【レベル9】無気力魔王子レオン、最上級の魂を宿す平凡貧乏女子高生を護る

みつきみみづく

第1話 無気力魔王子レオン、人間界に降りる

「レオン様ぁ、本当にあの娘なんですかぁ? なんかみすぼらしくないですか?」


「……うん。まあ、確かにな。でも、まだ開花したばかりだからな。成熟したら極上の魂になるんだろうよ。あのお方の魂だけに」


「そうですよねぇ。はぁあ、レベル9の魂ってどんななんですかね。少しくらい味見してみたいものですね」


「馬鹿か。手出したらお前でも殺すよ? あいつは、……俺のものだ」


「はーいはい。分かってますって」


 生温かい空気が澱む丑三つ時。

 重く垂れこめた雲の合間から二対の目が覗く。


 彼らは今宵、人間界に来たばかり。

 重要な任務を帯びて。


「それにしても、レオン様。一度も狩ったことがないって、どんだけサボってんですか、仕事」


「仕方ないだろ、面倒臭いんだから。別にやらなくても生きていけるし」


「そうですけど。……一度もないって、むしろ今回ちゃんとできるか心配になりますよ」


「おい、ハルト。お前、誰に向かって口をきいてる」


 瞬間、ハルトは動けなくなった。口を開けない。瞬きが出来ない。息も出来ない。

 強力な魔力。絶対的な。圧倒的な。底知れない。


 思い知らされる。


 自分の隣にいる人は、本当は魔界で最高峰に位置する存在なのだと。


 本来、自分なんかが軽々しく口をきいていい存在ではない。

 自分を付き従わせてくれるだけで既に奇跡みたいなものだ。


 隣で、指先1つ煩わせることなくハルトの自由を奪ったレオンは、魔界ではちょっとした変わり者で知られている。

 魔界の支配者、大魔王グレゴルンに絶大な期待を寄せられながら、支配権争いには参加せず、王位継承権も8番目に甘んじて、のらりくらりと仕事をさぼり、好き勝手に生きている。

 が、本当はグレゴルンでさえ叶わないほどの強大な魔力を持つ正統な魔王子で、

 魔界のみならず世界を破滅に導くことも、すべての存在を無に帰してしまうことも可能だと言われている。


「……面倒臭いことさせんな」


 レオンがぽつりとつぶやいて、瞬時にハルトの金縛りが解けた。冷や汗が滲み、肩で息をする。五臓六腑が焦り狂ってどくどく脈打つ。


「……も、申し訳も、ございません」


 生まれながらにしてそれだけ強大な魔力を持っているのに、レオンは何もしない。

 明らかに自分より無能な兄王子たちが、血眼になって力を求め、支配者になろうとし、残虐の限りを尽くしたり、快楽の限りを謳歌したり、レオンを卑下したり挑発したりしても乗らない。


 どうしても従者を選ばなければならない時も。


 兄王子たちは従者を競わせ、少しでも有能な者を手に入れていたのに、……


 ハルトは、ちっぽけなゴブリンで、その権利もないのに王子たちの従者選抜戦をこっそりのぞきに来ていた下層妖魔だった。

 選抜戦のさなか、兄王子に見つかって、


「力試しに俺が処刑してやる」


 八つ裂きにされそうなところを、


「俺、こいつにする」


 レオンの気まぐれで救われた。


「選ぶのめんどくせえ」


 他のどんな優秀な従者も全て兄たちに譲り、レオンはハルトを選んだ。

 以来、レオンは従者を取らない。

 ハルトと2人きりで、争いごとには立ち入らず、面倒ごとは避け、何をするでもなく、無気力にだるそうに日々を過ごしている。


 のだが。


「お前を見込んで頼むのだがな」


 グレゴルンが唐突にレオンを呼び寄せた。

 表向きは、未だかつて一度も人間の魂を取っていないことがバレ、その報いとして、ということになっているが。


「あのお方の魂が復活した」


 その実、レオンにしかできない任務を課すためだった。


 悠久の時を経て、万物創造の神であり、諸悪の根源でもある、奇跡の魂レベル9が復活の兆しを見せているらしい。

 その魂を誰よりも先に見つけ、決して傷をつけないよう成熟まで守り、完全に復活した後、魂だけを魔界に持ち帰る、というのがレオンの使命だ。

 グレゴルンは、レベル9に世界の統括を委ねたい、と考えているようだ。


 何千年もの間、何事にも興味を示さなかったレオンが、レベル9には興味を引かれたらしく。


 早速ハルトを連れて飛んだ。

 人間界に。



 レオンの視線の先には。


 三畳一間のおんぼろアパートの二階で、布団代わりにバスタオルをあるだけ重ねて眠る、一人の少女がいた。


 彼女の名前は、草村アカリ。

 薄汚れた身なり。貧相な体型。垢ぬけない見た目。

 ちょっと小汚いだけのどこにでもいるような人間。に見える彼女の中に、レベル9が宿っているとレオンは言う。


 ハルトには半信半疑に思えるけれど、

 レオン様が未だかつて見たことがないような熱い眼差しを彼女に向けているから、

 自分はただ付き従うだけだ。


 ハルトはレオンに生涯の忠誠を誓っている。


「成熟を待つの、めんどくせえな」


 アカリの寝顔を見ながら、レオンが欠伸をした。


 彼女は自分に降りかかろうとしている運命のいたずらを、まだ知らない―――

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