第二章

事件の委細は

 ヒメナがレルマに帰ってきた日の翌朝。

 騎士舎の訓練場で、王下騎士団レルマ支部の着任式が行われた。


 ヒメナを襲ってきた女──レティシアも着任式に参加している。ヒメナと同じく、騎士団のエンブレムを彫った胸当て、腕当て、膝当てなどを装着しており、イメルダから形式だけの剣の授与をされ、騎士道の誓いを立てていた。リカルドを疑ったわけではないが、どうやら同期という話は本当だったらしい。


 着任式終了後、ヒメナは鎧を着たまま、リカルドに連れ出される。警邏での巡回ルートを教えるという話だったが、それはどうやら建前だったようだ。

 本当の目的は、ヒメナに人狼事件の詳細を話すことらしい。


 ヒメナは、剣、槍、斧、弓、盾などが雑多に置かれた、騎士団の倉庫に通される。リカルドは適当な木箱を探し、腰掛けた。


「──さて、じゃあ話そうか」


 なぜ、建前など話したのか。なぜ、人目を憚るような真似をしたのか。それは分からなかったが、ひとまずは問わないことにする。

 リカルドと向かい合う形で木箱に腰掛け、ヒメナも話を聞く態勢になった。


「まず、人狼事件とは何かからかな」


 腕を組んで、リカルドは語り始める。


「とは言っても、基本はその名称の通りだし、ヒメナちゃんが目撃した通りでもあるんだけどね。ここ数ヶ月、連続で変死体が見つかってる。その変死体は、獣に引っ掻かれたり、咬み千切られたような傷が散見されるものだった。ただ、城壁で守られたレルマに獣はいない。だとすれば、考えられるのは人狼の仕業だ」


 人狼とは、魔女の魔術により、半人半狼の姿に変身できる力を得た人間を指す。半人半狼時は、人の数倍もの膂力や敏捷力を発揮できるようになるらしい。


 しかし、その力を得た代償と言うべきか。人狼となった者は、唐突かつ不定期にやってくる食人衝動に苦しむようになるそうだ。その食人衝動は、人肉を胃に詰め込むまで収まることがないらしい。


「ここでざっと被害者を列挙しておこうか。一人目が、エマ・ニーニョ。四十一歳の女性。家具職人の妻だ。二人目が、アントニオ・ジョンパルト。二十七歳の男性。彼は香辛料専門の商人だった。三人目が、バレンティン・ロイバル。五十二歳の男性だ。家庭用具専門の鍛冶屋をやっていた。そして、最後が昨日のウルバノ・アマドルだ。三十五歳の男。彼は織職人だった」


 それぞれ、性別、年齢、職業に違いがある。襲撃を無作為に行う人狼が犯人なら当然かもしれないが、共通点はなさそうだ。


「人狼をはじめとした、魔女の副次物と呼べるような存在もすべて、終戦後に然るべき処理をしたつもりだった。けど、どうやら不足があったみたいだね。今回はその不足を、ヒメナちゃんに補ってもらいたいって感じかな」


「なるほど……」


 ここでひとまず、ヒメナは確認がしたくなった。


「どこまでが、わたしたちの仕事ですか?」


「人狼の特定だね。拘束はより大人数、より経験豊富な騎士で行う。つまり、ヒメナちゃんとレティシアが戦う必要はない。もっとも、それを向こうが許してくれるかどうかは分からないけど……」


 人狼にとって、己の正体を暴こうとする騎士の存在は目障りでしかない。こちらが正体を特定できる手掛かりを掴めば、必ず排除に動く。そういったところで、戦闘がないとは言い切れないということか。


 人狼と戦った経験などあるわけないため、その強さは想像できない。だが、命の危険がある時点で、それは新人騎士に任せていい仕事の域を超えている気がした。


「なぜ、わたしたちに任せようと思ったのですか?」 


「それについては、二つ理由がある」


 リカルドが、人差し指と中指を立てた手を掲げる。


「一つは、ヒメナちゃんにもレティシアにも完全なアリバイがあったから。エマ、アントニオ、バレンティンが襲撃された際、二人はレルマにいなかった。人狼である疑いがないんだよ。信頼ができるのさ。けど、その一方で他の騎士に無実を証明できるようなアリバイを持つ者はいなかった」


