勇者が負けイベで死んでしまって、俺が勇者になるしかない〜ストーリー通りに進まないんだが、どうしよう〜

杯 雪乃

棺の勇者

俺が勇者になるしかない


 勇者が死んだ。


 いや、正確には勇者になるべきこの世界の主人公が死んでしまったと言うべきか。


“フリードエンディング”と言うゲームの世界の主人公アレン。


 彼は、帰らぬ人となってしまったのである。


「アレンお兄ちゃん........!!」

「グスッ、どうして........!!」


 孤児院の子供たちが涙を流し、俺たちの世話をしてくれているシスターや村の大人達も涙を流す。


 彼は、この村の森の奥で死体となって発見された。その痕跡から“魔物”と呼ばれる敵に殺されたのだと推測されているが、真実を知る俺は違う。


 教会の窓から差し込む月の光を眺めながら、俺は誰にも聞こえないほど小さな声でポツリと呟いた。


「魔族、か」


 この世界における人類の敵、“魔族”。


 簡単に言えば世界の支配を目論む種族であり、人間とは事ある毎に敵対してきた。


 現在魔族の王である魔王は、かつての戦争で負った傷を回復している途中であり、新たな勇者の芽を摘むことに必死になっている。


 自分を殺しうる存在が出てきては困るから。


 それが、今回のアレンの死であった。


「........少し夜風に当たってくる」


 俺はすすり泣く声が止まない教会から出ると、一旦自分の状況を整理することにした。


 全ての予定が狂ってしまったのだ。最初から整理し直して、自分がやるべき事を考えるとしよう。


 まず、俺はこの世界に来た転生者である。


 名前はグリード。教会で名付けられた名前にしては、随分と物騒な名前だ。


 何が原因でこの世界に来てしまったのかは不明だが、この世界は俺がハマっていたゲーム“フリードエンディング”と言うゲームの世界に酷似した世界に来てしまった。


 このゲームはよくあるファンタジーゲームであり、勇者アレンが三人のヒロイン(仲間)と共に魔王を倒す王道系のストーリー。


 これだけなら、ただのRPGゲーだったのだが、俺がハマった原因はストーリー攻略後に開放される“ランダムプレイヤー”と言うモードである。


 これは、ランダムに選ばれたキャラクターを使って、ゲームの世界を自由に生きるモードであり、遊び方は本当に様々。


 勇者アレンよりも先に魔王を討伐して英雄の座を奪うことだってできるし、畑を作ってのんびりスローライフを楽しむことはもちろん、その気になれば自分の国を建てることすら出来てしまう。


 この自由度の高さから、“フリードエンディング”は一部の層にかなり人気なゲームとなっている。


 かくいう俺も、様々なキャラクターを作って遊んだものだ。


 そんなゲームの世界に転生したきた俺は、当然この世界に来たことを喜んだ。


 いきなり、森に捨てられていた状態で始まり、赤ん坊でゲームエンドするのかと思われたが、偶然通り掛かった村人に拾われて孤児として主人公アレンのいる村で育ってきた。


 俺は現在10歳。アレンと同じ年齢であり、そこまで話したことは無いが悪い関係性ではなかったと思う。


 アレンも孤児院で暮らしていて、年齢も同じだったから多少は関係があったのだ。


 俺は、“こいつは将来ハーレム築いて英雄として過ごすんだよなぁ”と思いながら、彼の成長を見守っていたものだ。


 子供の癖にクソイケメンで、人当たり良く話していて不快感がない。何だこの完璧超人は。しかもこれで、勇者の素質があるのだから、ハーレムを築いても誰も文句言わないだろう。


 この世界でも、最後は三人の嫁さんをもらってハッピーエンドになると思っていた。


 だが、そうはならなかった。


 なぜか?


