第3話 初めてのこと

「アリシア、これは一体……」


 あまり話さない父ではあるが、塔に帰ってくるなり、珍しく自分から口を開いた。


 一応娘の身を案じているのだろうか、自室に行く前に、アリシアの姿を探してくれたらしい。


 そして、目の前にいるのはおそらく、魔力を消費し疲弊している娘の姿。

 何度も火起こしの魔法を発動させたと思われる、少しだけ焦げた石壁、そして、何かのトラップに対処したであろう激しい拳跡があった。


「え、えへへ。簡易的にでもキッチンをと思ったのですけど、どうやら賢者様は温かさには無頓着な方だったみたいですわ」


 慌てて立ち上がり裾をはたき、レディとしての姿勢を正す。


 結局魔法では火を扱うことは出来なかった。一時的には可能だった。だが、スープを温めるにはあまりにも時間が足りなかったのだ。





「……長時間の火は火事になる。この塔は危険となる魔法は弾くと伝えただろう」


 それだけ言うと背中を向ける父に心がざわつく。


 お父様と、あたたかな食事をと躍起になってしまったわ。つい熱くなりすぎたわね……

 これなら、書物の1つでも読んでた方が有意義な時間でしたわね。だからお父様に呆れられても私のミスですわ……



 うんうん、切り替えなきゃダメよね! 




 ズズッ

 鼻をすする。目頭あたりが同時に熱くなる。


 母が鼻をすすれば、父は身体を冷やしたのだろうとすぐに上着をかけ、肩を抱くように部屋へ連れて行く。


 だが、幼い頃からアリシアには、父に触れてもらえた記憶がなかった。

 ここには母がいないから気にかけてもらえるかもしれない。とまでは、期待はしていない。



 ズズッ

 もう一度鼻をすする。

 昔から、涙をこらえると鼻にくることが多かった。



「……明日からは学園で食事がとれるよう、かけあっておく。彼らが授業を受けている時間であれば、塔を留守にしても問題ないだろう」



「は、はい」

 

 驚いた。


 父がアリシアを直接気遣うような発言をしたのは、初めてのことだ。



 寒くて鼻が出たわけではないんだけどな。

 それでも、明日からはやっと、まともな食事がとれるのだ。

 

 散らかった部屋を手早く片付け、手をあわせる。


「いただきます」



 カチカチのよく冷えた干し芋を、やわらかくする気力も残っていない。

 

 それでもしっかり残さずいただいた。


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