第29話「増殖する恐怖、弁慶の必殺光撃!」

 その時だった。ドゴォォンという音と共に、桜京おうきょうの町の方から火の手が上がる。

「な、なんだ!?」

「町の方か?」

 麓の村人たち、そして涅鴉无ねあんの部下である鬼たちも狼狽えている。

「フフフハハハハ! 町を襲うのは何も鬼ばかりではないぞ? ワタシが連れてきた魔族たちも腹ペコだと言ってな。今頃は鬼と一緒にディナーを楽しんでいるだろうさ」

 ベルフェゴールは愉快そうに笑う。


「そんな! 今すぐに行かないと大勢の人が! ラグーさんは強いから大丈夫だとしても、お美津さんや六村さんの命も危ない!」

 ベルフェゴールの言葉を聞いた若矢は、すぐにでも町に戻ろうとするが真之介に止められる。

「待ってください! 桜京の町には陰陽師や武士が常駐してますし、他国の冒険者たちが多数宿泊しているはずです。それに秀さんは強い人ですし、お美津さんたち町の人はきっと大丈夫です!」

「でも……」

 真之介の言葉に若矢は納得がいかないようだ。

 確かに町そのものは大丈夫かもしれないが、町の人全員を助けられるかと言えばそれは保証できないからだ。


「はっ、バカな鬼殺しのガキだぜ! お前は知らねぇのか? 近々、江城えしろで大きな国同士の話し合いが行われるって話をよ」

 その言葉に若矢とタイニーは、ハッとする。

 自分たちもまさにその目的のために、江城に入ろうとしていた。各国の要人たちが集まるということはそれだけの警備割く人手も必要になる。

 つまり……。


「つまり30年前の夜と同じ、手薄な桜京に再び児赤にせきが現れ、人々を喰い殺すってわけよ! だが、今回は前回とは違うぜ? なんせ反乱を起こした俺らと魔族まで桜京に攻め入るんだからなぁ。桜の都と呼ばれた桜京は、今宵我らの手によって陥落するのだ!」

 重企じゅうきは嬉しそうに高らかに笑う。

 町人たちのほとんどは魔族や鬼の前には手も足も出ない。本来よりも警備が薄い上に鬼と魔族が結託して攻めてくる以上、桜京の都は壊滅してしまうだろう。

「真之介! 鬼殺しのお前が頼りだ! 町に行って数少ない戦える者と一緒に鬼と魔族の侵攻を食い止めてくれ。町を……桜京を守ってくれ!」

 若矢は真之介に訴えるように告げる。ここは鬼との戦闘に慣れているであろう真之介が町に行ってくれた方がいい、と判断したのだ。この世界に来たばかりの自分よりは、土地勘もあるだろう。


「はい! もちろんです!」

「タイニーも行こう! じいちゃんと合流して、一緒に戦うんだ!」

 真之介が力強くうなずくと、タイニーもすぐに彼の後に続く。

「頼んだぞ、2人共!」

 若矢は2人の背中に向かって叫んだ。

 弁慶はというと、薙刀を取り出して若矢の隣に並ぶ。

 屈託のない笑顔で

「ボクはお兄さんと一緒にあの化け物と戦うよ! あの化け物やっつけたいし!」

と力強く言う。

 この状況でも笑顔を崩さない弁慶を見て、少し気が楽になるのを感じた若矢。

(そうだ、周りには強い味方だってたくさんいるんだ……!)

