抗戦
「知ってる……知ってるぜぇ? 騎士様ってのは慈悲深いんだろぉ?」
「俺たちは貧困に喘いでいる……見捨てたりはしねぇよなぁ?」
「その高く売れそうな剣と鎧、置いてってくれよ……」
どうやら、典型的な追い剥ぎだったようだ。
ヒメナは連中を観察し、気付く。
追い剥ぎには、一軒目の酒場で目にした男たちが混ざっていた。
合点が行く。これで舐めるような視線を浴びせられた理由がはっきりした。あれは揺すりのターゲットとして適切かどうかを見極めようとしていたのだろう。ヒメナと店主と会話をしている間に消えたのは、襲撃の準備に取りかかるためといったところか。
もちろん、素直に従うつもりはなかった。剣と鎧は渡せない。力尽くでも奪うつもりだろうが、それなら抵抗しよう。
ヒメナは戦闘態勢を取りながら、レティシアに確認する。
「アンヘル、分かってるな?」
「うん、分かってるって。剣使っちゃダメってことでしょ?」
「そうだ。非武装時の戦闘訓練は受けているか?」
「ヒブソージって……ムヅカシー言葉使わないでよ。素手で戦うときって話っしょ? それだって、グレゴリオからめちゃ叩き込まれたから」
「なら、心配なさそうだな。では、行くぞっ!」
その声が合図となった。二人は一斉に地面を蹴る。ヒメナは前方へ、レティシアは後方へと飛び出していった。
「うらあっ!」
一人の男がヒメナを迎え撃つようにして、棍棒を振り下ろそうとしていた。
しかし、予備動作が大きすぎる。軌道が丸わかりだった。ヒメナは軽々と棍棒を躱し、懐に潜り込む。そして、男の腹に掌底を叩き込んだ。
「ごばっ……」
男は腹を押さえて、膝をかくりと折る。
「このっ!」
「調子乗ってんじゃねぇ!」
崩れ落ちていく男の影から、他の二人が飛び出してきた。左右から挟まれる形となる。二人は手前に引いた槌を突き出そうとしていた。
ヒメナは身を落とす。左右に開脚しながら、地面に尻をつけた。それによって、二本の槌はヒメナの頭上を通り過ぎる。
二人は空振ったことで体勢を崩した。この隙に片腕を支えにしながら立ち上がり、ヒメナは跳躍。一人の顎に膝蹴りを見舞う。
「ぶはっ……」
仰け反り、壁に頭を打ちつける男を見ながら、ヒメナは着地。そのまま身を捻って、最後の一人にバックキックを繰り出した。
「がっ!」
そのバックキックは直撃する。これで三人全員が地に伏した。
ヒメナはぱんぱんと手を叩き、一息つく。こちらは楽に片付けられた。向こうはどうか。後方に視線を遣ると、涼しげに立っているレティシアの姿が目に入った。
後方の追い剥ぎ三人は、みな腕や胴を押さえながら悶えている。すでに多少は痛めつけたらしい。
「てめぇら行くぞ、おらっ!」
三人は一斉攻撃を仕掛けていった。
レティシアは、身に迫る棍棒をひらひらと避けていく。それはさながら蝶のようだった。ヒメナは、その鮮やかさにしばし見蕩れてしまう。
「なんでっ……はぁ……当たんねぇんだ……ふぅ……」
三人は顔に疲労の色を滲ませつつあった。そんななか、レティシアが跳躍。壁蹴りをくり返して、宙に高く舞い上がった。
レティシアは、片手に何かを握っていた。それは、二つの石礫だ。それらを、レティシアは連続で投擲する。石礫はそれぞれ、追い剥ぎ二人の額に命中した。
「うっ……」
「ぎゃあっ!」
短い悲鳴が響いた直後、レティシアは急降下。そのまま、最後の一人を踏み倒す。
「があぁ……」
苦悶の声を洩らしながら、その男は地面でのた打ち回っていた。
「ふぅー、終わり!」
レティシアは、すっきりした顔で身体を伸ばす。
ヒメナは唖然としつつ、再認識していた。
やはり、レティシアは強い。ただ、それはヒメナが持つような、教科書通りに磨かれた強さではない。経験と直感と勢いだけで組み上げたような、型破りな強さだった。こういうタイプとヒメナはひどく相性が悪い。実際、着任式前日の戦いでも負けている。レルマ支部で模擬戦をするなら、決して相手にはなりたくなかった。
「さて」
ヒメナは腰に手を当て、地面に転がる六人を見下ろす。
「この者たちはどうするか、だが──」
捜査を邪魔したということで公務妨害罪に、身ぐるみを剥がそうとしたことで強盗未遂罪や暴行罪に値する。罪人であるなら放置というわけにはいかない。捕縛し、騎士舎まで連れていくべきだった。しかし、それはあることを済ませてからにする。
「お尋ねしたいことがあります」
追い剥ぎたちと目線を合わせるようにして、ヒメナは屈んだ。
「我々は、とある事件の捜査をするためにここまで足を運びました。話を聞かせていただけないでしょうか? 協力していただけるなら悪いようにはしません。罪が重くなりすぎないよう、上長に計らうこともお約束しましょう」
追い剥ぎたちは互いに顔を見合わせる。それから、焦るようにしてヒメナを見てきた。
「な、なんでも話すぜ! だからっ──」
「ありがとうございます。では──」
ヒメナは人狼事件の説明を始める。
「──という事件です。どなたか手掛かりになりそうな情報を持っている方はいますか?」
ヒメナは、一人一人の顔を見回しながら訊く。だが、説明の途中ですでに察しは付いた。
みな、困ったような顔をしていた。犯行現場や犯人を目撃した者はいなかったのだろう。ヒメナは肩をゆっくり落とした。
だが、その肩は下がりきる前に止まった。例外的に、一点を見つめながら固まっている男がいることに気付いたのだ。
「あなたは何か知って?」
「いや、断言はできねぇんだが……」
男は視線を脇に向けていく。
「エマ・ニーニョだったか? その女が人狼に襲われたのは、二月の一日目で間違いねぇんだよな?」
「はい、間違いありません」
「だとしたら……」
眉間に皺を寄せ、男は続ける。
「貧民街には、ダミアンっつー男のガキが住んでる。えらく鼻が利くやつでな。食べ物が腐っているかどうかを嗅ぐだけで判別できて、俺たちもよく世話になってるんだ。んで、二月の初日、そいつが怯えた様子で家へ帰ってく姿を見たんだよ。あいつ、もしかしたら何か見たのかも……」
「それは……」
胸にじわじわと湧く期待があった。その期待が生んだ衝動に突き動かされたヒメナは、男に頼み込む。
「お願いです、そのダミアンという少年に会わせてくださいっ……!」
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