第12話 草村アカリ、妖狐に飴玉パンチする
「真田、大丈夫? 病院行こう」
派手に蹴られた真田の容態が気になり、アカリは谷口カナの宣戦布告をほとんど聞いていなかった。
血まみれの顔に手を添えると、真田は気丈にも微笑んで、
「ああうん、平気。このくらい、舐めれば治る」
ぺろりと舌を出し、本当に滴り落ちる血を舐めた。
「え……」「ブ……」
すると、瞬く間に血は消え失せ、最初から何事もなかったかのように真田の顔が元に戻る。
「やったぁ! 真田さん、復活――っ」
「バカは死んでも治らない~~~」
「ブヒっ!!」
真田の取り巻きヤマトとタケルは無邪気に喜んでいるが、明らかにおかしい。
こんな簡単に蘇生する人間がいるだろうか。金持ちはこんなことまで可能なのか。
アカリは呆けたように真田を見つめた。
「ん? どうかした?」
真田が小首を傾げてアカリを見つめ返す。
「う、……ううん、なんでもっ」
おかしい。真田の様子がいつもと違う。
なんか。なんで……キラキラしている。無防備な寝ぐせさえキュートに見える。
アカリは無駄にバクバクする胸を押さえた。
「ブヒ?」
ミニブタのモモの柔らかさと温かみを感じる。
一旦落ち着こう。真田にドキドキするなんておかしい。
アカリは気を取り直してもう一度真田を見つめ、
「なに?」
無駄に眩しい横顔に瞬殺された。天使の矢が突き刺さる。
おかしい。おかしい。
いつものバカはどこ行った?
なんだか今日はやることがスマートだし、鋼のメンタルで谷口カナと別れてたし、回復力が鬼早い……
やっぱり。やっぱり。
今までの真田は世を忍ぶ仮の姿で、本当の本当は光の剣士様なんじゃ……
「ブヒ? ブヒヒ?」
無意識のうちにモモをつかんで胸の高鳴りを押さえていると、
「アカリ。ちょっとごめん」
真田の腕が伸びてきて、その広い胸に抱きすくめられた。
えええ―――……
なんか真田いい匂いするううう―――――っ
頭がくらくらして前後不覚に陥っているアカリの手から真田はするりとモモをつかみ取り、
「ブヒヒ―――っ!!」
モモの口を開かせると強引に指を突っ込んだ。
「ちょっ、真田っ!?」
モモの悲鳴に我に返り、慌てて止めに入るが、
「しっ! アカリは下がって。俺から離れるなよ」
怖いくらい真剣な真田の背後に隠された。
広い背中。すっと伸びた背筋。肩から続くきれいなライン。
いやがうえにも、昨日見た光の剣士様の美しい後ろ姿に重なる。
『お前は俺のもんだからな』
少しかすれた剣士様の甘やかな声が蘇る。
『俺から離れるなよ』
声音は全く似ていないのに、やはりどこか真田と重なる。
「ブ、ギブギブギブ―――――っ」
しかし深く考えている余裕はなかった。
ギブだと言っているのに真田はモモの喉奥に手を押し込んでいる。更にいつの間にか周囲の様子が変わっていた。通勤通学でにぎわう朝の駅前で、人々はぴたりと動きを止めている。すぐそばにいるヤマトとタケルも口を「つ」と「い」の形に開けたまま浮かれた調子で静止している。凍り付いたように。
昨日行動のトイレで見た光景が脳裏をよぎった。
臓器を抜かれたと思われるD組の加藤さんも同じように叫び声を上げたまま静止していた……
「きゃああっ」
突如、足元の地面が盛り上がってボコボコとうねったかと思うと、土の中から人間の形をしたものが這い出していた。
「な……、なにこれ」
「ゾンビ」
ゾンビぃ??
