第19話 MotoGP 第17戦 日本

 1週間前に桃佳は日本にもどってきていた。チームの許しを得て、自宅で過ごしている。レース期間はサーキット内のホテルに泊まるが、久しぶりの実家でくつろげている。特に母親の手料理は最高の喜びで、肉じゃがが最高である。

 サーキット入りした木曜日は少し雨が降ったが、FP(フリープラクティス)の金曜日には晴れている。気温は30度、路面温度は45度にまであがっている。桃佳にとっては、ホームコースなので晴れているのは最高のコンディションだ。

 FPで桃佳は、いつにない調子の良さを感じていた。コースのラインどりを知っているということもあるが、他のライダーがとらないラインも知っている。毎回そのラインをとるわけではないが、GPマシンでそれができるかどうかをチェックしてみる。

 1コーナーと2コーナーは一つのコーナーとして見るためにインから入る。そして頂点でアウトのゼブラにでて、2コーナーのクリッピングポイントをめざす。3コーナー、4コーナーは同じ要領でターンするが、今度は左コーナーだ。そこからがひとつめの直線勝負になる。鋭角のきつい右5コーナーが待っている。ここでの転倒が多い。桃佳はここでアウトインインのラインをとる。マシンの倒し込みがうまくいっている。そこからは130RからS字へと続く。高速コーナーの連続である。マシンの切り返しの見せどころだ。ホームコースのメリットでそのタイミングがばっちりきまっている。やはり初めてのコースとはわけがちがう。そして左のV字コーナー。ここでもアウトインインのラインをとる。ヘアピンまでの直線が勝負どころだ。前にマシンがいたらスリップにつき、次のヘアピンの立ち上がりで抜くか裏ストレートで抜く。ここで320kmの最高速度がでる。桃佳もマシンのスピードに慣れてきた。そして最高の抜きどころ右の90度コーナーだ。ここでのブレーキ勝負が見せどころ。左右では多くの観客が見入っている。メインスタンドよりもここにいる人たちの方がレースを知っている。そしてセカンドアンダーブリッジを抜け、左の12コーナー。高速コーナーなので、スピードオーバーではみだし、右のスポンジバリアに突っ込んでいくマシンがいる。昨年も2台がからんで突っ込んでいた。

 最終のヴィクトリーコーナー。左右のシケインコーナーで、ここで最後のドラマがうまれる。単独で走ってこれれば、まさにヴィクトリーである。

 FPで桃佳は1分43秒734をだし、トップ10に入ることができた。Q2進出決定である。桃佳にとっては初めてのことなので、天にも昇る気分であった。その日、桃佳は上機嫌であった。ホテルの露天風呂から見るサーキットは輝いて見えた。温泉ではないが、気持ちのいいお風呂である。スペンサーJr.は1分43秒328で2位につけている。KT社のマシンは調子がいい。

 土曜日。予選、そしてスプリントレースと目まぐるしい日である。

 中倉は、Q1からのスタートだったが、一時トップタイムをだしていた。でも、最終アタックの際中に他のライダーが転倒して、イエローフラッグが振られ、タイム抹消となり、3番手に終わってしまった。セクター3まではベストタイムできていたので、惜しまれる最終アタックであった。

 Q2開始。桃佳はスペンサーJr.についてでていく。彼のペースについていくのは至難の業だが、見えるところで走ることはできるようになった。スペンサーJr.はタイヤを酷使して走るので、コーナーではぐらつくことが多い。でも、3周だけならベスト3に入る実力をもっている。結果、1分43秒069とタイムを伸ばし、予選4位を獲得した。桃佳は、1分43秒542と0.2秒近く縮めたが、他のライダーも伸ばしたので、11位のポジションで終わった。だが、中盤のポジションをキープできて、目標は達成である。

 Moto3の予選で麻実が2位のポジションにつけていた。さすが地元のレースである。本来は鈴鹿が彼女のホームコースだが、MOTEGIでも何度も走っている。彼女にすれば一度走れば充分なのかもしれない。

 そして、スプリントレースの開始である。桃佳は4列目の中央にポジションをとる。アウトにいくと、インからきたマシンの転倒に巻き込まれかねないので、インにいきたいところだが、スタートをうまくきめないといけない。

