襲撃者

「うそっ……⁉」


 レティシアは身を屈ませ、かろうじて避ける。ヒメナは空を切る大蛇を見送りながら、顔を歪めた。


 当然ながら、急に巨大化する蛇などいない。だからこそ、あれは魔術。そして、あの蛇は使い魔だろう。使い魔がいるなら、はっきりする。そうではない可能性にまだ賭けたい気持ちがあったが、これでその可能性も潰されてしまった。


 いる。このレルマには、確実に魔女がいるのだ。


 それについて、いろいろ考えるべきことはある。だが、ひとまず諸々は後回しにした。いまは目の前の戦闘に集中しようとする。


 体勢を立て直した大蛇が、レティシアへふたたび突っ込んでいった。レティシアは短剣を抜き、今度は大蛇の牙を弾くことで難を逃れる。弾かれた大蛇は、檻の格子に巻きついた。


「ひぃっ!」


 サウロが怯えた声を響かせるなか、大蛇は巻きついた勢いのまま、するすると上に向かう。そして天井に這って、ヒメナとレティシアを見据えてきた。


 ヒメナは反撃に出ようとしたが、思い留まる。

 ここで戦うのは分が悪そうだ。大蛇はこの監房という戦場を立体的に扱えるが、ヒメナとレティシアは平面的にしか扱えない。くわえて、とにかく狭いがゆえ、ヒメナは両手剣を、レティシアも片手半剣を振り回せない。場所を移すべきだろう。


「アンヘル、一旦ここから出よう!」


「りょーかい!」


 レティシアとともに、ヒメナは監房の外へ繋がる階段へ走った。階段に辿り着いたのち、すぐさま駆け上がり、その間で頭にあった作戦をレティシアに伝える。そして階段がなくなったところで見えた扉を叩き開け、飛び出した。


 アーチ状の回廊に囲まれ、地面にうっすらと草が生えた庭の土を踏む。ここなら十分に戦えるだろう。ヒメナは両手剣を、レティシアは片手半剣を抜き、庭に遅れて現れた大蛇を睨みながら、二人は同時に動き出した。


 大蛇と戦ったことなどないが、その特徴的な体躯からおのずと戦い方は決まってくる。大蛇は細長いがゆえ、きっと側面からの攻撃に弱い。


「ほら、こっちこっち!」


 レティシアは伝えた作戦通り、大蛇の注意を引いてくれていた。その隙に、ヒメナは大蛇の側面に回り込む。剣を振り上げたのち、大蛇を両断しようとした。


 大蛇が振り向く。ヒメナの接近にようやく気付いたようだが、遅い。ヒメナは剣を勢いよく振り下ろす。

 蛇の身を覆う表皮の質感が変わったのは、その直後だ。


 カンッ、と甲高い音が響く。剣は当たるも、弾かれてしまった。


「なっ…⁉」


 まるで鉄を斬りつけたかのようだった。魔術か。表皮を硬質化でもさせたのか。


 ヒメナは頭上に浮いた剣を引き、大蛇から距離を取ろうとする。しかし、そうするよりも先にヒメナを薙ぎ払おうとする尻尾が迫ってきた。ヒメナは剣で防御するが、踏み耐えることはできず、勢いよく飛ばされる。


「ヒメナちゃんっ!」


 レティシアが顔に焦りを滲ませた。


「大丈夫っ⁉」


「あぁ、大丈夫だが……どうするか」


 おそらく、硬質化の魔術は永続ではない。表皮の質感は元に戻っている。何より剣で受けたとき、あの硬さは感じられなかった。とは言え、厄介であることに変わりはない。


 ヒメナが唇を噛むなか、大蛇は二叉に裂けた舌を出し、威嚇してきた。そののち、くるりと円を描くように回って勢いをつけてから、レティシアへと迫る。レティシアは、片手半剣と短剣でもって大蛇の猛攻をいなしていった。


「……?」


 微かな違和感を得つつも、ヒメナは援護に入ろうとする。だが、それは制止された。


「待って、このままやらせて!」


「アンヘル……?」


「このでっかい蛇倒す作戦思いついたの!」


 ヒメナは何度か瞬きをする。


「分からない、が……その作戦は二人で試すべきじゃないのか……?」


「ううん、二人じゃダメ! この作戦、一人じゃないとできないから!」


 レティシアは身を翻し、後方へ跳んだ。大蛇は身を波打たせながら進み、生まれた間合いをすぐさま詰めていく。

 その間に、レティシアはなぜか短剣を鞘に仕舞っていた。そして、動かなくなる。 


 ヒメナの胸に焦燥が溢れた。


「何してる……躱せっ!」


 ヒメナが鋭く叫ぶと、レティシアは不敵に笑んだ。


「いや、これでいいのっ……!」


 レティシアの白い肌を大蛇の牙が抉る、その直前だった。

 彼女は素早く片手半剣をを引く。そして、大蛇の口腔に向かって突き出した。大蛇の牙とレティシアの剣──先に届いたのは、剣だ。頭から剣が生えるような絵となって、大蛇は脳天を貫かれる。霧のような血が噴く。


 レティシアが剣を引き抜くと、大蛇はぐにゃりと身を振り、太く長い体躯を地面に横たわらせた。


「……」


 ヒメナは呆けつつ、理解する。


 表皮はどこも硬質化によって斬擊を防がれる恐れがあった。ならば、狙うべきは体内の粘膜。レティシアが立てたのは、そういった策だったわけか。


 ただ、この策は絶妙な位置とタイミングでカウンターを成功させる必要があった。難しく、リスクが大きい。それでも、レティシアはやってのけた。相変わらず、凄まじい戦闘センスである。


 ヒメナは一息吐き、感謝を溢した。


「助かった、が……」


 心に平穏は戻らない。


 この使い魔が持っていた役割──おそらく、それはサウロの監視だろう。


 魔女自身も、改憶魔術の不完全さを認識していた。その不完全さからサウロの発言に不審な点が生まれ、そこから真相は別にあると騎士が気付き、捜査が再開されることを恐れた。その際に逸早く対処するという意味でも、この使い魔はサウロについていたのだろう。


 そして、その使い魔だが、ヒメナはこれを以前に見ている。


『ヒメナちゃん見て! ちっちゃい蛇いる! んで、すごい模様! 青い縞々だよ! なんか毒とかありそうじゃない⁉』


 あのとき、レティシアが道の端にしゃがみながら眺めていたのは、確かにこの蛇だった。監視の役割を担っていた蛇が、あのときはヒメナとレティシアの傍にいたのだ。だとすれば、そこから導き出せる事実は何か。


「捜査の始めから終わりまで、わたしたちはずっと魔女に監視されていた……?」

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