土人形のようなゾンビは次々と地面から這い出し、静止している人々をつかんだかと思うと、ぬちゃぬちゃとその体内に入り込んでいく。
「いやあああっ」
ゾンビに乗っ取られた人たちは虚ろな目で、ずるりずるりと前進し始めた。アカリに向かって。
粘土のように冷たくぬるっとしたゾンビの手が、左右前後からアカリに伸びてくる。足首をつかまれる。腕をつかまれる。髪をつかまれる。
アカリは夢中で真田の背中に縋り付いた。
「コブタっ、本気出せ」
「ブヒブヒブッヒ―――っ!!」
きつくつむった目の奥で閃光が弾ける。
ゾンビの臭気と冷たい感触が遠ざかる。
恐る恐る目を開けると、真田とアカリの周りに光の結界が出来、有象無象のゾンビたちを跳ね飛ばしていた。
「ウウウ、ウウウ……」
ゾンビたちは虚ろな目をしたまま起き上がり、あきらめきれないように結界の周りをうろうろする。
「あ……」
その間を縫って、ひと際激しい臭気とおどろおどろしさを纏ったゾンビがまっすぐこちらに向かってきた。
「谷口さん……?」
九高の制服を着て、飛び切り可愛い顔が今や蒼白な粘土細工のようにのっぺりとしている。虚ろに開いた瞳の奥にゆらゆらと狐火のような明かりが見える。
「ブヒ……?」
「いや。彼女は操られている。中身は恐らく妖狐だ」
ヨウコ? ……妖狐?
蛇と蜘蛛の次は狐の妖怪か。
別人のように頼もし気な真田は、なぜか何でも知っている。
中身が妖狐であるらしい谷口カナは強力な妖気を発しながら、ぬらりと結界を突き破り、炎が燃える目をアカリに向けた。
『ばっきゃろ~~~、覚えてろ~~~~っ』
先ほど彼女が残した捨て台詞が耳の奥でこだまする。アカリは胸の奥が痛むのを感じた。
迫りくる妖狐は、凄まじい怨念を持っている。その怨念が炎となり、燃え盛り、アカリを包んで焼き尽くす。
『ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、……』
熱い。全身に燃えるような熱さを感じる。身動きできない。焦げて、燃えて、粉々になる……
シュバっ
妖狐から噴射される炎の塊を真田が指先から放出した光で切り裂いた。アカリを守るように立ちはだかった真田の背中から、ひんやりとした冷気を感じる。そのおかげで燃えるような熱さから解放され、アカリは止めていた息を吐いた。
シュバっ、シュバっ、シュバっ……―――
しかし次から次へと炎の塊が飛んできて、しかも勢いを増している。左手にがっちり噛みついたモモをぶら下げた真田は、右手を振ってたちどころに切り裂いていく。しかし、じりじりと押され、熱に巻かれて苦しそうに見える。
「……真田」
どうしよう。何か。真田に加勢出来ることはないか。
制服のポケットをまさぐり何かないかと探すと、まるっとしたものが指先に触れる。
『あーちゃん。お腹空いたら食べてね』
それは今朝、登校前にハルさんがこっそり持たせてくれた飴玉だった。
学校におやつを持っていくなど、草村アカリ史上初のイベントである。
アカリはハルさんにもらった飴玉をしっかり握りしめると、呼吸を整えて前進する。
腹は決まった。
大事なイベントを邪魔するなんて許さない。
「アカリ?」
「び、……貧乏人の底力舐めんなああああっ」
つかつかと進み出たアカリは、貧乏で培った火事場のバカ力を用い、気迫だけで妖狐に飴玉パンチをお見舞いした。
手のひらでドーンと火花が散る。アカリは宙に吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
「ブヒヒっ」
「やるじゃん」
叩きつけられた衝撃で朦朧とする意識の中、モモをぶら下げたままの真田が駆け寄ってくるのが見えた。彼は優しくアカリを抱き起こすと、
「……妖狐。人間使うなんてだるいことすんな。直接出てこい」
ぞっとするほど冷徹で鋭い視線を空に投げる。
やっぱり。やっぱり……
「……けんしさま」
温かく安心する真田の腕の中、アカリの意識はそこで途切れた。
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