 レッドシグナル消灯。レースが始まった。轟音とともに全車がマシンを蹴りだす。桃佳はインにマシンを寄せたが、その脇を後ろから猛然とダッシュしてきたマシンがいる。マルタンである。予選15位からあがってきている。それで第1コーナーに3台が接近して飛び込むことになった。桃佳はこのままでは危ないと思い、少しアクセルをもどした。その途端、マルタンはマシンをぐらつかせ、僚友のベルゼッキを巻き込んで第1コーナーに流れていった。桃佳はアクシデントに巻き込まれなかったが、スピードをゆるめたので、下位に落ちたしまった。ここから巻き返しである。

 3周目、桃佳のサインボードには「P19」とでている。ビリから3番目である。

 4周目、前の岩上につくことができた。彼は今回ワイルドカードで出場している。H社のテストライダーで、自分が開発しているマシンのテストで走っている。コーナーはいい走りをしているが、ストレートの伸びは桃佳の方が速い。

 5周目、ヘアピンの手前で岩上の後ろにつき、裏ストレートで岩上を抜くことができた。これで18位である。

 6周目、ヘアピン後のストレートで1台が止まっている。KT社のベンダーである。何らかのトラブルかもしれない。これで桃佳は17位に上がった。

 7周目、Y社のリースに追いついた。ブレーキングポイントが桃佳より早い。そこで、桃佳は90度コーナーで勝負にでた。アウトにいくと見せかけて、インに飛び込む。そしてブレーキング競争である。立ち上がりで桃佳はリースに勝つことができた。16位にアップである。

 8周目、またもやY社のマシンの後ろにつく。オリビアだ。彼の走りを見る。するとコーナリングでふくらむクセがあることがわかった。

 9周目、V字コーナーで桃佳は大きく右にふくらみ、一気にインにとびこむ。そしてインのままストレートにはいる。オリビアはどうして抜かれるんだという驚きの顔をしている。新人のそれも女性ライダーの走りではないと思っているのかもしれない。これで15位。

 10周目、D社のアルジェに追いつく。彼もルーキーだが、成績は圧倒的に上だ。後ろについて走りを見るがなかなかスキがない。

 12周目、ファイナルラップ。H社のザルコがトラブルでピットイン。Y社のミールが5コーナーで転倒。その後のV字コーナーでアルジェがミスをしてオーバーランをしてしまった。桃佳のプレッシャーに負けたのかもしれない。これで桃佳は一気に12位に上がった。そしてフィニッシュ。予選のポジションにはもどれなかったが、桃佳にとっては手ごたえのあるレースとなった。スペンサーJr.は3位に入り、上機嫌であった。トップはD社のバーニー。彼もやっと自分の走りを取りもどしたようだ。

 その日の夜、ホテルのレストランで澄江さんと食事をしていると、カメラマンの千葉がMoto3チームの監督であるジュン川口とやってきた。隣のテーブルに座る。桃佳がジュンに声をかける。

「麻実さん、調子よさそうですね」

「そうだね。でも、彼女はポールをねらっていたみたいで、あまり機嫌はよくなかったよ」

「やはり、そうですか。負けず嫌いですからね」

 そこに、千葉がカメラのモニターを見せてきた。

「これ、今日のV字コーナーで撮ったやつです」

 と言って、桃佳のコーナリングの連続写真を見せてくれた。オリビアを抜いた時の写真だ。予想以上に上体を倒していることがわかり、

「これ、あとでプリントくださいませんか?」

 と、桃佳が言うと、千葉は

「もちろん。喜んで」

 と快く返事をした。今までの印象とは違い、千葉のやさしさを感じるひと時であった。


 日曜日。午前中にウォームアップランがあり、桃佳はベスト5のタイムをだすことができた。ただ、皆が本気で走っているわけではない。それと、中倉が前回のサンマリノで負ったケガの影響で欠場を決めた。スプリントレースには無理をして走っていたらしい。

 その後に、オープントラックでパレードランがあった。他のライダーは無理やり乗せられたという意識が強いのか、手を振ることもなく、お互いにおしゃべりをしている。でも、桃佳と岩上は地元のレースである。ずっと、手を振りとおした。観客やオフィシャルが手を振ってくれているので、無視するわけにはいかない。それにプラカードや垂れ幕で応援してくれているのはすごく嬉しい。さすがホームコースである。