 

 決意を新たにした時だった。

「えいやぁっ!!」

 弁慶が薙刀に闘気の光を宿し、それを光の斬撃として放った。その斬撃は児赤の巨大な手を一本切り落とす。

「ゲギャアアアアアアアアアアアッ!!」

 児赤は大声でうめく。

「す、凄い! なんて一撃だ!」

「こ、これならすぐにでも!」

 弁慶の一撃を見た人々や鬼は、歓喜の声を上げる。


 だが……。なんと切り落とされた手の形が変わり、少し小さい児赤が再生したのだ。

「そ、そんなバカな!」

「ふ、増えた……?」

 人々はその光景を見て、絶望の表情へと変わる。

「あの児赤の肉体はね、ワタシの作った薬で増殖するように体質を変化させたのだよ」

 ベルフェゴールは愉快そうに説明すると、さらに続ける。

「切り落としたり潰したりしても無駄だ。そこから新たな児赤が生まれるのだ」

 その言葉に絶望する人々。だが、

「わかった! じゃあアイツを全部倒せば問題無しだね!」

と弁慶が笑顔で言う。


「そ、そうか……!」

 若矢はハッとなる。確かに切り落としたり潰したところであの巨大な肉体が存在する限りは意味がない。ならば……その根本から断つしかない。

 しかしベルフェゴールはそれを見越したかのようにニヤリと笑う。

「そう簡単にいくかな? 児赤のあの巨体と凶暴性を相手にしてなぁ。フフフ、して正解だったようだな、フハハハハハ!」


 ファブリス……。その名前に強く反応する若矢。

「勇者ファブリス!? お前、ファブリスさんたちを知っているのか!? 実験ってどういう意味だ!?」

「ああ、知っているとも。今、児赤に浸かっている薬を使用したネズミと戦ってもらったのだよ。勇者ファブリスと仲間の僧侶にな」

(僧侶……リズさんのことか……!!)

 若矢は怒りが籠った瞳をベルフェゴールに向けて叫ぶ。

「彼らをどうしたんだ!?」


「実験に付き合ってもらったのだよ。勇者とその仲間のくせに情けないことに、ヤツらはネズミのエサになりかけていたよ、フフフ!愉快だった。なかなか面白いショーを見せてもらったよ!」

 ベルフェゴールは笑いながら言う。

「な、なんだと……。ふざけるなぁッ!!」

 若矢がさらに拳を握りしめて叫ぶ。

「まぁまぁ落ち着け……。結局ヤツらは死ななかった。マリナという、ヤツらと一緒に旅をしていた女の邪魔が入ったのでなぁ」

「マリナ? ……誰のことだ!?」

 若矢は混乱したままベルフェゴールに問いかける。

「いや、あの女のことはよく知らん。だが……勇者たちはマリナのことを仲間と呼んでいたよ。最後には、マリナの方から見限っていたようだがな……」

 その言葉に、さらに混乱する若矢。

(俺とはぐれた後にファブリスさんたちの仲間になった人……なのか?)

 若矢が困惑していると、弁慶がスッと彼の前に立つ。そして児赤に向かって再び闘気の光の斬撃を放つ。


「お兄さん! 今は難しいこと考えずにあの化け物やっつけようよ!」

と微笑む。

 その言葉に我に帰る若矢。確かに今の目的はただ1つ……町を守ることだ。そのためには目の前の巨大な児赤を倒すしかない。

「そうだな……。よし、やるぞ弁慶!」

「うん!」

 2人は目の前に立ち塞がる2体の児赤を見据えた。

(とりあえずファブリスさんたちが生きていることがわかっただけでもよかった……)

と自分に言い聞かせる。今は目の前の敵を倒すことに集中しよう、と。



「よし、弁慶は左の小さい方を頼む!」

 若矢が指示を出すと、弁慶は黙ってうなずき左の方へ駆けていく。若矢自身も右の大きい方へと駆け出した。

 巨大な腕が横薙ぎに振るわれるが、それを跳躍して躱すとそのまま胴体へと拳を叩き込む。拳は闘気の力で威力を増している。

「切ったり、壊したりするから分裂するんだ……。こいつの形を保ったまま、倒せれば……!」

 若矢は呟きながら、己の拳に意識を集中する。すると彼の両手から闘気が光となって溢れ出す。そのまま2体の児赤の胴体を殴りつけると……その巨大な肉体が爆散する……が、しかし。

(クソ、やっぱり大きすぎるか……!)

