第74話 救出へ 2

「出会いはこんなところか。気が合わないなら今も一緒にいないということはわかってもらえるだろうか」

「まあ、そこは納得できた」


 仲間の紹介に続いて辰馬は日頃の過ごし方を話し出す。

 

「稔は仕事と鍛錬が基本的な過ごし方だな」

「学校は通っていないんだな」

「ずっと裏社会にいて、通うことはなかった。俺も記憶を改竄されてそこらへんは気にしていなかった」

「小学校にすら通ってないなら、四則演算も怪しそうだなぁ」


 弟を取り戻せたとしても日常生活を送れるのか思わず疑問が浮かぶ。


「小学生で教わるものは教材を買って俺が教えた。計算ができなかったり書類を読めないと困ることになるからな」

「そこはお礼を言うよ」


 稔は勉強よりも鍛錬を重視していたため、乗り気ではなかった。リアスロスの誘導のせいもあるのだろう。

 興味があるものに絡めて教えていった、と辰馬は言う。


「興味?」


 まだ一緒にいた頃の稔はアニメや特撮に出てくるヒーローごっこをしていたなと、蓮司は懐かしく思う。


「天体観測を好んでいる。月までの距離とかそこに行くまでにかかる時間といったことにからめて計算を教えた。本も星に関したものを与えて、漢字を学んでいかせた」

「どうして星に興味を持ったのかわかるか」

「俺たちの生活環境には普通の子供が遊ぶような玩具はなかったから、そういったものに興味が向いたのだろう」

「そっか。趣味がなんであれ戦ってばかりや鍛錬漬けじゃないのはまだ健全なんだろうな」


 仲間とのコミュニケーションに話が移る。

 稔は自分から積極的に交流するというタイプではないようで、仲間から接することが多い。

 辰馬とは勉強や雑談、アリアは遊び相手、志摩は趣味の同士、優斗は鍛錬の相手、といったことがメインだ。

 

「これで全部だ」

「一般的な生活をしていた俺からすれば、まともな生き方じゃないとしか言えん。でもあんたらなりに稔を大事してくれているんだろうなとはわかった」


 稔をぞんざいに扱っていないのは話を聞いてわかった。

 誤魔化しではないだろうともわかる。辰馬が語る生活の様子が事細かで、聞いていて矛盾はなかったのだ。

 矛盾するところがあれば、蓮司よりも人生経験のある祖母から指摘があっただろう。


「話を最初に戻すけど、稔をもとに戻す方法はなにかヒントでも掴めている?」

「外からどうこうするのは難しいだろうな。精神や魂に干渉する必要があると思う。しかしそこには悪魔もいる。一度封印を解いて悪魔がとりついた稔と戦う必要があるかもしれない。叩きのめし弱ったところを干渉という流れに持っていければいい。そのときにあんたの炎を浴びせたら有利に持っていけるかもしれないとも思っている」

「俺が表の霊能力者たちに相談するというのは駄目なのか」

「それをしたらお前は後悔するぞ」


 辰馬が断言した。

 蓮司がなぜだと返す。


「俺たちがやろうとしているのは危険な方法だ。悪魔を解き放つことになりかねない。多くの者にとっては封印されている今が倒すチャンスだ。封印状態のまま稔ごと始末するという話になる」


 蓮司や辰馬たちにとっては稔は大事な存在だが、多くの者にとっては見知らぬ他人であり手配書が出ている犯罪者。その他人一人を犠牲にすれば悪魔を倒せるのだから、安全な方法をとろうとするはず。

