第十三節『少し昔の歴史』
〈千花〉。僕たちが、と言うか主に白亜が考えて決めた小隊名。それを世界に記憶させるってどういうことだ???
頭の上にはてなマークを三つ並べた人が四人、合計十二個のはてなが先生を見つめる。
「全く、本当にこの学校の歴史書を読まんのだな。無知にもほどがあるというものだ」
だめだこの先生は教えてくれそうにない。モネ先生の方を向く。
私もよく知らないんだけどね、と前置きをしてから話始める。
「昔のこの学校、まあ千年ぐらい前までね。それまでは冒険課程なんてなかったのよ。近衛兵になるために必要だったのは四年間の合計単位、当時の訓練点というものが百二十点以上あれば冒険課程を通過しなくても第五種近衛兵になれたの。今でも第五種以外はそうだけどね。」
「その通り。当時は通常の訓練が今より厳しかったようだ。見習いたいものだがね。ではなぜ冒険課程が必要になったと思うかね? 薄雪白亜、答えてみろ」
話の前半から理解をあきらめたような顔をしていた白亜がぎょっとする。図体がでかいだけに滑稽だ。うん、実に気分晴れ渡る。
「ええっと、」
こっちに目配せしても無駄だ。こっちだって一夜漬が十八番の馬鹿なのだから。それにこういうところで痛い目にあっておかなければ、あいつのためにならないからな。
「もういい。レナグ・アリフィス・エルブルー。君が答えたまえ」
まじか。こっちにとばっちりが来てしまった。とりあえず当たり前のことを言ってごまかそう。
「訓練の質が落ちて第五種近衛兵の水準も下がったからじゃないですか?」
「おおむね正解だ。まあ質が“落ちた”ではなく“落とした“だが」
「はーい。なぜそんなことをしたんですか?」
そう手を挙げ質問するのは、一番熱心に話を聞いていたララだった。
「必要なくなったからよ」
モネ先生が答える。
「それまで『五心色』様たちだけが持っていた『色』が人間にも発現するようになってパワーバランスが変わったの。と言っても『五心色』様の持っている原色とは違って希少性は低いけどね。でも『色』を使う近衛兵が増えて敵を圧倒するようになったのよ。それに世界は歓喜し、訓練はそこまで必要とされずに『色』だけが重要視されるようになった」
アンセントワート先生もモネ先生に続く。
「だがだ、『色』が発現したのは何も人間だけではなかった。モンスターから、自然災害に至るまで、一般的に『脅威』と呼称されるも全てが『色』の発現の可能性を持った。それに気づくまでに人類はそれまでの支配領域の半分を失った」
全くバカな話だと顔で言ってからまた話し始める。
「それほどまでに訓練の質は落とされていたのだ。訓練の質を挙げようにも全体を一気に変えることは難しい。そこで選抜された優秀な者だけに質の高い訓練を受けさせるシステムが生まれた。それが今の冒険課程だ。」
「それで、世界の記憶がなんとかって話はどこに行っちゃったんですか」
白亜が我慢できずにそう聞く。確かに話の本筋からはそれている気がする。
「人の話は、殊に善意であれば最後まで聞くのが筋だとは思うがね、まあいいだろう。要は管理する必要があるのだよ。『色』の発現によって『脅威』の危険度が跳ね上がった。当然近衛兵の損耗率も高まった。しかしだ、それに伴って志願者数の桁も増えたのだ。ここまでくれば分かるだろう」
「管理しなければいけない兵士の数が増えた、ということですね?」
恐る恐る聞いた。このあたりで活躍しておかなければ。
「その通り。どこに、どの兵科を、どれだけ配置するかを判断しなければいけない司令部hあ対応に追われた。しかし志願者を断れば損耗に対し補充が間に合わなくなってしまう。そこで使われたのが今行った儀式だ。この儀式はもともと、『五心色』様に供物をささげるときに使われていた方法で、自分たちの意思と場所を広範囲にお 広げる効果をもっていた。その原理を研究し今の形に至った。」
知ったかぶりを使用にも入る隙もなかった。こんなことを知っているこの先生たちはいったい何者なんだとも思ったが、これが普通なのだろうか。周りを見渡した。よかったほかの三人はいつも僕の期待を裏切らずにいてくれる。
「だからこの儀式が必要なのよ。冒険課程修了後もしばらくは同じ小隊として活動してもらうことになるけどいいわよね? もっとも無事修了したらの話だけれどね」
そこで任命式は終了した。そのあとは各自解散となり僕たちはそれぞれの寮へと帰路に就く。とは言え途中までは一緒に歩くのだけれど。
放課後に正装に着替えてからはずっと首元のボタンを締めっぱなしでそろそろ限界が近かったので任命式が終わってすぐに僕と白亜はボタンを外し留め紐でマントを羽織っている。ミクリアとララに関しては一番上のボタンとスカーフを外していた。
いつもととくに変わらない風景だが、いつもり居心地の良さと一体感が感じられる気がした。
夕陽に染まる湖面を背景に、僕たちは小隊〈千花〉として歩く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます