第17話 乳母
みんなで音々の家に住む事になったものの、そう簡単にはいかず、家も物も持っていない私だけが先に音々の家に住む事になった。早くみんなと住みたい気持ちもあるけど、先に住んでおいて先輩面したい気持ちもある。
「霞ちゃんはこの部屋を使って……」
音々に案内された部屋は、物も何も置かれていない空き部屋だった。
「何も無い」
「この家、昔から余ってた部屋があったから、こういう空き部屋が多いんだ……。でも、胡桃ちゃんか時雨ちゃんのどっちかが狭い部屋になっちゃうけど……」
「え、じゃあ私が一番狭い部屋でいいよ。どうせ置く物も無いし」
「でも……あ、そうだ……! なら、あそこが良いかも……!」
音々は両手で私の右手を握り、催促するように引っ張ってきた。私はあえて微動だにせず、引っ張られるままにした。どういう反応をするのか見てみたい。
音々の表情が段々と不安気になっていき、引っ張る力も本気を出し始めた。しかし、この程度の力では私はビクともしない。引っ張っても駄目ならと、音々は私の背中側に回り、今度は背中を押して進ませようとしてきた。ビクともしない私に唸り声を漏らしているが、まるで怖くない。むしろ可愛過ぎる。
これ以上は過剰摂取になりかねないので、足を進める事にした。やっと動き始めた私に、音々は嬉しそうな声を漏らした。鼻血が出ていないか心配だ。
そうして案内された先は、二階の突き当たりにある壁だった。目を擦って再度確かめても、やはり壁があるだけ。音々は私を壁に埋めるつもりなのだろうか。
「音々。残念だけど、私は音々が好きだったファンタジー小説の登場人物みたいな特殊能力は無いんだ」
「え……?」
「ん? この壁に埋まってろって言いたいんじゃないの?」
「ち、違うよ……! そんなはずないじゃん……! 上だよ、上……!」
「上?」
見上げると、天井には取っ手が付いた四角状の扉があった。音々は壁に掛けてある棒を持ち、天井の扉の取っ手に引っ掛けようとした。しかし、音々の低身長で届くはずもなく、飛んでみても掠りもしない。
私がやればすぐに済む事だけど、それだと面白くない。飛び続けて疲れた音々が天井を見上げている内に、音々の背後に回って、彼女の股に頭を通してゆっくり立ち上がった。
「ひゃっ!? ビ、ビックリした……!」
「これで届くでしょ」
「う、うん……!」
音々は手で扉の取っ手を捻り、扉を開いた。開いた扉の先にある何かに手を伸ばすと、梯子が下りてきた。
「梯子! もしかして、屋根裏部屋!?」
「うん……! パパが屋根裏に物を運ぶ時、いつもついて行ってたんだ……! あの、霞ちゃん……そろそろ、下ろして……天井が近くて、怖い……」
「……ジャンプしてあげようか?」
「だ、駄目……! ゴッツンしちゃう……!」
音々を下ろし、先に屋根裏部屋へと上っていった。屋根裏部屋は暗闇に包まれていて、押し入れに似た匂いがした。
しばらく立ち尽くしていると、突然明かりが点き、思わず目を手で隠してしまった。ゆっくりと手をどかして光に慣れていくと、見えたのは段ボールの数々。段ボールには中に入っている物が分かるようにマジックペンで書かれている。
「凄い凄い! 屋根裏部屋だ! 本物の屋根裏部屋だよ!」
「ずっと使ってなかったから、埃が溜まってると思うけど……掃除をすれば大丈夫だと思う……」
「ねぇ、ここ使っていいの!? 本当に使っていいの!?」
「うん……! 良かった、喜んでくれて……! 霞ちゃんなら、普通の部屋よりこういう所が好きだと思ったんだ……!」
「寝袋とランタンを置けば、映画に出てくるシーンの再現だよ!」
私は奥へ進んでいった。音々が言った通り、奥の方は埃が溜まっていて、息をするだけでも鼻がムズムズしてきた。
「くしゅん……!」
「あ、ごめん。埃が舞っちゃったかな?」
「ううん、大丈夫……くしゅん……!」
「一回下りよっか」
シャツに埃が付いていないか確認した後、くしゃみが止まらない音々を抱き寄せた。
「霞ちゃん……! 服が汚れちゃう……!」
「大丈夫。どうせ掃除すれば汚れるんだし」
「……」
「音々?」
「……霞ちゃんは、本当に胡桃ちゃんと……エッチな事、したの……?」
「えっ!?」
「ズルい……私だって……」
音々が私の胸に顔を埋めてくる。背中に回した両手でしがみつき、私に身を預けてくる。さっきまでの非力さが嘘かのように、彼女を止める事が出来ない。
とうとう私はバランスを崩し、背中から床に倒れた。少し打った後頭部に痛みはあるが、私のへそを舐める音々の舌の感触の方が色濃かった。
「音々……! ちょっと、待って……!」
聞こえていないのか、音々は息を荒くしながら、私の体を舐めてくる。音々はそのままシャツの中に潜り込み、私の胸の周りを舐め回してくる。胡桃ちゃんの時とは違い、抵抗出来るくらいの意思はあった。
でも、音々の事は拒絶したくない。彼女の両親が既に亡くなっているからとか、何も言わずに五年も消えていた罪悪感からじゃない。ただ単純に、私は音々の全てを受け入れる。音々が嫌い、音々に害を及ぼす存在は私が対処する。
私の母性は音々の為にあるのだから。
「霞ちゃん……」
私のシャツの襟元から顔を覗かせる音々。口元は涎まみれで、目は蕩けている。少し尖がらせた唇を私の唇に近付けようとしているが、シャツが肩に引っ掛かって、寸前の所で止まっていた。
私は体を起こし、私のシャツの内側で身動きが取れなくなった音々を抱きしめ、おでこに口づけした。唇にしてあげたいけど、位置的にそれは不可能。だから代わりに、何度も音々のおでこに愛情を込めた。
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