 そう説明されれば蓮司と祖母も、そうなる可能性が高いだろうなと思えた。


「それは避けたいな」


 稔を失うことに繋がるのなら蓮司は相談という選択肢を取らない。


「今日話したいことは全部伝えた。こっちに進展があれば連絡を入れる。スマホの番号を教えてくれ」


 蓮司はスマホを操作して、番号を見せる。

 それを辰馬は手帳に書き記す。


「稔を取り戻すため俺にやれることはあるのか」

「……火の質を上げておくことくらいか。稔と戦うのは俺たちでやる。あんたの役割は火を当てること、火の影響を少しでも悪魔に届かせること」

「わかった。それと実行はいつになるか、その大まかな予定は?」

「余裕は一ヶ月もないと俺たちはみている。稔がいつまで抵抗できるかわからん。最悪明日にでも封印が解けて暴れ出すこともありうる」


 そのつもりでいてくれと言って辰馬は立ち上がった。

 辰馬が帰っていき、蓮司は大きく溜息を吐く。


「大変なことになっているなー」


 気合を入れて鍛錬を頑張るかなと思っている蓮司に祖母が真剣な表情で話しかける。


「蓮司、前も言ったけど私はあなたに無茶はしてほしくない。でもあなたが稔を取り戻したいと必死なのはわかるから止めない。頑張れとは正直言えない。大事なのはあなただから。死ぬようなことだけは避けてほしい。これだけは約束してちょうだい」

「うん、俺も死にたくない」

「あなたはそうでも、あの人たちが利用することも考えられるのよ。あの人たちにとっても稔は大事だけど、あなたは大事ではない。だからあなたを犠牲にして稔を助けることも考えられる。ただの妄想かもしれないけど、その妄想が当たるのが怖い」

「……なんて答えたらいいのかわからない。大丈夫と言っても根拠なんてないし、気を付ける。そう答えるしかないかな」


 大丈夫だと誤魔化すように言っても、ここまで育ててくれた祖母には見抜かれる。だから正直に答えた。


「ええ、十分に気を付けて。そして感情で行動しそうになったら、一度止まって深呼吸して。勢いでどうにかできることはあるけど、もっといい方法が見つかることもある。きっとね」

「できるだけ覚えておくよ」


 そうしてちょうだいと祖母は心配そうに言ってから、調理に戻る。

 居間で一人になった蓮司はテレビをつけて、それを見ながら思う。

 きっと稔がピンチになっていたら落ち着くことはできずに突っ走るんだろうなと。

 それを祖母もわかっているが、言わずにはいられなかったのだろう。


 辰馬が来てから蓮司は鍛錬に精を出す。

 目的ができたので、その集中力は以前よりも増している。

 その熱意は大地たちも察していた。

 大地たちとの鍛錬を終えて、休憩中に疑問を投げかけられる。


「最近、以前にも増して熱心だが」

「しばらく落ち着いた日々が続いていますし、鍛えられるうちに鍛えておこうと思いまして。また京都のトラブルとか怪異たちの事件のようなことが起こるかもしれません。実力を底上げしていれば、解決は無理でも自分を守るくらいはできますから」

「まあ、そうだな。あんな騒ぎが何度もあってほしくはないが」


 大地は納得できていない。蓮司の発言は本音だろうが、それ以外にもなにかありそうな気もしている。


「なにか事件に巻き込まれてはいないか?」

「そんなことありませんよ」

「だったらいいんだが」


 稔の件は、まだ誘いをかけられていないので、巻き込まれていないというのは事実だ。

 この場で聞くとしたら、稔の件でなにか進展があったかどうかだろう。だが大地も辰馬の接触は予想できていないため、この場で質問として思い浮かべることはできなかった。


「たしか年末年始は忙しいんでしたっけ」

「ああ、人々が騒がしくなってそれが幽霊たちを刺激する。除夜の鐘も同じように刺激するんだ。邪気払いとかの効果もあるから、止めるわけにもいかない。ただ忙しくなると言っても、この前の怪異の騒動よりはましだな」

