第17話 MotoGP 第15戦 スペイン・カタルニア
9月になって、桃佳はマネージャーの澄江さんとともに、スペインのバルセロナに来ていた。バルセロナはオーバーツーリズムで観光客がやたら多い。でも、桃佳は有名人になっており、空港を歩いていてもいろんな人が振り返るし、中には声をかけてくる人もいる。MotoGPの女性ライダーとしてポスターに顔がでているから無理もない。でも、澄江さんがしっかり守ってくれるのでありがたい。
カタルニアは昨年の最終戦Moto3で優勝したゲンのいいサーキットだ。だが、FP(フリープラクティス)でタイムが伸びない。やはりMotoGPマシンの重量に手こずっている。
1kmあるメインストレート先の第1コーナーでどうしてもスピードを落としがちだ。Moto3では苦にならなかったシケインが桃佳の最大の課題だ。
結局、KT社勢で唯一Q1からのスタートとなった。2回のアタックをしたが、1分38秒513のタイムしかだせなかった。Q1トップのクワントロの0.6秒落ちである。ルーキーだから仕方がないというのがまわりの反応だったが、ビリ3の22位からのスタートである。桃佳としては満足すべきポジションではなかった。それより気になったのは一昨年チャンピオンであるバーニーの不振である。なんと、桃佳の前の21位からのスタートとなっている。これには桃佳も驚きの顔を隠せなかった。
夕方のスプリント。桃佳は8列目のアウトにいる。バーニーは7列目のイン。チーフメカの岡崎からは
「バーニーの後ろについていってみてください。きっといい勉強になりますよ」
と言われた。桃佳もそのつもりだった。
レーススタート。桃佳はラインを交叉させてインにマシンをもっていく。うまくバーニーの後ろにつくことができた。バーニーはインコースをそのまますすむ。他のライダーがアウトにいくので、インはがらあきだ。するするっと前にいける。課題の第1コーナーはバーニーに続いて曲がることができた。桃佳はポジションをあげたように感じた。1周目は様子見で無難に過ぎた。
2周目、桃佳は20位に上がっていた。やはりインコースのラインは成功だった。そこからはバーニー塾の始まりである。D社のマシンは加速がいいが、今回はKT社も負けてはいない。スペンサーJr.は予選5位からスタートし、クワントロと3位争いをしている。
バーニーと桃佳の大きな違いはブレーキングである。バーニーのブレーキポイントは桃佳よりずっと深い。思い切っていって、激しいブレーキをかける。どちらかというと、スペンサーJr.に近い走りだ。だが、ブレーキングでマシンがぶれているし、時にはリアタイヤが浮き上がっている。このあたりが、今年のバーニーの不振の原因かもしれない。ちまたの話では、D社の最新マシンにバーニーが適応できていないということだ。マルケル弟が昨年のマシンで好成績をおさめているので、もしかしたらそっちの方が乗りやすいのかもしれない。
バーニーのコーナースピードがあがらないので、桃佳もついていける。8周目、第2集団のモリビーとマルタンが接触転倒、アルジェとベルゼッキも接触転倒となった。9周目H社のマルーノが転倒。5台がコースからいなくなったので、桃佳は15位に上がった。
11周目、トップを走っていたマルケル弟が3コーナーでスリップダウン転倒。これで2位につけていたマルケル兄がトップにあがった。2位にはクワントロ、3位にスペンサーJr.がいる。桃佳はバーニーに続いての14位となった。
スプリントレース終了。桃佳は14位で終わった。ポイント圏内まではいかなかったが、バーニーの後ろについてラインどりやブレーキポイントの違いを学ぶことができて収穫のあるレースとなっていた。ひとつ嬉しかったのは中倉が9位に入り、ポイントを獲得したことである。やっと彼も本調子にもどってきたようだ。
その夜、ホテルのレストランで中倉に会った。桃佳が澄江さんといっしょにいると、中倉が寄ってきて
「ごいっしょしていいですか?」
と相席を求めてきたのである。別に断る理由がなかったので、
「どうぞ」
と言うと、3人で夕食をとることになった。頼んだメニューはパエリアである。4人分が大皿できて、3人で分け合って食べた。中倉はふだんあまりしゃべらない方だが、澄江さんがうまく話の誘導をする。
「今回のレースは調子よさそうですね」
「なんとか、ケガの具合もよくなってきたし、ここは昨年の最終戦のあとに初めてGPマシンに乗ったところですからね。初めてじゃない感じがするんです」
「3列目からのスタートでダッシュを決めたら、上位にあがれるんじゃないですか?」
