不本意な戦闘

 ヒメナは口を小さく開き、そのままにする。犯人とはなんだ。まさか、襲撃犯だと勘違いされているのか?


「おい、ちょっと待て!」


 ヒメナは、女に手の平を向けた。


「わたしは犯人じゃない! 悲鳴を聞いて駆けつけただけで──」


 弁解する。だが、女は聞く耳を持ってくれなかった。


「問答無用! ゲンコーハンってやつでしょ? 言い逃れしようとしたって無駄なんだからっ!」


 女は、腰に提げた剣を二振りとも引き抜く。


「ぐっ……」


 ヒメナは押し潰したような声を洩らす。とても面倒なことになってしまった。しかし、黙って斬られるわけにもいかない。やるしかなさそうだ。

 ヒメナも鞘から剣を抜き、迫ってくる女を迎え撃とうとした。


 女は片手半剣を突き、薙ぎ、振り下ろしてくる。ヒメナは一撃一撃を、自身の剣で丁寧に受けていった。キンッ、キンッ、キンッ、という金属音が路地裏に響く。

 こちらに敵意や害意はない。まずは斬擊を凌ぐことだけに徹する。それと並行して、ヒメナは女の戦い方を観察していった。


 珍しい、という感想を持つ。


 まず、両剣使いである時点で珍しい。そして、両剣使いは一般的に二振りとも全長が等しい剣を使うが、この女が扱っている剣は長短異なっていることがまた珍しかった。


 右手に握っているのは片手半剣だ。ヒメナが扱っている両手剣と比較すると、いくらか短い。一方、左手に握っているのは短剣だ。こちらは、キッチンナイフよりもやや長い程度だった。


 さらに、その片手半剣と短剣の使い方も珍しい。片手半剣と短剣には、それぞれ別で用途が与えられているようだ。基本、片手半剣でしか斬りかかってこないところを見ると、片手半剣は攻撃用、短剣は防御用として使っているのだろう。


 使っている武器も特殊。その武器の使い方も特殊。だが、その特殊で構成された戦い方を、女は完全に自分のものにしている。

 純粋に強い。一瞬でも気を抜けば、斬られてしまいそうだった。


 この女は、ヒメナより強いかもしれない。仮に弱かったとしても、このまま守りに専念するのは悪手だろう。場を収めるため、女は無力化するべきだ。


 ヒメナは、そのための戦術を組み立てていった。攻撃に使われないなら、左手の短剣は無視でいいだろう。右手の片手半剣だけに集中する。


 女は、頭上に片手半剣を振り上げた。そののちに振り下ろされた片手半剣を、ヒメナは横から弾く。すると、女は驚くような顔をしながら体勢を崩した。


 次の瞬間、ヒメナは一気に間合いを詰める。そして、両手剣を左手だけで持って右手で拳を作った。その拳で、女の鳩尾を突こうとする。

 しかし、女はそこで待ってましたと言わんばかりに、ふっ、と鼻を鳴らした。


「なっ……」


 ヒメナは驚愕する。女は、左手に握っていた短剣の方を突き出してきたのだ。

 短剣は防御用ではなかったのか。いや、そう認識させるのが狙いか。短剣は攻撃に用いないと認識したところで虚を突く作戦だったのか。 


 とっさに身体を捻ることで、短剣の切っ先からはなんとか逃れる。しかし、無理が祟って足をもつらせてしまった。


「しまっ……」


 ヒメナは地面に転んでしまう。

 女は隙を見逃さない。片手半剣を回してから、切っ先を向けてくる。起き上がり、避けるには時間が足りない。


 万事休すか。ヒメナは喉が干上がるような感覚を味わい、刺し貫かれることを覚悟する──その直後、背後で、ザザッ、という複数の足音が響いた。


「はい、ストップ」


 制止の声を聞いた。女はその声で、ピタリ、と剣を止める。

 ヒメナがぽかんとして背後を見ると、そこには数人の騎士を引き連れたリカルドがいた。


「君たち、一体何やってんの……」


「あっ、フクシブチョー!」


 女は丸くした目でリカルドを見る。副支部長? リカルドをそう呼んだということは、やはり女は騎士で間違いないのか。


「聞いて聞いて! 事件の犯人見つけたよ! この子! んで、戦って追い詰めて──」


 片手半剣と短剣でヒメナを指す女に対し、リカルドは呆れたような眼差しを向ける。


「いや、その子は犯人じゃないよ」


「えっ? でも、これゲンコーハンで……」 


「現場にいても、犯行に及んでいなかったら現行犯じゃないの。他にも、服に血どころか泥や砂すらついてない。剣で戦ったりもしてる。あの子が犯人ならいろいろと不自然でしょ」


「あっ、確かに……」


「むしろ、その子は仲間だよ。教えたでしょ? 彼女がヒメナちゃんだ」


「えっ、この子が……?」


 そこでようやく、女は片手半剣と短剣を下ろしてくれる。そして、ぱちくりとさせた瞳でヒメナを見つめてきた。


「ヒメナちゃん、ごめんね?」


 リカルドが謝りながら、ヒメナに近づいてくる。


「迷惑かけちゃったね。で、先にこれを見ちゃうとはね。そして、また一人……」


 今度、リカルドは被害者の亡骸に近づいていった。そして傍らで屈みながら両手を合わせ、黙祷を始める。やがて立ち上がり、ヒメナがいる方をふたたび向いた。


「まぁ、でも……不本意ながら、これで説明は省けたか……」


「説明というのは……」


 ヒメナは、リカルドに求めるような目線を送りながら言う。


「同期とやってほしい仕事があるって話はしたでしょ? まず、その同期がこの子。レティシアだ」


 リカルドが目を向けた女を、ヒメナも見た。衝撃を受ける。まさか、さきほどまで戦っていたこの女がヒメナの同期だったのか。


「それと、やってほしかった仕事っていうのは事件の捜査だ。で、その捜査をしてほしかった事件っていうのが──」


 リカルドはつらそうに目を瞑り、開いてから、亡骸をもう一度見た。


「これだよ。レルマ支部は、〝人狼事件〟と呼んでいる」

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