「ま、待ってください」


 ヒメナは動揺を見せた。


「それはつまり、仲間の騎士も疑っているということですか?」


「うん、そうだよ」


 リカルドは控えめに頷く。


「可能性は低いとは思ってるんだけどね。ただ、現状は絶対そうじゃないと言い切れない。だったら、疑うべきだよ」


 話す声は低く、ゆっくりだった。それは疑うべきとは言いながら、リカルドも仲間が犯人だったなんて事実はあってほしくないと願っているからだろう。


「とまぁ、一つ目の理由はこんな感じだ。ここまではいいかな?」


「はい」


「よし。じゃ、もう一つの理由を話すけど、これはヒメナちゃんとレティシアがただの新米騎士ではないからだね」


「ただの、というのは……」


 ヒメナが分からずにいると、リカルドは補足してくれる。


「端的に言うなら、二人とも優秀ってことさ。まず、ヒメナちゃんはバルレラ王国で最も権威ある騎士学校を首席で卒業した。しかも、聞いてるよ? 五年次の実地研修じゃ現役の騎士さながらの活躍を見せたらしいじゃないか。ヒメナちゃんは紛うことなき即戦力だ。そして、それはレティシアも同じ。彼女は、一発試験に合格して騎士になったんだ」


「え、あの一発試験に……?」


 ヒメナは愕然とした。


 一発試験とは、騎士学校ではなく騎士団が直接行っている登用試験だ。騎士学校で六年間という長い歳月を費やさなくても騎士になれる代わりに、合格率はすこぶる低いらしい。確か、一割を切っていたはず。その試験をレティシアは突破したのか。 


「それも結果が面白くてね。筆記は壊滅的だったらしいけど、実技はほぼ満点だったそうだよ。で、全体で合格点をギリギリ超えたみたいな」


「めちゃくちゃじゃないですか……」


 ヒメナは呆れ返る。しかし、どこか納得できるところもあった。


 おそらく、レティシアはあまり賢いタイプではない。しかし、剣の腕は確かだ。昨夜の一戦が証明になる。だとすれば点の取り方が良い悪いは置いておいて、試験の結果がそうなることは頷けた。


「まぁ、実技の点数が高かったのは当然って感じはあるかな。なんたって、レティシアはあのグレゴリオさんの弟子って話だから」


「グレゴリオって……まさか、あのグレゴリオ・ディヘスですか⁉」


 ヒメナはまたもや愕然とする。

 グレゴリオ・ディヘスとは、かつてバルレラ王国で王下騎士団の団長を務めていた男だった。


 魔女戦争では、バルレラ王国の騎士で構成された大隊の総指揮を担い、個人としても魔女を何人も討った功績を残している。大陸全土において、グレゴリオは〝英雄〟として称えられていた。


 大戦後は団長の座を退き、騎士も辞めたらしい。その後の動向を耳にすることはなかったが、弟子を取るなどしていたのか。


「引退後、あの方は教育に努めていたんですね」


「いや、そういうわけじゃないみたいだよ。グレゴリオさんが取った弟子はレティシアだけって話だし」


「なぜ、彼女だけ……?」


「そこは俺もよく知らないんだけど……まぁ、とにかくだ」


 リカルドは、流れを区切るようにして一呼吸置く。


「これで分かったと思うんだ。ヒメナちゃんはもちろん、レティシアもただの新米騎士じゃない。だから、大丈夫だ。君たちには確かに任務を果たせる力がある。そう思ってるのは俺だけじゃない。これは支部長も賛成してることなんだ」


「母様も……?」


「そうだ。支部長も、ヒメナちゃんとレティシアの力を見込んでいる。だから、ここで改めて訊こう。人狼事件の捜査、やってくれないかな?」

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