳裏に追いやろうとした。いま考えるべきことではないと思ったからだ。
だが、時間差で妙な引力を感じる。言葉にできない可能性を感じたのだ。だから、追いやるのはやめる。疑問を留め、その答えを導こうとした。
ヒントとなるものはないか。ヒメナはありとあらゆる記憶を総動員する。
そして、一秒が経ったか経たないかぐらいの時間で──ある答えが浮かぶ。その答えは、最終的に一つの策を生んだ。それは、レティシアを助けられるかもしれない策だ。
ただ、保証はなかった。見当違いな策かもしれない。そもそも、答えのほうがまったくの的外れである可能性もある。だが、なんにせよもう考えている時間はなかった。この策に賭けるしかない。
「アンヘルっ!」
ヒメナは精一杯の声で叫び、手を伸ばした。
「わたしと……わたしと、手を繋いでくれっ!」
「ヒメナ、ちゃん……?」
レティシアは苦悶の色に加え、困惑の色を顔に映す。
「戸惑うのは分かる……だが、いまは……いまは、わたしを信じてくれっ!」
ヒメナは真っ直ぐな眼差しを向けた。すると、レティシアも真っ直ぐな眼差しを返してくれる。
「……うん、分かったっ!」
レティシアは頷き、手を伸ばしてきた。ヒメナも応えるように、さらに手を伸ばす。
互いの指先が触れ合う。手が繋がれる。その直後だ。
レティシアの全身から白い光が放たれた。その光は、地下水路を覆い包む。ヒメナは眩しさで目を瞑ってしまった。そののち、ダンッ! という音を聞く。
しばらくして、目蓋越しに感じる明るさが和らいだ。光が弱まったらしい。
ヒメナは恐る恐る、目を開く。
まず目に入ったのは、イメルダだった。彼女は地下水路の奥で倒れている。
そして、その次に目に飛び込んできたのが───頭上に光輪を浮かべ、髪と眉毛を白く染め、光の翼を背に広げた、レティシアだった。
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