第14話 極限の突っ込み

 練習の走行も終わって、バトルが始まろうとしている。

「あぁそういえば今頃だけど、俺の1JZは排気量を上げているから、馬力は255なんかじゃなくて、330は出てると思うぜ。お前のそのよくわかんない車の排気量と馬力を教えろや」

「僕の名前はお前じゃないからな。」

「あぁ、わりいわりい。で、排気量と馬力は?」

「排気量は1600ccだけど...」

 と、僕が続きを言おうとすると

「はぁ?1600?なめてんのか?AE86と同じなんてなめてるとしか思えないんだけど。馬力もせいぜいしれたもんだ」

 まあみんなは、こう言う他人ひとが喋っている時に話を遮る様な所謂社会常識の知らない社会不適合者にはならない様にしよう!

 とりあえず、轟を宥めるように落ち着かせてから続ける。

「馬力は420馬力出るんだからな」

 僕は鼻を高くして言う。でもこの数値、さすがに信じがたいかもしれないけど、それは紛れもない事実だ。

「ま、まあそんな嘘俺には通じないぞ。」

 相手は信じていないみたいだったけど、そんなのバトってみたらわかること。馬力の差は明確なんだ。負けるはずもない。

 …なんて気を抜いていると、負けてしまうことが目に見えてわかる。

 レースのルールは簡単。同時並行スタートで、先にゴールしたほうが勝ちだ。単純で理解しやすい。

 さて、レースが始まる。

「カウント行きまーす。3、2、1...ゴー!」

 いつも通りにサイドブレーキを解放。と、同時に一気に加速する。

 馬力、いや、パワーウェイトレシオ的に言えば、確実に僕のヤリスが奴のセリカを上回るだろう。だから、最初の加速では僕の方に軍配が上がる。

 でも、僕は前に出たくないんだよね。なんでかって言えば、僕はプレッシャーに弱いんだよ。今だから言える事だけど、最初の方のRX-7とのリベンジマッチの時に後ろから追われてプレッシャーに負けちゃって。本当、小便チビッちゃう寸前まで行ったからな。思い出したくもないが。

 だからこそ僕は、最初は後追いを選ぶ。

 僕は道を轟に譲って、僕は後追いに入る。そして後追いのまま、始めの下り&ヘアピンゾーンに入っていく。

 スタート地点から始めのヘアピンカーブまでおおよそ100mくらい。スロットルを緩めつつ行っても、大体110km/h位にまでなら加速できる。

 はじめのヘアピンまで50...40...30...20..15m!ここでフルブレーキング。フルブレーキングをする事によって車の重心が前に移動。このことにより後輪が滑りやすくなり、ドリフトにつなげる。今回、サイドブレーキは使わない。ブレーキングの重心移動のみで車体を滑らす、所謂『ブレーキングドリフト』だ。

 ブレーキングドリフト自体の存在は知っていたけど、サイドブレーキを引くドリフトよりも難易度が跳ね上がって、で、それを成功させる自信は僕にはなかったからね。でも、この間練習したら難なく出来たんだよ。それが。

 だからそれをバトルで使ってみようと思ったんだ。と思ってやってみたら大成功。うまく後輪を滑らせることに成功した。そしてそのまま上手くカーブを曲がれた。

「上出来だ...」

 一方の轟はというと、グリップ走行で行くらしい。これまで戦ってきた相手は誰もかも、自分も含めてドリフトばっかりだったから、グリップ走行が見れるのは少し嬉しいような、もどかしいような。

 しかし、轟のカーブの曲がり方をみて気がついたところが一つある。それは、カーブ侵入時のアウト、曲がる時のインそしてカーブを出る時のアウト。ここの間隔が完璧であること。完璧だとどうなるのか。アウトインアウトで走ることで、実際のカーブよりも穏やかな弧を描きながら曲がることができ、結果的に発生する遠心力も小さくなり、速度を落とさずに曲がることができる。だから、カーブを早く曲がることができるんだ。

 それを轟は完全完璧にこなしている。どのタイミングでどの様に、どれだけハンドルと切ったら曲がり切れるのか、それを熟知している。それほどこのコースを走り込んだんだろう。きっと、僕なんか比じゃないくらいには練習、いや、鍛錬を積んでいるんだろう。感心しちゃうよ。

 取り敢えず初めのカーブを曲がり終わったときの相手のアドバンテージはほぼない。いや、2mくらいの差はあるか。でも、それをアドバンテージとは呼ばないと思うから割愛。まあさすがに、いくら相手のアウトインアウトが上手かろうと、その程度で離されるような僕じゃない。

 差はほぼ変わらないように維持しながら、2つ目のカーブに差し掛かる。今回も相手は正確なラインでのアウトインアウト、その上アクセル踏むタイミングもほぼ完ぺきじゃないか。僕は相手の後ろにいるから、少しプレッシャーはかかっているとは思うけど、そんなプレッシャーに動じない安定した走りを実現している。そういうところからも走り込みの量が伺える。

 一方僕の方はと言うと、後ろにいるからプレッシャーも掛からない。だからのびのびと轟の走りを観察できる。とはよく言ったもので、相手もそこそこ早いから、気を抜いてはいられない。正直なところ、自分のことはそこそこ早いとは思っている。でも、その自信が命取りになることも、時にはある。

 あ、そうそう。このコース、トンネル以外に中央分離帯のある所はないんだよね。そこだけは言っておかないと。

 さてさて、3つ目のカーブだ。ここはさっきのヘアピンと違って道幅がなぜが狭くなるうえに角度が90度にグイっと入り込んでいて、少しでもミスるとがっしゃーんと事故を起こしてしまいそうなくらい危険だ。僕は無難にブレーキを踏んで、しっかり減速を...というとでも思ったか。

 轟がしっかりとブレーキングで速度を落としているがあれは間抜けだ。これくらいなら僕のGRヤリスの420馬力という圧倒的なパワーでねじ込む。まずはブレーキングを遅らせて轟と車体を並べる。そこまでは余裕だ。そこからが重要だな。車の頭が轟のマークⅡよりも前に行く少し前にサイドブレーキを一瞬入れて、頭をねじ込む。カウンターを当てるのを遅めにしてあえて車体に角度をつける。そのまま轟のマークⅡの前に車体を突っ込んで馬力で無理やり安定させて終わり。

 正直大量の冷や汗をかいたが何とか成功した。自分が先制するのは嫌いだ。プレッシャーに弱いから。でも、正直トンネルの中ならまっすぐだから速度を出して轟との車体の距離を離してアドバンテージを作っておきたかったんだ。これなら余裕もってトンネルゾーンに入ることができそうだな。

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