わんこ

凛子

第1話

 金曜日は、お昼を過ぎた辺りから気持ちが逸る。

 恵梨香えりかの会社は週に一回『ノー残業デー』を取り入れている。それが、金曜日なのだ。

 終業のチャイムが鳴ると、恵梨香は急いで着替えを済ませて洗面所に向かい、入念にメイク直しをする。


 会社を出ると、見頃を迎えたイチョウ並木がライトアップされていて、恵梨香の気分をより一層高揚させた。

 光の道を抜けると、約束をしているわけでもないのに、地下鉄の入口で待つ啓汰けいたが見えた。

 まるで、飼い主を待つ忠犬のようだ。


 啓汰とは高校の同級生で、当時は同じ居酒屋でバイトをするくらい仲が良かった。卒業後は音沙汰なしの状態が数年続いていたのだが、数ヶ月前、仕事帰りに駅で出くわしたことがきっかけで、互いの会社と自宅が近くだったと知り、それからは時間が合えば一緒に帰宅するようになった。


 恵梨香に気付くと、忠犬は満面に笑みを広げて、尻尾を振るように大きく手を振った。

 破壊力抜群だ。

 一週間の疲れを一瞬で消し去る力を持っている。


「「お疲れ!」」


「お待たせ」と言わないのは、待ち合わせではないからだ。けれど、金曜日は必ず啓汰が待っている。

 改札へと続く急な階段を、啓汰がペースを合わせてゆっくりと下りてくれているのがわかる。ハイヒールの足元を気遣ってくれているのだろう。仮に踏み外したとしても、素早く腕を掴んでくれるに違いない。学生時代から運動神経だけは良かった啓汰のがっちり体型は、今も変わらない。

 恵梨香は不意に、体育祭で啓汰とペアを組んだ本番一発勝負の二人三脚を思い出した。

 スタートラインに立ち「任せとけ!」と豪語した啓汰は、小柄な恵梨香を小脇に抱える格好で走り、爆笑までかっさらって、ぶっちぎりの一位でゴールした。

 パワフルな啓汰は、番犬にも良さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る