第25話 禁じられるべき遊び 下
信じていた音々に裏切られ、私は絶体絶命のピンチに陥っている。欲望を膨れ上がらせる胡桃ちゃんの瞳には狂気が宿り、辛うじてあった正気は失われている。今の胡桃ちゃんが私のスカートをめくるだけで満足するとは到底思えない。
ゆっくりと、しかし着実に近付いてくる死の予感。本当に死ぬ訳ではないが、胡桃ちゃんに一日中好き放題にされれば、それは実質的な死だ。
危機的状況の中、私を助けてくれたのは先に死んだ時雨ちゃんだった。
「霞には、指一本も触れさせねぇ……!」
時雨ちゃんは胡桃ちゃんの足首を掴んだ。瀕死の状態の為、胡桃ちゃんの歩みを少し止める程度の妨害。
その僅か数秒の隙を好機と見た。
背中から抱き着いている音々の手を解き、胡桃ちゃんの視線が時雨ちゃんに向いている内に、距離を詰めた。私が間合いに入る瞬間、嫌な予感を察知してか、胡桃ちゃんは私の方へ視線を向き直した。思ったよりも近付かれた焦りか、私に対する躊躇いからか、時雨ちゃんの時よりも膝蹴りでの迎撃が遅い。
胡桃ちゃんの膝蹴りは情け容赦無いからこそ、破壊力がある。少しの迷いが混じった膝蹴りでは、威力は激減するし、雑な体の使い方をして体勢を崩しやすい。
私は本格的に膝蹴りが突き出される前に、タックルを仕掛けた。これから真っ直ぐ進む物と、既に突き進んで勢いが乗ってる物が激突すると、大抵は前者が後者によって突き飛ばされる形になる。おまけに胡桃ちゃんの片足は時雨ちゃんに掴まれている。もう片方の足にぶつかれば、胡桃ちゃんの体は必然的に前から倒れていく。
転倒。そう、胡桃ちゃんは転倒したんだ。足にぶつかった私の肩には確かな手応えも感じていた。あとは振り返って、倒れている胡桃ちゃんのスカートをめくれば、私の勝ちなんだ。
そう思いながら振り返るや否や、まるで巨大な手が私の背を押し潰すように、前へ倒れていく。倒れた先には胡桃ちゃんが待ち構えており、片足を私の首に回して股に押し込んできた。
やり返された。私が倒れたのは、胡桃ちゃんを転倒させた方法とほぼ同じ。私が振り返る瞬間、軸足になっていた方の足を胡桃ちゃんは蹴ったんだ。後ろへ行こうとする上半身と違って、下半身はまだ前に行こうとしていた。つまり体勢が斜めになっていて、下の方を蹴れば横になる。
「ハハ、アッハハハ! 勝利を確信した瞬間にこそ、敗北の兆しが現れる! 私は最後まで冷静さを崩さず、勝ちを狙った! でも、アナタは勝利を確信し、慢心した! それがこの結果よ!」
確かに胡桃ちゃんの言う通りだ。でもこの戦いは、相手のスカートをめくらなければ勝利にならない。右足では私を抑え、左足は時雨ちゃんに掴まれている胡桃ちゃんは動く事が出来ない。
いや、違う。そもそも胡桃ちゃんが動く必要は無い。フリーの状態の音々を使う気だ。
「さぁ、音々! 霞のスカートをめくって!」
私の首を挟んでいる足から頭を引っこ抜こうとしたが、絞める力が強固で、頭を引っこ抜くどころか動かす事も出来ない。股に顔を押し付けられた状態では声を出す事も出来ず、音々を誘惑する胡桃ちゃんの言葉を遮る事も出来ない。
「私が勝てば、霞の体を一日中好き勝手に出来るのよ! アナタだって心の奥底ではそれを望んでいるでしょう!?」
「私は……」
「恥ずかしがる事なんてない! 好きな人に想いを秘めてしまう事こそ恥ずべき事よ!」
「……そうだね……ごめん……ごめんね、胡桃ちゃん」
「……え?」
突然、拘束が解かれた。後転して状況を確認すると、ソファの背で胡桃ちゃんと時雨ちゃんが抱き合って酷く怯えていた。