「どうですかね。真ん中のポジションですから、両側からはさまられたら下位に落ちるかもしれませんよ。それより桃佳さんはアウトからのスタートだからチャンスじゃないですか? 今日はバーニーについて走ったんでしょ」
と言うので、桃佳は
「明日もバーニーについていくつもりです。今日のスプリントでバーニーさんの走りをだいぶ知りましたから、ついていけると思います」
「それはすごい。一昨年のチャンピオンについていけるなんて、ルーキーの言葉じゃないな」
「それは言い過ぎじゃないですか? 中倉さんもルーキーですよね」
と澄江が言うので、桃佳は
「中倉さんはMoto2チャンピオンで、私はMoto3の経験しかない。レベルが違いますよね」
と謙遜して言っている。とか言っているうちにディナーは終わった。中倉からこの時の話を聞いて一番悔しがっていたのが古山である。
「いいな~。オレも桃佳さんといっしょにディナーを食べたかった!」
と、優勝したら桃佳さんとディナーの約束をしている古山にとっては中倉に先を越された印象だった。これが決勝へのパワーとなったのかもしれない。
日曜日の決勝。Moto3で、古山はがんばった。一時は2位で走っていたが、ファイナルラップの最終コーナーで抜かれ3位になってしまった。久しぶりの表彰台でうれしいはずなのだが、初優勝を逃した悔しさでいっぱいだったのだ。(あと少しで桃佳さんとデートできたのに・・)というのが本音だったようだ。
MotoGP決勝。前の2レースでどちらもスペイン人が優勝し、サーキットは異様な盛り上がりである。
でも、桃佳は前の列にいるバーニーしか見えていない。バーニーも一人で集中している。
決勝スタート。バーニーはインコースをダッシュする。桃佳もそれについていく。そして第1コーナーで集団にのまれる。だが、スタートダッシュに成功して、桃佳は16位にあがった。バーニーの2つ後ろである。
2周目、1コーナーでベルゼッキがモリビーと接触しバランスを崩して転倒。その後ろにいたバーニーがブレーキをかけると、直後にいたアントニオが転倒。危うく桃佳も巻き込まれそうになったが、なんとか切り抜けた。これで桃佳は14位にあがる。
3周目、アルジェがロングラップペナルティを消化する。昨日のスプリントでアクシデントをおこした原因を作ったペナルティである。桃佳はこれで13位にあがる。
5周目、モリビーもロングラップペナルティをこなす。彼も昨日のアクシデントの原因を作っていた。桃佳はこれで12位。バーニーの後ろについている。
7周目、KT社のベンダーが7コーナーで転倒。今回は調子よかったのだが、無理をし過ぎたのかもしれない。桃佳は11位にあがる。
11周目、10コーナーでH社のザルケが転倒。これで桃佳は10位となる。バーニーの前に中倉が見える。彼はスタート直後の混乱で順位を落としていたが、予選ポジションまで順位をもどしていた。しばしの間、中倉・バーニーの8位争いが続く。桃佳は少し離れて二人のバトルを見ることができた。
15周目、バーニーが1コーナーで中倉を抜く。突っ込み勝負で勝ったのだ。だが、二人の8位争いはつづく。
20周目、7位のマルーノに二人が追いついた。少し後に桃佳が続いている。残り4周。
22周目、バーニーのマシンがふらつき始める。ブレーキのたびにタイヤがゆれる。やはりバーニーのライディングはタイヤに負担をかける。これが今年の彼の不振の原因かもしれない。
23周目の第1コーナーで中倉がインに飛び込む。バーニーのマシンがゆれている。ラインが交叉するが、2コーナーの立ち上がりで中倉が前にでた。彼はずっとぬきどころをさがしていたのだ。桃佳はそういう中倉の走りを見て頼もしくさえ思った。
24周目ファイナルラップ。7位のマルーノが5コーナーで大きくふくらんだ。後ろからのプレッシャーに負けてブレーキミスをしたのだ。そこを3台が抜いていく。桃佳は9位にあがった。中倉やバーニーがマルーノにプレッシャーを与えてくれていたので、いわば棚からぼた餅である。結果、9位でフィニッシュできた。シングルフィニッシュはルーキーとしては御の字である。優勝はマルケル弟、2位にマルケル兄。兄弟でチャンピオン争いをしている。スペンサーJr.は4位に終わった。リアタイヤにソフトをはいたのが敗因だったと悔やんでいた。
次戦は1週間後のサンマリノ。バーニーは地元での復活を期しているようだった。桃佳も2週間後の日本GPに向けて上位入賞をねらっている。中倉も同様である。
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