 爆散して飛び散った肉片が集まり出し、3体目、4体目の児赤が増殖する。


「わわっ! もっと増えちゃったよ!」

 弁慶の方でも児赤を増殖させてしまったようで、大きさこそ最初の1体に劣るものの、それでも十分な巨体の児赤が複数体生まれ、それらが桜京の町を目指して進み始めていた。

 鬼や村人たちも攻撃して止めようとするが、その攻撃によって飛び散った児赤の一部から新たな児赤が生み出されてしまう。

「くっ……! まずいぞ!」

 若矢は焦りの表情を見せる。



 一方、その頃。

 重企をリーダーとする裏切者の鬼と、涅鴉无は1人で戦っていた。

「……僕の粛清が効かない、か……。これもあのベルフェゴールとかいう魔族のおかげか?」

「そうとも! お前が持つ他の鬼を一瞬で絶命させることができる能力は厄介だ。それがお前の頭目たる力の象徴だからな。……だが、俺は知ってるぜ? その能力は鬼の血液を操作してるんだろ? つまり、一時的に鬼の血を別のものに入れ替えれば、その能力の影響を受けずに済むってわけだ」

 重企はニヤリと笑う。

「なるほど、それであの魔族に頼んで血を一時的に変質させる薬でも作ってもらったということかな?」

 涅鴉无が言うと、重企は満足そうにうなずく。

「さすがは鬼の頭目ってか。どうする? 粛清ができないお前が、この数を相手にして勝てると思ってんのか?」

 重企は刀を抜いて、ゆっくりと涅鴉无に向かって歩み寄った。

「さてね……。でも僕だって簡単にやられるつもりはないよ」

 涅鴉无もまた腰から剣を抜くと構える。

「はん! まぁいいさ。お前の首をあのガキどもの首と一緒に飾り付けるのも悪くない。野郎ども、やっちまえ! 皆殺しだ!!」


 重企が叫ぶと、彼の後ろにいた鬼たちが一斉に動き始める。

「やれやれ……これは骨が折れるね」

 涅鴉无も剣を構えると、向かってくる鬼たちに向かって走り出した。



 一方。若矢と弁慶は児赤の分裂を食い止めようと奮闘していた。

「はぁッ!」

 若矢が拳を振るう度に、児赤の肉片が飛び散り、そこから新たな個体が生まれる。

(ダメだ! きりがない!)

 若矢が拳を握り締める。するとそこに弁慶がやって来て、彼の腕を掴む。

「お兄さん、ここは任せて!」

 そう言って弁慶は前に出ると手を前に突き出す。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 叫ぶと同時に弁慶の手が水色に光っていく。そして次の瞬間、手から闘気のビームのような光線が放たれ、児赤に直撃する。

「ギャアアッ!!」

 児赤の1体が爆散し、消滅した。

「弁慶!? そんな技が使えたのか!?」

 若矢は驚きの声を上げると、弁慶はニコリと笑う。

「うん! まだ、結構疲れるんだけどね。闘気? を使えるお兄さんもきっと使えるはずだよ!」

 弁慶はそう言うと、さらにもう1体の児赤に向かって光線を放つ。するとまたも爆散し、消滅した。


「わかった! やってみるよ!」

 若矢はうなずくと、再び拳に闘気を宿す……が、どうしても弁慶のように光線として放つことはできない。

「あ、あれ? 弁慶が特殊なのか?」

 若矢は困り果て、思わず呟いてしまう。

 弁慶は次々と闘気のビームで児赤を消滅させていく。

(俺は修行しないとできなさそうだな……。でも、この方法なら児赤が増殖しない!)


 若矢を始め、多くの人が弁慶を見守っていた。

 だが、何発か撃ち終えると弁慶の闘気が弱まり始める。そしてついにビームを放つどころか、弁慶の体を覆っていた闘気のオーラが消えていく。

「……ごめん、ボクちょっと疲れちゃったみたい……」

「闘気の使い過ぎか……」

 若矢は心配そうに弁慶を見つめる。

 そうしている間にも、児赤は歩みを進めていくのだった。

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