救世主という生き方の照明

結城 木綿希/アマースティア

無銘

 知人との別れを済ませた私に神を名乗る老人は問う。『日向照明てるあきよ、ソナタは次の生で何を成すか』と。


「私は……」


 私はただ身近な人の笑顔を守りたかった。彼ら彼女らの旅路が明るいものになることを祈った。ただそれだけだった。私の行動の根底には隣人を愛し共に生きたいという想いがあった。


 世界のための行動なんてただの自己満足だ。それに傲慢だ。実にバカバカしい。だから私に英雄になんてなれないし、なるつもりもない。明日のご飯が少し美味しくなるように行動しただけだ。未来を生きる自らの子孫たちが生きやすくなるように大人として行動しただけだ。それでも古い友人たちは私を師と仰ぎ、世界もまた私を救世主と呼んだ。


 私はそんな器じゃない。私は世界のことどうでもいいし、そこに生きる大多数のことも正直どうでもいい。私は娘たちに生きる場所を残したかっただけ。私はあの子たちのちょっぴり親バカな父親ヒーローだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 でも……こんな自分本位な私にも師と仰ぎ、慕ってくれた友人たちがいる。彼ら彼女らは世間ではイエス・キリストの12人の弟子になぞらえて十二使徒と呼ばれているらしい。少々厨二くさい呼び方だが、知人である私も少し誇らしい。


 ただ、世界が平和なら……奴らがこの世界に攻めてきていなければ……。私は一人の男として最期まで妻に寄り添えたのかもしれない。少なくとも友人たちが世界中の人々の期待と信頼プレッシャーに耐えて命を賭ける必要はなくなる。そんな意味のない現実逃避じみた妄想をすることがある。だから……


「私は……平和な世界で目の前の人の人生を明るく照らす。そんな生き方がしたい!」


『そうか……わかった。では、行ってこい。ソナタの生に幸多からんことを。』


「お役目、頑張ってくださいね。神様もお元気で。」


『あ、やっべ。』


──────────────────────────────


"で、この俺が生まれたって訳!"


「しーん……」


 今の俺には前世のようにふざけた時に笑ってくれる娘たちもつっこんでくれる妻も呆れたように苦笑いする友人たちもいない。


 はぁ……妻と娘たちは今どうしているだろうか。彼女たちが今どこでどんな生活をしているのか皆目見当もつかない。場所が分からなければ会いに行けない。それに、生まれ変わって容姿も随分変わっちまった。これじゃ会っても分かってもらえないだろうな……。悲しいけどこれが現実だ。また辛い思いをさせたくないし、彼女たちとは会わない。これが最善だ。


 友人たちは無事だろうか。彼らは知名度がある分調べれば見つけられるんだろうが今はそれも出来ない状況だ。そんなことも出来ないこの身が忌々しい。


 でも、神様はちゃんと俺の要望には応えてくれた。新しい生を与えてくれた。だからそれ以上望むまい。


"神様、最初はびっくりしたし気がかりもある。だけど今世も存外悪くないよ。希望通り目の前の人の人生を照らせているしな。"


 それにしてもあの時の『やっべ』ってなんだったんだろうか。もしかして俺が今室内照明になってるいるのと何か関係が……。いや、考えすぎか。


"お、人来た!よし、点けるぞ点けるぞ……今!"


 今世もまた、俺は誰かの人生にとっての光になれているだろうか。

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救世主という生き方の照明 結城 木綿希/アマースティア @yuuki58837395

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