尋問

 ヒメナとレティシアは、応急処置を施した男を騎士舎へと連れ帰った。

 そして翌日の昼、その男を尋問することになる。人狼は太陽の光に弱いとされているため、男は外の鍛錬場で椅子に縛りつけていた。


 尋問に加わることになったのは、ヒメナ、レティシア、リカルド、イメルダだ。多忙なイメルダも加わることには驚いたが、それもこの人狼事件が、支部長が顔を出すほどに重要だということだろう。

 ヒメナは、呼吸が浅くなるような緊張を覚える。


 尋問は、リカルド中心で進められていった。


「サウロ・ハシント。〝燃える炉通り〟に店を構えているなめし工ですか」


 リカルドが、引っ張り出してきた戸籍の附票を読み上げる。


 男──サウロのプロフィールを聞いて、合点がいったことが一つあった。

 人狼時のサウロと接触した際に香った臭いの正体が分かったのだ。


 あれは、動物の皮に柔軟性、耐久性を持たせるために塗るなめし剤の臭いだったのだろう。長く扱っているがゆえ、臭いが髪や衣服に染み付いていたのだ。


「では、尋ねましょうか」


 リカルドが、サウロに一枚の紙を見せる。


「これはレルマで取り沙汰されている人狼事件の被害者、全員のプロフィールと殺害日時です。これらはすべて、あなたの仕業ですか?」


 問われたサウロはしばし沈黙したのち、口を開いた。


「……はい、すべて自分がやったものです」


 ヒメナ、レティシアが同時に眉をひそめる。リカルドはあまり顔色を変えずに、質問を続けていった。


「これ以外に殺害した者はいますか?」


「いえ、いません……ただ、一人だけ襲いかけた子はいました」


「子というと、貧民街のダミアンですか?」


「あぁ、ご存知だったのですね。名前は知りませんが、おそらくはそうかと……」


「なぜ、襲撃を中断して?」


「足音を聞いた気がしたからです。誰かに目撃されるのはまずいと思い、逃げて……」


 サウロの答えに、ヒメナは肩を透かされたような気分になる。人狼がダミアンから手を引いた理由にはさまざまな可能性を考えていたが、事実は単純なものだったからだ。


「なるほど。では、次です。あなたはいつ魔女に人狼魔術をかけられましたか?」


「分かりません……ただ、心当たりはあります。おそらく、魔女戦争の最中です。というのも、私はかつてグラセスに住んでまして……」


「グラセス?」


 首を捻るレティシアに、ヒメナは教える。


「バルレラ王国の西に位置する都市だ。レルマからは距離がある。馬を使っても、移動に二週間はかかるな。そして、そこは戦争時、魔女領国の侵攻に遭って陥落した都市でもある」


「はい。私は魔女領国の捕虜となり、得体の知れない魔術をかけられる日々を過ごしました……その中におそらく、人狼魔術も含まれていたんでしょう」


 記録にもある。魔女は、拘束した捕虜にしばしば魔術をかけたそうだ。

 その目的は、単に楽しむため。感痛かんつう魔術で痛みを与えたり、変身魔術で畜生に姿を変えたり、幻覚魔術で不気味な幻を見せたり、改憶かいおく魔術で記憶を嘘のものに塗り替えたり──その品性を疑ってしまうような話がたくさん残っていた。


「自分が人狼魔術に掛かっていることに気付いたのは、戦争が終わってからです。それまで、私は自分を幸運な男だと思っていました。まず捕虜になってすぐ、カミラ様がを遣わせてくださったから」


「あの方々……〈天使〉ですね?」


「はい」


 魔女戦争において、連合軍は独力で魔女領国に勝ったかと問われるとそうでもない。神カミラから遣わされた存在の力が大きかったそうだ。

 その存在こそが、天使である。


 天使はほとんど人と同じ姿形をしながら、頭上に光の輪を浮かべ、背中に白い翼を生やしているらしい。そして大気中に漂っているという〈天素てんそ〉を取り込み、扱うことができたそうだ。天素には魔術を打ち消す力があるとともに、それを基として、魔術に似た〈天術てんじゅつ〉を行使することもできたらしい。


 多くの命を犠牲にしながらも、天使は連合軍のために魔女と懸命に戦ってくれたそうだ。


「天使様がやってきた数ヶ月後に戦争は終わりました。だから、私は捕虜の期間がそこまで長くならず、頭と身体が正常のまま帰ってくることができた──と思っていたんです。しかし、その認識は誤りでした。しっかり、私はおかしくなっていた」


 うなだれながら、サウロは続けた。


「飢餓感に突き動かされ、人を襲う怪物になっていたんです。自分が人狼になっていると気付いてからは飢餓感との戦いでした。しかし、勝てたことなど一度もない。空腹が我慢できず、人をたくさん食ってしまいました。そして、人を食いすぎたと思ったところで逃げた。別の都市に住処を移したんです。それを何度も何度もくり返しました」


 その話は嘘ではなさそうだ。確かに、戸籍には何度も転居をしている事実が記されていた。レルマにやってきたのも、つい最近だったようだ。


「ううっ……」


 サウロは嗚咽を洩らし、涙を溢す。


「本当はこんなことしたくなかった……けど、あの飢餓感は鶏や豚を食ったんじゃ収まらなかったんです……人を食わないとダメで、だから、私はっ……」


 ヒメナは思う。サウロには、被害者の側面もあった。であれば、多少は同情の余地がある。

 しかし、彼女はそう思わなかったらしい。


「……寝惚けたことを抜かすな」


 イメルダは、身を焦がすような怒気を放っていた。

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