 それは、ゲーム序盤に“負けイベ”の存在があるからである。


 ストーリー序盤でアレンは、魔族に攫われる。勇者としての素質を持った彼を、魔王が見逃すはずもなくアレンを始末するのだ。


 しかし、これは全部夢オチで、アレンは平和な世の中の為にも強くなろうと決意する瞬間でもある。


 負けイベというか、夢オチ。一応、魔族と戦闘するので、負けイベと言っても問題ない。


 ゲームではこの魔族との戦闘がチュートリアル扱いである。ちなみに、余談だが、とある動画投稿者が何とかして倒そうとしたものの、どう足掻いても倒せなかった。


「だけど、この世界では夢オチとはならなかった........か。いや、ヤバいな」


 勇者が死んだ。それはとても悲しい。俺は割とアレンというキャラが好きだっただけに、悲しみは大きい。


 だが、それ以上に不味いことがある。


 そう。誰が魔王倒すねん問題である。


 ランダムプレイヤーモードでは、何もせずともアレン達が勝手に魔王を倒してくれる。


 だから、魔王は完全復活せずに世界に平和が齎されてプレイヤーは自由な生活ができるのだ。


 では、もしプレイヤーが介入して勇者を殺したらどうなるのか?


 少なくとも、俺が知る限り世界は滅ぶ。正確には、勇者を殺して代わりに魔王を倒さなかった場合、世界が滅ぶ。


 完全復活した魔王は理不尽そのもので、“どうやって過去に傷を負ったんだ”とプレイヤー達が首を傾げるほどに強いのだ。


 完全体魔王を倒すためにプレイヤーが厳選と育成を繰り返して、魔王討伐を掲げたが結果は全て敗北。


 ゲームシステム的に復活した魔王って倒せないんじゃね?と言われる始末である。


 で、そんな完全復活を遂げて侵攻を開始してくる魔王軍に、当然人類が勝てるはずもない。


 結果、自キャラ共に魔族に殺されて、世界は絶望に包まれましたエンドで幕引きである。


 英雄を殺した愚か者への、ふさわしい結末とも言えるだろう。


 ランダムプレイヤーに唯一用意された、ある種のエンディングだ。


「この時期の魔王ってまだ表舞台には立ってなくて、傷を治していることすら余り知られてなかったよな。それに、アレンが殺された後誰かがその役割を変わってくれていたなら、ゲームの世界で世界は滅んでいないはず........結局はプレイヤーの立ち回り方次第なところはあったよな」


 魔王が本格的に表舞台に出始めるのは、今から五年後の話。


 丁度ゲームのチュートリアルが終わり、アレンが村を出てストーリーが始まる頃であったはず。


 設定では、それから3年以内に魔王討伐をしないとダメなのだが、まぁゲームという事もあってそこら辺の時間に関しては割となぁなぁであった。


 少なくともストーリーでは。


 さて、ある程度情報の整理を終えたところで改めて現状について考えるとしよう。


 本来ならば、俺は自由にこの世界を楽しむつもりだった。


 当然自分がやりこんだゲームなんだし、実際にこの目で見られるなら見てみたい。


 エルフ達が住む世界樹の国、ドワーフ達が住む地下帝国、その他にもゲームの中で見てきたキャラクター達はもちろん、まだ出会っていない面白いキャラクターや隠された秘宝なんかもあるはず。


 魔王討伐はどうせ勇者がやってくれると思っていたのもあって、割と楽観的にこの世界を旅する計画を立てていたのだ。


 だが、勇者は死んだ。負けイベで死んでしまったのだ。


 そうなると、魔王を倒すものが誰もおらず世界は滅びる。


 魔王を倒さなければ、世界は平和になることは無い。


 俺の旅行計画は途中で途切れるだろうし、最後の結末は魔王か魔族に殺されることになるだろう。


 そんなのは嫌だし、俺はこの世界を愛している。プレイ時間1000時間を余裕で超える位はやりこんだこのゲームだ。愛していないわけが無い。


 そして、俺の愛した世界を壊す魔王は要らない。この世界は、人類によって美しさが保たれている。


 ではどうするのか?


「俺が勇者に、なるしかない」


 そう。俺が勇者になるしかないのだ。





 後書き。

 お昼頃にもう一話上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る