二人が見ている方へ視線を向けると、床にハサミを突き刺した音々の姿があった。ハサミが突き刺さった位置は、さっきまで胡桃ちゃんの頭があった位置だ。
「私の想いはね……誰にも邪魔されず、霞ちゃんを独り占めする事なんだ……」
「流石に想いを表に出し過ぎよ!」
「元はと言えばお前が煽ったからだろ胡桃!」
「勝つ為には音々の助けが必要だったのよ! アンタも同じ状況だったら同じ事するでしょ! 霞とのエッチが掛かってるのよ!」
「アタシをお前と同類にすんじゃねぇよ!」
「胡桃ちゃん……」
「は、はい!!!」
音々は胡桃ちゃんにハサミの先を向けると、自身のスカートをつまんでヒラヒラと動かした。
「自分で自分のスカートをめくって……」
「私に降参しろって!?」
「刺す、よ……?」
「おい、胡桃! お前が稀代の変態で何処構わずのスケベな奴なのは周知の事実だが、流石に命だろ! たかがエッチごときで、命を賭ける事なんてないぞ!」
「で、でも……ぐぐ……!」
胡桃ちゃんは歯を喰いしばって何度も思考を巡らせていた。でも最終的には、自分のスカートをたくし上げた。
これで残るは私と音々。音々は胡桃ちゃんの時と同様に、ハサミの先を私に向けて脅してきた。
「霞ちゃんも、自分のをめくって……」
「……それは出来ない」
「どうして……? 私、霞ちゃんに痛い思いさせたくない……」
「私だって同じだよ。だから、少し意地悪な方法で勝ちにいくね」
私は前に進んだ。真っ直ぐと音々を見つめながら、躊躇わずに足を前に進めていく。
「止まった方が、いいよ……!」
「音々は優しい子だから大丈夫」
「危ないよ……! 霞ちゃん止―――」
私はグッと体を前に出し、一気に距離を詰めるように見せかけた。急に近付こうとしてくる私に驚いて、音々は手からハサミを落とした。
「ビックリした?」
「……うん」
「ごめんね、ビックリさせて。でも、ちょっと音々には幻滅しちゃったな。いくら勝ちたいからって、凶器を持って脅すなんてさ。喧嘩はいいけど、殺しは駄目だよ。問題に直面した時、まず先に殺しが浮かんでしまうようになるから」
「霞、ちゃん……?」
「隙ありぃぃぃ!!!」
「キャッ……!」
隙をついて音々のスカートをめくる事が出来た。音々が良い子で良かった。本当に良かった。
「はい、私の勝ち! 勝者は私! これにてスカートめくり大合戦は終わり!」
「ふぅ……一時はどうなるかと思ったよ」
「あぁ、私の悲願が……」
「お前の爛れた悲願が叶わなくて良かったよ」
「その……ごめんなさい、胡桃ちゃん……!」
「もういいよ。煽り過ぎちゃった私の所為だしさ」
「仲直りも済んだ事だし、飯でも食おう。アタシはこの恥ずかしい格好を脱いでくるよ」
ウキウキとした足取りで部屋に戻ろうとする時雨ちゃん。そんな時雨ちゃんに、私の心の黒い部分、主に嗜虐心が湧いた。
「時雨ちゃん。今日一日スカート履いててね」
「はぁ!? なんでさ!?」
「勝者の特権だよ」
「こ、こんな下らない事に使うのか!? もっとあるだろ、何でもいいんだぞ!?」
「何でもいいから使うんだよ。それに時雨ちゃんのスカート姿。もっとジックリ観察していたいし」
「ぐっ……!」
時雨ちゃんはリビングの扉のドアノブに掛けていた手を離した。恥ずかしさに悶える時雨ちゃんは音々に負けず劣らず愛らしい。
そういえば、時雨ちゃんは自分が勝った時に、何を要求するつもりだったんだろう?
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