第四回 昔 笠地蔵"Case the Jizo."
灼きつく刹那。そしてそれが永遠ではないことを、遠雷のくぐもった轟きが告げた。瞬きの中に浮かんでいたもう一人の男が口を開き、
「おいおいおいお前ら、コイツん家にそんなお宝を、えっちらおっちら運んでどうするんだ。まさかその笠の礼とでも言うんじゃないだろうな」
近くに住むじっさの兄、治三だった。着の身着のままで雪の中を駆けてきたのか、鼻を
「人とまともにしゃべれもせんで商売に行くなんて、ちゃんちゃらおかしいと思ったが、案の定ひとつも売れんで、それをお前らにひっかけただけなんだぞ」
蠢いていたはずの六体の像もいまはまるで沈黙している。じっさとばっさも同じだ。天から落ちて来た白が、色を奪い尽くしてできた闇夜。雪もつめたくその動向を静視していた。
「なぜなら」
動いているのは治三の口と、吐き出る
「それが誠のやさしさだとしたら、なぜ街への行き掛けにかぶせなかった。なぜ存在を知っていたのなら、冬までにお堂なりなんなりを
空よりも黒い雷雲が明滅し
「自分の笠もわたし、足らずに最後は手拭いまで巻きつけて。それなら一度帰ってまた来りゃええが。そうだろう。"そりゃあいいことをなさった"じゃねえぞ」
ばっさに声が向けられた。視ていることがバレて心臓がちぢこまる。ちいさく吸った
「結局コイツはゆきあたりばったりのやさしかしか持ち合わせてねえんだ。いつもそうだ。おふくろが死んだときも、嫁をもらうと言い出したときも」
声の行方がわずかに変わる。
「容赦と、感謝と、
最後は遠雷の如くくぐもって、その遠雷によってかき消された。残響、静寂、そして、沈黙。
「ただな!」
天そのものが砕けた。
「ただな」
治三の小さな声。地響きの中を這い
「それでもコイツは、偽善と言われてでもコイツは、その瞬間のやさしさで、その一瞬の連続で、他人を貶めたり、悪意を生んだりはせんヤツだったんだ」
ひっくり返っていたじっさとばっさは、耳と頭と空間が揺れているのを感じながらその声を聴いた。
「いいか、お前ら。お前らが余計なもんをコイツにくれてやったおかげで、コイツは、コイツの人生は狂っちまった。馬鹿みたいに、俺に葛籠のひとつを開けもせずに寄越し、それでも有り余る富で、贅沢に呑まれ、彼岸へと渡っちまったんだ」
嗚咽か、慟哭か。そのどちらでもあるのにそのどちらでもない、静けさが心奥の苦しみを編む、そんな声だった。
「このまま密やかに暮らしていればよかったものを、街へ移り住み、売れんかった恨みだか辛みだかしんねえが、金にものをいわせて二束三文で笠を売れば、そりゃあ繁盛もするだろう。ただ、その時はまだ、コイツは善意のつもりだった。お前らもよっく知っとるだろう、その笠と、同じだ。偽善も善のうち、本人が気持ち良くて、施された人間が気分良けりゃトントンだ」
手拭いを巻かれた像が少し小首を傾げた、かに見えた。
「ただそれで、他の笠売りの面子はどうなる。なんでんかんでん
雷音が鳴った。光はあっただろうか。沈黙は雪よりも深く、静寂は闇よりもつめたかった。動くものは何もなく、空気だけが振動していた。
「アイツを返せ! 朴訥で、あほうで、へらへら笑いよる、やさしかったアイツを返せ!」
「いや」
喉が轟くように震え
「返してもらいに来たぞ」
曇天に晴れ間が射したか、暗夜の襖が開いたか、ゆっくりと大気そのものがさざめき、煌々と閃いた。瞬きののちにそこに在ったのは
「ソイツが無様に死んで、残された借財と葬式のために開けた、お前らが寄越したその葛籠。中に入っとった
光り輝く脚のない神輿、といえばよいのか。四隅に鉄の桶がついている。その身は巨大な甲冑、いやむしろ
「俺ァミライに飛ばされた」
閃光の中に治三が文字通り浮かびあがった。じっさは完全に腰を抜かし息も出来なかった。ばっさは掌を合わせ"ナンマンダブ"と一心に祈る。二人が六地蔵だと思っていた六体の像は各々、担いでいた荷をおろし小さく身を屈め、うち何体かが顔を寄せ合った。