 昼前のMoto3の決勝。米谷麻実がトップ争いをしている。古山も一時2位まで上がったが、その後130Rで転倒してしまった。そしてファイナルラップのダウンヒルからの90度コーナーで麻実はトップに立ち、そのままフィニッシュした。KT社勢は大賑わいである。関西から来ている麻実の応援団も盛り上がっている。

 午後の決勝。24周のレースが始まった。今回、マルタンと中倉が欠場しているので21台のレースである。桃佳はインコースをすすむ。マルタンがいないので邪魔をする者はいない。予選9位のベルゼッキの右につくことができた。そして第1コーナーでインに飛び込む。立ち上がり勝負だ。うまくいった。これで8位にあがった。3コーナーはタイヤがあたたまっていないので、無理をせず車列で走る。4コーナー、5コーナーも同様である。S字でやっとグリップを感じるようになった。V字では通常のラインで走る。最初から切り札を見せることはしない。前にいるのはマルケル弟だ。彼の走りもスペンサーJr.同様にアグレッシブだ。コーナーごとにリアタイヤをずらしている。

 3周目、90度コーナーでマルケル弟がスピードオーバーでふくらんだ。そこを桃佳が抜いていく。これで7位にあがった。次の目標はY社のクワントロである。かつて日本GPで優勝したこともある。だが、彼もタイヤにはハードの走りをしている。90度の手前ではリアタイヤが浮いている。

 5周目、90度コーナーで桃佳がインにマシンをもっていく。クワントロはレイトブレーキングをするが、ラインを守れない。アウトにふくらんでしまった。桃佳は6位である。次の目標はD社のモリビーである。イエローカラーがまぶしいマシンで、昨日は師匠であるルッシが応援にきていた。ルッシは今日富士で4輪のレースがある。国際レースが同日に日本国内で実施されるのは珍しい。

 8周目、モリビーは5コーナーで滑っていった。桃佳のプレッシャーに負けたのかもしれない。これで桃佳は5位に上がった。次はスペンサーJr.だが、だいぶ前にいる。

 12周目、やっとスペンサーJr.のスリップにつくことができるようになった。5車分ぐらいの差である。あとはタイヤを温存できるかどうかである。

 15周目、桃佳がスペンサーJr.の真後ろにつく。スペンサーJr.がサインボードを見てびっくりしている。周回のたびに桃佳がせまっているからである。ストレートではスペンサーJr.の方が速いが、コーナリングでせまられているのだ。桃佳は切り札のラインで走っている。

 20周目、1コーナーでスペンサーJr.がはみだした。桃佳のプレッシャーがきいたとしか思えなかった。桃佳は4位にあがった。だが、前の3台ははるか前にいる。バーニー、マルケル兄、そしてH社のミロが前にいる。

 24周のレースが終わった。バーニーの優勝でレースは終わり、マルケル兄がチャンピオンを決めた。ミロもH社のホームコースでの表彰台ではじけんばかりの喜びを現わしていた。それ以上に派手だったのは、マルケル兄のチャンピオン表彰である。トロフィーに自分のネームが入ったパネルをはめ込む時のマルケル兄の表情はまさに歓喜の表情であった。6年ぶりのチャンピオンは初優勝よりも嬉しいに違いない。


 桃佳はピットでもみくちゃにされていた。表彰台にはあがれなかったが、ドライのレースでの上位入賞である。ホームコースでの優位はあるが、だれもこんな上位でフィニッシュするとは思っていなかったのである。担当メカの木村は涙を流して喜んでいる。

 ところが、スペンサーJr.は荒れている。負けるわけがない桃佳にガチ勝負で負けてしまったのだ。チーフの岡崎から

「Tire trouble 」(タイヤトラブル)

 と言われていたが、タイヤの使い方が桃佳の方がいいのは明らかだ。スペンサーJr.が招いたオーバーランとしか言いようがない。


 次戦は1週間後のインドネシア。暑さとの戦いでもある。桃佳は今回の自信をつなげていきたいと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る