薬術の魔女の学園生活

月乃宮 夜見

秋のお話

0:プロローグ

プロローグ

 広い部屋は古く、所々が黒く煤けている。部屋は天井が高く、窓を彩るステンドグラスは煌めいた。蝋燭に混ぜられた香油の香りが、部屋を満たしている。

 ここは、珍しくも地母神を祀る礼拝堂だ。


 そこに、様々なローブを纏った者達が数名集っている。皆、一様にフード付きの黒いクロークマントを纏っていた。フードを深く被っており、表情は見えない。

 皆は中央の通路を囲うように左右に並び、佇んでいた。皆、紫や緑を基調とした暗い色を纏っている。誰もが口を閉ざし、部屋は静まり返っていた。


 その最奥、部屋の奥には黒いローブに黒いクロークの女性が居る。細やかな銀糸の刺繍が施された、特別なものを。銀の飾りの付いた、黒い杖を持っている。長さはその者の身の丈を超えるほどだった。


 対してその最前、部屋の出入り口には白いローブとクロークの少女が立っていた。同じく細やかな銀糸の刺繍が施された、特別なものを纏っている。


 黒いローブの女性に、少女の名が呼ばれた。淡々とした、感情の乗らない声だ。


「……はい」


同じく淡々と返事をし、少女は静々と近付く。


 ゆっくりと、少女は一歩ずつ踏み締めるように通路を歩いた。足音は、足元の暗い色のカーペットに吸い込まれて消えている。


 少女の方へ、視線は集まっていた。魔術を司る黒き地母神の礼拝堂で目立つ、その白色に。白い色は父なる天罰神の色なのだから。


 黒ローブの女性の目の前に着いた時、その者は口を開いた。


「お前に『薬術の魔女』の称号を与える」


言葉と同時に、黒いローブの女性は杖を掲げる。刹那、少女の左腕に紋章が刻まれた。植物の花のような美しい紋様が、左手の甲まで現れる。途端に、周囲から拍手が湧き上がった。


「はい」


返事をした薬術の魔女を冠した少女が思ったことは、「面倒なことになったなぁ」とだけだった。


 少女は、ただ自身の興味や好奇心が赴くままに薬草や火薬に触れていただけだった。それだけだったのに、いつの間にか『薬術の魔女』等と言う称号を手にしてしまった。

 この儀式は少女にとって、あまりめでたいものでは無かったのだ。


×


 この世界にとっての『魔女』は、畏怖の象徴だった。

 技能が高く、世界にとって脅威だとみなされる者は世界によって『魔女』であると認定されるのだ。魔女と認定された者は数日中に魔女の組織である『集会サバト』の招待状が届き、魔女の仲間入りをするための儀式を行うことになっている。


「不思議なところ」


先程までいた建物を振り返り、少女は空を見た。空の青色に混ざり、薄く魔術の結界が見える。ここは魔術で守られた特別な場所なのだ。


 儀式の意味は『魔女』たらしめる左腕の紋様を授与するためと、他の『魔女』に存在を知らしめる、あるいは存在を知るための顔合わせだ。


「紋様が変な形じゃなくてよかった」


 ちら、と腕を眺めて少女は呟いた。

 儀式が終わり、集っていた者達は各々好きな場所へと移動し始めている。


 新しく加わった『薬術の魔女』への興味を持つ者は多く、何人かとは連絡先の交換をした。端末だったり、手紙の住所だったり。


「わたしも帰らなきゃ」


 んー、と伸びをして少女は周囲を見回す。行きは招待状による召喚だったが、帰りは自力で帰らねばならない。


「帰りも送ってくれたらよかったのに」


 呟き、再び見慣れない紋様へ視線を向けた。

 左腕の紋様は魔術を司る黒き地母神からの加護を授けるものだが、『お前は監視されているからな』と知らしめるものの一つでもある。


 左腕に刻まれた紋様は既に肌の色と馴染んでおり、特に目立つことはない。ただ、よく見ると魔力の色にうっすらと光る。あとは光の加減で少し皮膚より白く見える感じだろうか。


「あ。おばあちゃん、『黒い人』」


名を呼ばれた気がして顔を上げると、目の前に白い肌に白い髪の人物と、黒い肌に黒い髪の人物が立っていた。途端に周囲の残った『魔女』達が騒めくが、少女と二人の人物は気にしていない。


「儀式は無事に済んだみたいだね。綺麗な文様が入ってよかったねー。その顔を見る感じだと、悪くない感じ?」


「うん」


『黒い人』が声を掛けた。柔らかく温かい声色だが、その表情はピクリとも変わらない。少女が気付いたころから、『黒い人』はそうだった。だが、声色の感情は豊かで、意思疎通で困ったことは特にない。


「帰りますよ」


白い手を差し出す『おばあちゃん』の手を取り、人物の動きに合わせて少女は歩き出す。対して『おばあちゃん』は表情が変わるものの、声色は淡々としていた。表情で言いたいことはなんとなく分かるので、問題はない。


「わたしの方も握ってよー」


負けじと黒い手を差し出した『黒い人』に小さく笑い、少女は黒い手も握った。人としての温かみのある二つの手は、少女への気遣いを感じられる。


「今日はお祝いだねー」


「今日は貴女の好物をたくさん作っていますよ。たくさん食べてくださいね」


「うん」


嬉しそうな声色の『黒い人』に、優しい笑顔の『おばあちゃん』。二人の手を握って、少女の口角は自然と上がった。


 その様は、ほほえましい家族の様だった。

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