第14話 夏バカンス 富士山

 鈴鹿8耐を終えて、桃佳は1週間の休みをもらった。ザルツブルグにはオーストリアGPの1週間前までにもどってくればいいと言われたので、久しぶりに家族で水いらずの時を過ごそうと思っていた。

 でも、2日目にマネージャーの澄江さんから電話があった。

「友だちといっしょに富士山に行く予定だったんですが、友だちの都合が悪くなりました。桃佳さん、富士山に行きませんか。なんなら妹さんもいっしょにいかがですか?」

 ということで、妹の由香に言うと、

「行く、行く」

 と大きな声で乗り気まんまんである。高校3年生なので、進路問題があるはずなのに

「行きたい専門学校はきまっているし、それなりの結果はだしているから大丈夫よ」

 という。どうやら看護学校にいくつもりらしい。両親に言ったら、

「せっかくの機会だから言ってみたら・・」

 ということで、2日後に富士山に行くことになった。

 10時に新宿で澄江さんと合流。そこから富士山吉田口行きのバスにのる。澄江さんも富士山は初めてだそうだ。バス内で一方的に話しかけてくる。

 SAで休憩の後、午後3時には富士山吉田口に着いた。そこで、入山手続きをする。事前に澄江さんが予約をしていたので、すんなりいく。入山料は一人4千円。持ち物のチェックを受けて登山開始。防寒着と雨具のチェックは全員されていた。中には、入山拒否をされている外国人もいたが、近くの売店で雨具を購入してOKがでたようだ。

 午後4時、5合目からゆったりした斜面をのぼる。広くて歩きやすい登山道だ。前から小さなブルドーザーがやってきた。クローラーというらしい。山小屋に荷物を運ぶのだそうだ。今日の分は終わっての帰り道らしい。8合目まではクローラーで行けるとのこと。

 午後5時、6合目着。1回目の休憩である。山小屋の売店でスポーツドリンクを買おうとしたら300円もした。運搬料がかかるから無理もない。

 午後6時、7合目着。本格的な登山道になってきた。澄江さんが

「浮き石に気をつけてくださいね。グラグラとした石にのると、足首をひねってしまうことがありますからね。できれば前の人が歩いたところをいくのが安心ですよ」

 と言う。さすが、登山経験者である。

 午後7時、今日の目的地である予約していた8合目の山小屋に到着。そこでリュックを降ろす。体がすごく軽く感じる。そして、指定のベッドに荷物を置く。その幅80cm。寝返りはできない幅だ。手前は大きく開いているのに、奥から詰め込まれる。どうやら、夜遅くなってから到着するお客さんがいるようだ。

 一度、山小屋の外に出てみる。夕景がきれいだ。太陽は反対側なので、夕陽は見えないが、だんだん暗くなる景色は少しロマンティックだ。しばらく見ていると、麓の町のライトが見え始めた。まるで、ライトアップされたミニチュアタウンだ。これはこれで結構見応えがある。澄江さんは得意のカメラで撮影している。

 夕食はカレーライスだった。食器を洗わなくてもいいように紙皿とプラスチックスプーン。それに牛乳がついている。ヤクルトにチェンジも可能とのこと。水は貴重品だ。明日の朝用におにぎりがついて、1泊2食で9千円。高いようだが、入山制限をしているぐらいだからちょうどいいのかもしれない。

 9時には消灯。スマホも禁止である。ウナギの寝床みたいなところで、一人でも起きていると迷惑でしかない。眠くなくても目を閉じるのがマナーである。

 桃佳は疲れもあったのか、すぐに寝入ってしまった。

 午前3時半。澄江さんに起こされる。他のお客さんたちも起き出している。妹の由香が寝ぼけている。こんなに早く起きたことがないからだろう。なんだかんだと言って、出発は宿泊客の最後になってしまった。

 朝ごはんのおにぎりを受け取り、ヘッドライトをつけ、夜の登山開始。登山用スティックで浮き石かどうかをチェックしながら登る。というより、前の人の後ろについて歩く。ヘッドライトの光が頂上まで続いている。下を見ると、6合目あたりから行列だ。

 午前6時、やっと9合目に到着した。行列なので、歩みが遅い。あたりは白んできた。ヘッドライトはいらなくなった。頂上は近いがまだ見えない。

 午前7時、やっと頂上近くの鳥居が見えてきた。ここで皆の歩みが止まった。日の出の時間になったのだ。雲の隙間から陽の光がさしている。まるで照射するみたいに太陽の光がさしている。まさに神々しい景色だ。頂上で見ることはできなかったが、桃佳にとっても日本一の景色と思えるものだった。しばらくその光景を堪能した後、また登山を始めた。30分ほどで頂上についた。ここでまた、太陽に感謝である。桃佳はやはり日本人なんだなと思っている。妹の由香も満足した顔をしている。澄江さんはカメラで撮りまくっている。

 神社にお参りした後、郵便局にいく。栃木の実家と宮城の祖父宅に手紙を書く。富士山頂からでも郵便料金が同じなのはなんか不思議な感がする。なにせスポーツドリンクは500円もするからだ。

 あたりを見ると人だかりだ。入山制限をしてもこれだけの人がいるのだから、かつての人混みはこれ以上だったのだろう。2時間ほど頂上にいて、下山をすることにした。

「下りはケガをしやすいからね。一歩一歩気をつけて歩いてね。間違っても早足にならないようね。あわてなくていいから」

 との澄江さんのアドバイスを受け、気をつけて歩くことにした。だが、後からかけ足で降りていく若者がいる。道を譲るが、危なかっしくてしょうがない。

 12時に泊まっていた山小屋に寄る。預けていた荷物を受け取り、昼食をとる。やきそばがおいしかった。

 2時に7合目通過。このあたりから雲行きがあやしくなってきた。風が強い。澄江さんは

「天気は下り坂だね。少し急ごうか」

 ということで、ペースが少し上がった。

 3時に6合目通過。カミナリの音が聞こえ始める。

「やばいね。念のために雨具を着ようか」

 ということで、雨具を着込んだ。すると、ポツポツと降り始め、5合目に着いた時にはドシャ降りになってしまった。更衣室にとびこみ、レンタルタオルで体をふいてすっきりした。

 夕方5時の新宿行きのバスに乗り、富士登山は終わった。3人とも疲れて、バスの中で熟睡だった。

 疲れはしたが、桃佳にとっては日本人を再認識するいい経験となった。これで、日本の自慢がひとつ増えたと思っていた。

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