第3話

歴史男子と同居し始めて一週間。私は寝る前に水を飲もうとして一階のリビングに降りると、ソファに座って月を眺めていた平安さんを見付けた。

「良い夜だの」

「え、あ、はい」

私に気付いたのか話しかけられ、少し緊張してしまう。何故か、平安さんは未だ慣れない。古風な喋り方だからだろうか?

「我は、そなたの人となりを少し知りたいと思っただけよ。そう緊張せずともよい」

「は、はあ」

平安さんの口調は厳かながらも、軽さも包容していた。

「あの、改めて聞くんですけれど・・・本当に時代の化身なの?」

「そうじゃ」

「本当の本当に?」

「本当の本当じゃ。お主が生まれるずぅっと昔から、我はこの国に生き、暮らす民を見守ってきた」

「な、なら・・・どうして私のところにいるんですか?」

ずっと不思議だった。人々を見守るだけなら、私のところじゃなくても良い気がする。みんなと同居するようになって静かな家にいる寂しさは感じなくなったけれど・・・。

「美桜。お主の母親に頼まれての」

「え・・・」

お母さんは、私が生まれてすぐに病気で亡くなってしまった。それからお父さんと二人三脚で支え合ってきた。お母さんの顔も覚えていなければ、声だって覚えていない。私には写真に写っている、生きていたお母さんを見ることしか出来ない。

「娘が悲しまないように寂しくないように、傍で見守ってほしいとな。その頃には病は治らぬ段階まできておった」

「・・・」

言葉が出てこなかった。

何て言えば良いのか分からなかった。

「ところでお主、何か悩んでおるな?」

「え・・・どうして」

確かに最近の私はため息がクセになりつつある。

江戸くんとは未だに『いただきます』『ごちそうさま』以外の会話がない。会話と言って良いのか分からないけど・・・。

私の疑問に平安さんは微笑んだ。まるで、見れば分かるとでも言いたげな笑み。

「江戸のことか?」

「実は・・・江戸くんに嫌われちゃったかもしれなくて・・・仲良くしたいのに仲良く出来なくて・・・」

「ふむ、そうかそうか。江戸は少し素直になれぬだけゆえ、お主のことは嫌っておらぬ」

でも、そんなの本人じゃなきゃ分からない。本人が嫌いって言ったなら、それが答えなのだろう。

少し眠たくなってきたので、自分の部屋に行くことにした。

「ありがとうございました」

「またの」



「え〜〜!日ノ本兄弟と同居しているって、どういう・・・むぐっ!」

「しー!真依ちゃん、声が大きいよぅ!」

その日の翌日、私は学校で親友の真依ちゃん、相良真依ちゃんに全てを打ち明けた。

真依ちゃんは一房だけ赤いリボンを付けているボブがよく似合う可愛い女の子。

小学校の時からの親友。裏表がない性格の真依ちゃんは私にとって頼れる姉のような存在であり、お互いに悩みを相談し合える唯一の親友。隣のクラスに双子のお兄さんの悠真くんがいる。

「お父さんが海外出張に行っている間、面倒を見てくれるらしくて・・・」

「そうなんだ。いやー、まさか日ノ本兄弟と同居なんて」

「もう、真依ちゃん!だからそれは大きな声で言わないで〜!」

私は慌てて、真依ちゃんの口を塞ごうとした。

真依ちゃんはそんな手をヒョイとかわして、

「ごめんごめん。他の女子に聞かれたら美桜の学校生活、終わるもんね」

なんて、恐ろしいことをさらりと言った。

(うぅ・・・でも、真依ちゃんの言ったことは本当なんだよねー)

あの五人は学校の女子の憧れの的だから。

落ち込む私を見た真依ちゃんは、

「まぁまぁ、とりあえず情報を整理しよっか」

と言うと、ノートに五人の名前を書いて説明を始めた。

「まずは、楓くんからね」

縄文くんはいわゆる大正くんと同じようなゆるふわ系男子。やや外ハネぎみのオレンジ色に髪のくるんとしたアホ毛が特徴的。百五十六センチ。

「次は心平くん」

弥生くんはやはり五人の中で背が高く、身長は百六十七センチ。クール系と王子様系を足して二で割ったような性格。灰色のクセ毛に薄い緑色のインナーカラー。左手に、はにわのマペット。

「次に光太郎くん」

江戸くんは学校でも布団を被っているので、ちゃんと顔を見たことがある人は少ない。性格も大人しく無口。薄い水色の髪の毛を一つに束ねている。

「次は〜、すすきくん」

大正くんは社交的で、人懐っこい性格も女子から好かれる理由のひとつらしい。ラジオなどの古い機械やアンティーク物、アイスクリームなどの甘い物も好き。百五十九センチ。

「最後はふきくん」

昭和くんは子供っぽく、鼻に付けた絆創膏がトレードマーク。髪の色は栗色より少しだけ濃い茶色。元気いっぱいでよくクラスの男子達とサッカーをしている。百五十四センチ。

 性格も見た目もバラバラな三人には、一つだけ共通点がある。それは、歴史にものすごく詳しいこと。

歴史の化身で、実際にそれを見ているので詳しいのは私には理解できる。でも、それを知らない学校の子達は彼らを密かに『神童』や『歴史学者』などと呼んでいる。

ついでに五人とも超イケメン。

なので女子達からモテモテだった。

五人には箱推し・単推しと、沢山のファンがついている。

そのファンは『ヒストリ』と呼ばれていて・・・彼女らは常に五人の最新情報をチェックしていた。

「真依ちゃんの言う通り、ヒストリに目をつけられたら学校では生きていけないよ・・・」

ヒステリは五人に近付く女の子を絶対に許さないって有名なんだよね。

もし、五人との同居がバレたら・・・・・・

(か、考えただけで怖すぎる!!)

でももし、何かのキッカケで五人との同居がバレてしまったら?確実にヒストリの人達に酷い目に合わされてしまうかも・・・

さーっと全身から血の気が引いた。

「絶対にバレないようにしないと!」

改めて、心に誓う。

そんな私を見ていた真依ちゃんが、

「でも、これってチャンスかもよ?もしかしたら五人のうちの誰かと恋するかも〜」

真依ちゃんの目がキラーンと光った。

「こ、恋・・・?」

思わずポカーンとしていると、チャイムが鳴った。

「あ、ヤバい。次は移動教室だ!!」

「い、急げー!!」

教室の陰にいるような私が恋なんて無理に決まってる。

そもそも五人が相手にする訳ないし・・・。

(恋が始まるなんて、絶対にないよ)

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