「あちこちであの忙しさが発生すると、昔のように霊能力者が倒れるんじゃないですかね」

「そうだな。起きた最初の時期はなんとかなるだろうが、長期間だと再来か。考えたくない」

「俺もそういったふうに走り回るのは勘弁ですね」


 そういった会話をして十日ほど経過し、十二月に入る。


 辰馬から連絡が来るまで蓮司は鍛錬と仕事を真面目にやっていた。

 だから大地は蓮司が拠点に姿を見せなくても、急病だろうかとたいして疑問を持たずに笠山家の電話に連絡を入れる。

 そして対応した祖母から、朝早くに出たと聞くことになる。


「出たのですか? こっちには来ていないのですが。なにか事故にでもあったのでしょうか」


 警察にそれらしき情報が入っているかもしれないなと考える大地に、祖母がもしかしたらと前置きする。


『あの子は稔を助けに行ったのかもしれません』

「どういうことでしょう」

『十日くらい前でしょうか。稔の仲間という人物がうちに来たのです』

「え? あいつからそんなこと一言も聞いてないのですが」

『表の霊能力者は稔を助けないだろうとその人物は言っていたので、相談しなかったのでしょうね』

「そのときのことを詳しく聞かせていただけませんか」


 わかりましたと答えた祖母は、辰馬が訪ねてきたこととその目的を話していく。

 稔が封印状態ということに大地は驚きつつも、たしかに稔ごと悪魔を倒してしまった方が楽に終わるという考えに賛同する。

 蓮司とそれなりに付き合いのある大地ですら、そう考えてしまうのだからほかの霊能力者は討伐を優先するのだろう。


(こういった考えを蓮司は予想したから話すことはなかったんだな。それに俺に話すと、本部に伏せたまま行動するのが難しい。二級は一級ほどじゃないが目立つ。変わった行動をとったら探られる)


 溜息を吐くと、蓮司がどこに行ったのか聞く。祖母も稔を守るため話さないかもと思ったのだが、隠さずに話してくれた。


「どこに行ったかわかりませんが、稔たちは山梨の仙央市だったでしょうか。そこに住んでいると聞きました。だからそこに行ったかもしれません」


 拠点をメモに書いて、大地はなぜ隠さなかったのか質問する。


『蓮司にも言いましたが、私は蓮司と稔ならば蓮司をとる。稔のことがどうでもいいわけではありません。ですが長く一緒にいた蓮司の方が大事なのです。こうして情報を伝えることで、少しでも蓮司の安全が保証されることを願っているのです』

「そうでしたか」 


 大地は礼を言って通話を切る。

 まっさきに琴子に今の会話は誰にも話さないようにと言い含める。


「わかりました。蓮司君の勝手な行動は咎められますよね」

「そうだな。あいつのモチベーションを考えると当然の行動なんだが、だからといって許されるわけじゃない」


 そう返して、でないだろうと思いつつ蓮司のスマホに連絡を入れる。やはり蓮司はでなかった。GPSを警戒して家に置いていっていることも考えられた。

 腕を組んで、背もたれに体重をかけて大地は考える。


(さてどうするか……知ったからには放置はできん。穏便に話ができる本部の人間に話を通して灰炎を救う方向で……いや無理だろうな。手配書が出ている人間に配慮なんてするわけない。連絡を入れるのは確定だが、上手く立ち回る必要がある)


 最良の流れは、オカルト対策課が悪魔出現への対応準備をしている間に蓮司たちが悪魔出現を阻止すること。大地は二級霊能力者としての責務を果たして、蓮司は稔を取り戻せる。

 

(タイミングをミスすると、蓮司たちが動いているところにオカルト対策課の霊能力者が飛び込んで、稔ごと悪魔を殺すな。そうすると蓮司は恨みを抱いて表には戻らない可能性が出てくる。本部も特殊区分を失うのは避けたいはず。特殊区分としての将来性を前面に押して、蓮司に貸しを作ることでオカルト対策課が自由に使える戦力を確保できるといった感じで話をつけたい。蓮司本人に同意のない貸しになるが、稔を助けられるなら蓮司も頷くだろう)


 ひとまずこの方向性でいってみるかと決めて、これを本部の誰に伝えるか大地は考え出す。

 できるだけ悪魔に過激な反応を示さない人を脳内でピックアップし、ネット上の情報で裏付けをとっていく。

 そうしているうちにどんどん時間が流れていった。

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