第6話 覗き、撮られ、抱きしめて
「いやー、太宰京香さんだっけ。あの子のおかげでこんなにも試験運用に参加してくれる方増えて助かるなー」
「そ、そうですね。まさか本当にうちのアルバイトと妹カップルのペアも参加するなんて」
試験運用当日。先輩は試験運用の参加人数の多さにドン引きして顔で引きつっていた。なんか声も裏返っていて、困惑しているのが目に見える。
「私たちに太宰さんとそのお友達、先輩の妹夫婦。他はうちの社員に盗撮プレイが好きな常連のお客様……。八組ほどいますね」
「いや、こんだけ入れば初回のデータ取るには良いけど……。みんなノリノリじゃん」
先輩は頭を抱えて考え込む。恐らく、妹さんがマニアックなプレイにノリノリな所を身内としては見たくないんだろう。
「しかも、何あの妹の首輪……。完全にメス犬じゃん」
「あれは人間用の首輪ですね。犬用はダニ対策の塗料が塗られていて人間だと被れてしまうんです。うちの系列店で取り扱いしてます」
「あー、あー、ききたくなーい」
先輩は目を瞑って両耳を塞いでバタバタする。
「先輩、気持ちは分かりますが、元々先輩が提案したアプリ機能のテストですよ。ここは大人になりましょう」
「うぅ」
「あ!一ノ瀬さんと、かおちゃんのお姉ちゃんも参加するんだー。うちの武岡夫婦がお世話になります」
太宰京香が手を降って私たちの元へやってお辞儀した。意外と礼儀正しいギャルだから人気あるんだよなぁ。羨ましい。
「噂をすれば……。貴方が太宰さんだっけ。私は今回、アプリ開発者として店員の一ノ瀬さんと参加する予定です」
「て事は、このプレイのアプリの開発者さんだね」
「そ、そうよ」
「そうなんだ。本当にかおちゃんのお姉さんは妹思いなんですなぁ。妹さんの性癖を満たす為にこんなスパイシィーでオモロな企画立ててくれて」
「違う! 下着屋の盗撮問題解消の為よ!」
「むふふ。大人は建前がお上手ですねー。それとも別の目的が?」
「な、何が言いたい?」
「武岡夫妻から聞いたんですが、うちの広報担当の一ノ瀬さんとイチャイチャしてたじゃないですかー。透けブラTシャツとパンツ姿で」
「「違う!そうじゃない!」」
「おー、息ぴったり。元気があって良いですねー。これから良いことがあるからですね!」
私と怜先輩は顔を真っ赤にして反論するが、年下のアルバイトのギャルのペースに乗せられていた。
「そろそろ、アプリのクローズドベータのテスト時間ですので参加者を呼んでくれる?太宰さん」
「オーケー、一ノ瀬さん」
参加者が集まってくる。
カップルたちは、すでに妙にソワソワしていて、妙にテンションが高い。
「では、説明しますね。今回の目的は――」
私は定型文のように説明を始めるが、途中で妹カップルがニヤニヤして茶々を入れてくる。
「要するに、試着室で堂々とやれるってことですよね?」
「だから、そういう表現やめてください! 盗撮被害を減らすための」
「はいはい、建前ですねー」
ギャルの太宰さんも笑ってる。
こっちは真面目なのに、もう完全にプレイ気分だ。
「説明続けます! まず、盗撮プレイ用として」
私は気を取り直して、アプリの機能を伝えていく。
「専用カメラで撮影、フォルダもアプリ内で管理されます。スクショやSNS共有はブロック。それから……別れた時のために、写真や動画の『消し方』も用意してます」
「別れた時? おぉ~、リアル! 揉めるやつですね~」
「だから太宰さん! そういうんじゃなくて!」
そんなこんなで、一通り説明が終わると私たちはどっと疲れていた。
「これで説明が終わりましたが、何か質問は……。ってみんな早くやりたそうですし、テスト開始です!」
こうして、予め配布したクローズドベータテスト版のアプリを各々が起動し、専用の試着室へ入る。
「本当にやるんだね。何だか緊張してきた」
「そうね。じゃ、私がアプリ起動するね」
ピロロ……。
怜先輩が言うと、アプリの起動音が鳴る。
私は、試験運用専用の試着室の中で着替え始める。普段客としても利用しているはずなのに、カメラが起動しているだけで心臓の鼓動が早まる。
ただ脱ぐだけでも衣擦れの音がいつもよりも大きく聞こえる気がする。脱いだ衣服を試着室の隅に置いて下着姿になった私は、カメラのレンズがある方へ視線を向けると、光った。
あぁ、先輩に見られているんだ。私の着替えを。
私は一旦深呼吸をしてから、試着用の下着を汚さない様に上から着替える。でも、気になる。恥ずかしいし、いつもなら分かるはずの新品の下着の肌触りを感じることができない。
私は試着室の中で、一通り着替え終えた。
試着室の向こうで先輩が見ていると思うと、いつもの試着とは全然違う。
緊張しすぎて全身が震えて蹲る。深呼吸してそっと息を吐く。
着替え終えただけなのに、肩で息をしている自分に気づく。
スチャ……。
「……結衣」
「え?」
先輩がドアを開けて、こっちに入ってきた。
「先輩、どうし……」
言い終わる前に、先輩がそっと私を抱きしめた。
「ごめん、見てたら……どうしても……こうしていたかった。試験は終了だよ。スクショ不可、共有不可、動画も問題なし……。良く頑張った」
先輩の声が震えている。
「……先輩?そ、そう……なんだ。成功ですね」
私も、そっと腕を回した。
私もつられて唇が震えている。でも、幸せな一時だ。
この時間が終わってほしくないと思ってしまう。
「先輩、これ……次も、やりますか?次は私の番で」
私がそう言うと、先輩は小さく笑った。
「……次も、貴方とならね」
ガチャッ。
「終わった? 次、うちらねー!」
「それ終わったら、私の番だよお姉ちゃん!」
「おい、薫。あまりお姉さんを急かすなよ」
外から太宰さんと妹カップルの弾けた声。
「……はぁ、うちの妹がごめん」
「……こっちこそ、うちのバイトがご迷惑を」
私たちは顔を見合わせて、苦笑する。
仕事はまだまだ山積みだ。
でも私は、もう一度、先輩の温もりを思い出した。
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