ノアの箱舟

海湖水

ノアの楽園

 ガスマスクをとる。外に出るたびにガスマスクをつけなければいけないのは面倒だが、金がない私には対抗する術はないのだから、我慢するしかないだろう。

 

 あの日、金持ちどもが政治用AI「ノア」を導入してから全てが変わってしまった。「ノア」は自分を作った金持ちたちに有利な政策を取り続け、私たち貧乏人を切り捨てた。

 まあ、簡単に言うと有害物質をばら撒いたのだ。金持ちはガスマスクなしでも生きていけるような地域に住んでいるが、私たちのような貧乏人は、ガスマスクをつけて、大気汚染されたこの地域で生きていくしかないのだった。

 

 「今週の出費は……マズいなぁ。来月までに私、生きてるかなぁ」


 私はカバンから病院の診断書を取り出しながら呟いた。大気汚染された地域に住む人たちは、定期的に病院で検査を受けることになっている。そして、大体の場合、体に何かしらの異常が見つかり、治療が必要になる。ガスマスクも万能じゃないってことだ。

 私は安物の薄っぺらい布団に寝転がると、診断書を見つめた。明日も検査が残っている。このまま、私は死んでいくのだろう。そんなことを思いながら、私は目を瞑った。



 翌日、私は再びガスマスクをつけ、病院へと向かった。

 病院の先生にとっては、私たち貧乏人は診察しても金にならないから、基本的に色々と雑だ。まあ、それでもある程度までは検査してもらえるし、治療もしてもらえる。まあ、ありがたいことで。


 「おい、あんたも金がねえ類か」

 「え?」


 突然、後ろから話しかけられて、私は飛び退くように振り向いた。

 そこには、1人の男が立っていた。タバコの匂いがして、思わず私は顔をしかめる。タバコは苦手なのだ。

 男はそんな私を見て、悪かった、というように手を目の前に出すと、言葉を繋げていく。


 「ここだけの話なんだがな、俺は仲間を集めてるんだ」

 「仲間って……なんの仲間ですか」

 「決まってるだろ、革命だよ」


 私はその言葉を聞いた瞬間、喋ろうとする男の口を手で塞ぐと、外に出るとジェスチャーをした。




 「まあ、簡単に言うと、今の俺たちの現状はあのノアってAIがわるいわけだ。まあアレが消えたら政治なんて不安定になるだろ?だからその時に俺たちは金持ちの住んでるところを奪うって寸法だ」

 「……待ってよ、うまくいくわけないでしょ?夢物語にしか聞こえ」

 「ところがギッチョン、上手くいくんだなぁ。俺たちは金持ちの住む地域には入らねえから、ノアの本体は叩けねえ。だから、ハッキングする」

 「ハッキング?そんなのできる人いるの?」

 「俺だよ」

 「え?」

 「俺ができるからするって言うんだ。まあもし協力してくれるならノアのデータを取ってきてくれると助かるんだが」


 私は考え込むふりをした。とっくに心は決まっているというのに。そのために、今まで準備してきたのだから。


 「ちょっと待って……はいこれ」


 私はデータチップを取り出すと、目の前の男に手渡した。男は一瞬、現実が受け入れられないかのように目を大きく広げた後、そっとデータチップを観察するように動かした。


 「おい、これって」

 「うん、ノアのデータ」

 「なんであんたが持ってる?」

 「まあ、そういう職についてたからかなぁ、元々は金持ちだったから」


 男は驚きの表情を見せたが、その後すぐに私の手を取ってニッコリと微笑んだ。

 データなら写しがあるから、持っていっても大丈夫、ということを伝えた後、私は家に戻った。

 汚染のない地域に住んでいた時のことを思い出す。ノアの管理をしていた時、私はこの楽園が、存在してはいけないと感じた。なんとなくだが、支配されてはいけないものに支配されているような感覚だった。

 私は再び布団に倒れると目を瞑った。

 楽園が、少しでも大きくなることを信じて。

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ノアの箱舟 海湖水 @Kaikosui

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