第1章 勇者ソロンの残したモノ
第2話 勇者に救われた国
かつて、この世界を災厄から守った勇者がいた。
名をソロン・メネリーク。
イズラニアに伝わる聖剣・ラジェルを台座から引き抜くことのできた唯一の人間だ。
「ラジェルに選ばれし者、世界を救う光にならん」
そんな伝承に従い、世界の命運は彼に託された。
かくしてその男はたった一人で魔物の軍勢が押し寄せる前線に立ち、聖剣を振るって世界を救った。
そして。
――消息不明となった。
◇
勇者ソロンの活躍によって魔物が撤退してから二〇年。
一度は平和な世が訪れたものの、敵の動きは再び活発化し始めている。
新たな混迷の時代を治めるため、行方知れずとなった勇者に代わって選抜されたのが七英雄と呼ばれる戦士だ。
国に忠誠を誓い、特権階級を与えられた実力者。
そのうちの一人が先刻、戦火の中で命を落とした。
そして。
「剣士ディル。貴公に七英雄の称号を授ける」
「もったいなきお言葉」
七英雄の一人、王の右腕とされるエルバル公から授与式の手続きを受けて、僕――ディル・イェクノ・ナーガスは新たな七英雄の座に着いた。
しかし、これは多くの人が疑問に思う采配だと思う。僕自身もまだ立場を理解しきれていない。
僕の経歴といえば、貴族階級の生まれで、イズラニア国営の兵士養成学校を首席で卒業したエリート。
未来を担う若者かもしれないが、たったそれだけだ。
学校の優等生だった少年が、卒業後すぐさま七英雄とは。あり得ない抜擢だと自分でも感じる。
この国には他にも豪傑な剣士が沢山いる。僕の実力なんて、学校で実技指導を担当していた元騎士団長のアムダ先生にも及ばないだろう。
「勇者ソロンのことを覚えていない者に、さっさと世代交代したいのさ」
突然の躍進に対して疑問を呈した僕に、アムダさんは苦笑いしながらそう言った。
「勇者を覚えていない者? 何故です?」
「今は知らんでいい。お前さんも、いずれ分かる時が来る」
普段は国に忠誠を誓っているアムダさんが、無精髭の顎を撫でながら
魔物との大戦争を
イズラニア王都の眼前であるギルレーン街道にまで迫った魔物たち相手に、孤軍奮闘して敵を撤退させたという。
それから二〇年近くの平和を勝ち取った彼を人々は称え、大戦争は“ギルレーン戦役”として歴史書にも刻まれている。
しかし、彼は戦後まもなく行方不明となった。そして、国は彼を覚えていない僕らに世代交代したいという。
どういうことなのだろう。
「ダウィット、ナーテ。君たちにソロンの行方を調べてもらいたい」
アムダさんの言葉が胸に引っ掛かっていた僕は、七英雄に選ばれてすぐに行動を開始した。
七英雄は国を守る絶対の戦士だが、その立場は正規軍とは異なる。
普段は独自行動を許され、緊急時に最終手段として投入される。そのため平時は手持無沙汰で、僕もそんな余暇を活用させてもらうことにしたのだ。
部下――といっても兵士養成学校の同期であった二人の仲間と共に、行方不明となった勇者の手がかりを探すことを決める。
そうして調べ始めると、不可解なことが次々と判明していった。
まず、ソロンは勇者でありながら戦時下での功績がまったくと言っていいほど残されていなかった。
元は他国の生まれで、イズラニアに訪れた一介の冒険者であったという。聖剣を引き抜き勇者として選ばれ、ギルレーン戦役で魔物たちの軍勢を撤退させた。
伝えられているのはこのぐらいだ。
大戦争でどのように敵と対峙し、どのようにして魔物に勝ったのか。その一切が記されていない。
さらにあり得なかったのは、ダウィットとナーテの調査によってソロンの現住所があっけなく判明したことだった。
「レブアム……。普通の田舎村じゃないか?」
「その通りだ。別に隠している様子もねぇ。ソロン宛の郵便物なんかは問題なく此処へ届けられている」
僕と同じ剣士で、僕よりもガタイの良いダウィットが、短い黒髪をくしゃくしゃと掻いて困惑を示す。
「ダウィット。ディル様相手にその態度は不敬です」
学生時代と変わらない崩した口調で話す彼を、ナーテが冷静な声で制する。
ナーテは青い長髪を持つ、補助魔法を得意とする少女だ。女性の中では存外背が高く、すらりと伸びた足がシルエットの美しさを際立たせている。
「いいんだナーテ。というか、僕は君にもこれまでどおり接して欲しいんだけどな」
「我々は主従の関係です。ディル様のお願いと言えど、そればかりは聞き入れることはできません」
「よく言うぜ。ナーテの毒舌は敬意の証なのか?」
「うるさいです、バカ猿」
「お前なんつったコラ!」
鋭い視線を向けるナーテと、頬をピクピクとさせて彼女の売り言葉を買うダウィット。
まだ七英雄になって日が浅いこともあり、二人は部下ではなく友人としての印象が強い。
「二人とも、その辺にしておいてくれ」
ダウィットは咳払いをして、話題を戻す。
「……とにかく! 何かおかしいぞ、ディル。罠かもしれねぇ」
「罠、か。僕がソロンについて調べていることを知って、わざわざ偽の郵便情報を掴ませたと?」
「流石にそこまでは知らねぇ。ただ、不自然な点が多すぎるって言ってんだ」
言い分は分かる。
稀代の英雄が行方不明になったのだから、当時のイズラニアは国の総力を挙げて彼を捜したはずだ。
その時に見つからなかった彼の居所が、僕ら素人の調査であっさり判明するはずがない。
「それでも、居場所が分かったなら会いに行くべきだ」
「なあ、そこまで勇者にこだわる必要あるか? 二〇年も前線に立っていない男が頼りになるとは思えねぇが」
「それが分からないからこそ、真意を確かめたいんだ。それに……」
ダウィットは警戒しているが、僕の考えは至ってシンプルだ。
「勇者に会えるかもしれないなんて、ワクワクするだろう?」
もちろん現状を軽んじているわけではない。
だが不測の事態があるならば、それこそ七英雄として問題を解決すべきだろう。
僕の端的な答えに呆れた顔をするダウィットと、気にした素振りも見せないナーテを一瞥する。
こうして僕はすぐに旅の手筈を整え、ソロンが暮らすという田舎村・レブアムを目指すことにした。
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