「狂人と
治三の外套が光を透かしてはためいた。六体の像が散開し、治三と、その後ろの神輿に向かって何かを照射した。穴が空く。が、治三のいるその場所は
「おちつけ」
治三の声が聴こえた。
「文明も、文化も在るもん同士で争うつもりはない」
どこからかは判らない。一体を中心に背を合わせて円になる六体の像、いや、生物か。
「残念ながら先の時代ではお前らのボカンは消失しとる。俺らが壊した。その笠と同じだよ。ちいさな偽善、おおきなお世話、いらぬおせっかいだったな。いらんもんを葛籠に詰めた、因果だ」
治三は疲れているようだった。疲労というより、何もかもにだろう。声の抑揚が消え、そこにいないにも関わらず、目が遠い所を向いているのがわかる。
「かえれ。全てを持って。笠もくれてやる。お前らのホシでは、必要なかろうがな。心配すんな、俺らだけではこのホシから出ることはまだまだできん。お前らを脅かすようなことにはならん。素直に、かえってくれりゃあな」
波紋がひろがり、治三の姿が厚みをもってのそりと歩み出てきた。雪を踏む音がする。柄の太い
治三は十分な距離をとってから、大きな黒い眼を見開く小柄な六体を、神輿の陰へと優雅な手つきで促した。
一人と六体の時間は止まったままだ。雷は? じっさはふと思った。心臓の音が聴こえ、忘れていた呼吸のことを考え息を
意識が別のところを漂い、戻った頃には神輿の下に六体の像が、いや、人か? にしては小さい、地蔵だと思っていたが、よく考えてみると頭と身体の寸法の割合がどうにもおかしい。なんだかよくわからない、石の色をしたソイツらが、じっさの笠をかぶったまま、一体は手拭いを巻いて、担いでいた葛籠や米俵と共に、神輿へと吸い上げられてゆく。
真っ直ぐに伸びない指を合わせ顔に圧しつけながら、一心不乱に念仏を唱えていたばっさに、じっさはやさしくふれた。ちいさな悲鳴をあげ、ほとんど動けないじっさにばっさは抱きつく。じっさも掠れた声を出した。
いつのまにか治三の姿もなかった。
遠くで音がした。雷ではなかった。徐々に、徐々に大きくなり、それが声であることが判った。
近くに住むじっさの兄、治三だった。着の身着のままで雪の中を駆けてきたのか、鼻を
間違いなく、治三だった。さっきまでの治三は、いったい誰だったのだろう。それくらい治三だった。
薄く、というには笑ってしまうくらいの隙間だったじっさの家の戸を勢いよく開け、身を起そうと蓑虫みたいに転がっている二人を目つきの悪い顰め面で一瞥し、雪のうえに梅鉢紋をつくっていた笠のうちのひとつを湯気の出る頭にかぶり、
「なにをしとんじゃ」
と地蔵に手を合わせるほどの時間の後に、言った。
"Case the Jizo."
終
ショートショートといえばSFということで、ようやっとSFの要素を取り入れられました。偉そうにSFといえる題材ちゃうで("ちがうけどね"の意)。
イメージは、判る人にはアホらしいかもです"世界で一番面白い映画"「BACK TO THE FUTURE」でございます←それが言いたかっただけ。三人称視点といえど、その世界にない単語で説明するのもな、と思案して形容するのも楽しいもんですね。
笠地蔵に恨みでもあるんかい、ってな内容になりましたが、僕の中ではなんともしっくりこないお話でして。出来事のみが起こっている短編小説みたいな、デウス・エクス・マキナのその部分だけを見てる感じ?
良いことしてる、とお噂のジジイが、特段なんてことない内容でお儲けなさって(ご褒美もらって)る、そのことへの嫉妬のようなもんなんでしょうか。人のネタをパクってtiktokで一儲けしてる輩がいると勝手に想定して、それに難色示してるみたいな? ちゃんとやることの段階踏めよと思ってるんでしょうかね。
ロックじゃないから、ストーンと落ちないとはこれ如何に。
ちいせぇなあ、オレ。
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